今週2本目の映画川は、『ストレイト・アウタ・コンプトン』(F・ゲイリー・グレイ監督)を取り上げます。1986年にカリフォルニア州のコンプトンで結成され、"ギャングスタ・ラップ”と呼ばれるムーヴメントを生みだしたヒップホップ・グループ「N.W.A.」(Niggaz Wit Attitudes=主張する黒人たち)。本作はその一員であったドクター・ドレーとアイス・キューブ自らが製作を務めるN.W.A.の伝記映画です。樋口泰人が、F・ゲイリー・グレイ監督の『friday』(95)が公開された当時のことを振り返りながら、この映画に流れる時間について考察していきます。

『ストレイト・アウタ・コンプトン』



文=樋口泰人


大いなる幻影


 日本公開が1996年1月だから、阪神淡路大震災の1年後、地下鉄サリン事件からは10か月ほどしかたっておらず、日本はいよいよこれまでのようにはいかなくなる、もっとひどいことが起こる、そんな悪い予感がうっすらと日本全土を覆い始めていた頃だった。黒沢清は今のようにメディアに情報や批評が載ることもなく、孤独に『勝手にしやがれ!』シリーズを連作していた。あの寒々しいデモのシーンは、20年後の国会議事堂前を予感していたのかどうか。熱狂とははるかに遠く、それゆえ冷めることもなく、徹底したひとりひとりの運動としての戦いがそこにはあった。悪い予感は予感ではなくなる、そのことも十分理解し、受け入れつつ、それでもやるべきことをやる。強さとしてではなく、まるで冗談のように突如として出現した強靭な意志が、そこにはあった。
 アメリカでは91年、ロドニー・キング事件が起こり、湾岸戦争が始まる。同じ年、『ボーイズ’ン・ザ・フッド』に出演して話題をさらったアイス・キューブは、アメリカ国旗をかけられたアメリカの象徴アンクル・サムの死体の写真をあしらったジャケットの『DEATH CERTIFICATE』をリリースし、3曲目の「My Summer Vacation」の終わりにはこれからも起こり続けるだろうロドニー・キング事件の続きのような実況中継もどきを挿入した。そして翌92年にはロサンゼルス暴動が起こる。その反動からか民主党左派のビル・クリントンが大統領になったのはその翌年である。アイス・キューブは同年『Lethal Injection』をリリースして98年の『WAR&PEACE Vol.1』までしばし沈黙。その間、俳優として何本かの映画に出演している。

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