FLTMSTPC=「Fais le toi-même si t'es pas content=満足できないなら自分でやっちゃえ」。批評、映画雑誌の編集、翻訳、そして製作と様々な方法で映画と関わっている松井宏さんが「カイエ・ デュ・シネマ」の記事などを起点に、映画を作る/見せる/観ることについて探っていきます。
今回は「カイエ」誌の「俳優への愛」という特集の中に掲載されたコンセルヴァトワール(フランス国立高等演劇学校)出身の若手俳優たちの発言から、前回の記事で提起された "演技に自然さは必要なのか”という問題について引き続き考えていきます。








俳優への愛 その2


文=松井宏


 「カイエ・デュ・シネマ」691号(2013年8月号)では「俳優への愛」というタイトルで、俳優というものが特集されている。前回の連載で、ざっくり言えば「映画における演技」みたいなものについて思いをめぐらせることがいろいろありましたと書いて、じゃあそのつながりでこの特集を読んで紹介してみようと考えたのだが、うーん、まだよくわからないというか、つかめないことが多いので、まずはひとつ、フランスの近ごろの俳優事情をちょっとだけ紹介してみようと、そう思った次第。

 フランスにはコンセルヴァトワールというものがある。国立高等学校などと訳される国立の教育機関。音楽だったり工芸だったり演劇だったりといった芸術分野で、それぞれコンセルヴァトワールがある。たとえば1000人近くの受験者があって30人しか受からないという、まあこれは非常に入るのが難関な教育機関。で、この「フランス国立高等演劇学校」というところ出身の俳優たちが、この10年ほどフランス映画でかなり目立ってきている、ということだ。たとえばいちばんわかりやすい例はルイ・ガレルだろうか。フィリップ・ガレルの息子である。それからヴァンサン・マケーニュ。日本でも近ごろ徐々に認識されはじめている俳優だが、いまやフランスの作家映画のスーパースター(マチュー・アマルリック以後のスター)といっても過言でないらしい。で、彼らやその他のコンセルヴァトワール出身俳優たちがバッと現れ出るキッカケになったのが、やはりフィリップ・ガレルの『白と黒の恋人たち』(2005)であり、またその後の『灼熱の肌』(2011)だったり、なのである。

この記事は登録読者だけが閲覧可能な内容を含みます。続きを読むにはPublishers IDによる読者登録が必要です。