今週の映画川では、『息の跡』(小森はるか監督)というドキュメンタリー映画をご紹介します。『息の跡』は東日本大震災後に岩手県陸前高田市に移り住んだ小森監督が、同市で種苗店を営みながら英語と中国語で震災の手記を執筆している佐藤貞一さんの暮らしを記録した作品。昨年の山形国際ドキュメンタリー映画祭でいち早くこの映画を観た三浦さんが本作の魅力を教えてくれます。
まだ劇場公開はされていませんが、今月23日、24日に神戸映画資料館で、2月27日にはせんだいメディアテークで上映されるので、お時間のある方はぜひ足をお運びください。
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文=三浦哲哉


 今回は小森はるか監督の新作を取り上げる。まだ配給の予定は決まっていないようだが、この2016年、劇場公開の日が早く来ることを心から切望しつつ。本作は山形国際ドキュメンタリー映画祭で昨年10月に上映され、私もそこで運良く観賞することができたのだった。1月23日、24日には神戸映画資料館で上映の機会がある。

 『息の跡』は、岩手と宮城の県境にある、川辺の街の道路沿いで、たね屋を営む佐藤貞一さんの日々を、2013年の春先から約一年間、季節の推移とともに記録する作品である。
 簡素な、といっていいだろう。なにしろ出てくるのはほぼ一人、佐藤さんのみ。ロケーションも「佐藤たね屋」とその周辺に限られる。ほかにカメラの前に登場するのは佐藤さんの母上。「はるかちゃんホイドって知ってっか?」などという小森監督との会話が屈託なく陽気だ。それと、常連客とおぼしい女性(この方の世間話も自然体でチャーミングだ)。この二人がそれぞれ一場面ずつ登場する。カメラの後ろで佐藤さんの言うこと(独り言と会話のちょうど中間のようにして、魅力的な声でずっと話しておられる)にときどき相槌を打つ小森監督自身をそこに加えたほぼこの4名しか、作中で言葉を発する人物はいない。
 例外として、御輿行列がやがて電飾で煌々と照らされた夜の空き地に辿り着く夏祭りのシークエンスが中盤では挿入されて、この地域の住人たちが大勢写されはするのだが、しかしまるで夢のようなこの場面がかえって際立たせるのは、津波の後の閑散とした光景の中で店を営む佐藤さんの独りきりの姿だ。

 ここはどこなのだろう? やがて佐藤さんの言葉から明らかになることだが、この周辺の地域は津波の甚大な被害をうけた場所で、このたね屋も一度完全に倒壊している(流された自動車が店にまともに突っ込んでしまった写真が示される)。その津波の跡地に再建された新しい店が、映画のほぼ唯一の舞台であるということなのだ。
 ときおり、あたかもここが無人島で、佐藤さんはロビンソン・クルーソーか何かであるような気すらしてくる。店の前を走る一本道では、砂利や建築資材などを積んだ巨大なダンプカーがひっきりなしに往復する。岩手と宮城の県境に位置するこの街を含む、周辺のあらゆる場所で、復興のための工事が進行中であるらしい。
 あるいは、日が暮れた後に、ブロガーでもある佐藤さんがインターネットを駆使して台湾の歌謡曲をYouTubeで観賞したりする様子を見ていると、喩えとしては、世界から宙吊りにされた宇宙船、と表現したいような気もしてくる。植物のたねをいっぱいに詰め込んだ、方舟としての宇宙船……。『インターステラー』のように技術の限りを尽くして造形されたそれではなく、卓抜なフレーミングによって切り出された、時間旅行の媒体としてのたね屋……。

 佐藤さんは独り、何をしておられるのか。もちろん、第一に、たね屋の仕事である。「平均よりも少し稼ぎが下の庶民だ」と言う佐藤さんは、何一つおろそかにせず、お菓子の空き箱なども器用に折り畳んでは、商売道具に変えてしまう。井戸水をポンプで汲み、じょうろに移しかえて、整然と並んだ緑の苗木にやる。そんな身ぶりの一つひとつは、長年の試行錯誤によって磨き抜かれた無駄のなさ、精確さを示している。本作のカメラの距離感と、編集の小気味よいリズムは、このきびきびした佐藤さんの所作(それから言葉)と同調することから与えられている。
 印象的なのは、佐藤さんがさらに別の工夫はないかとひっきりなしに──落ち着きなく!──思考を巡らす様子である。店の奥に据え置かれたポリエステルタンクの形状にあわせて描かれた素っ頓狂な顔の絵が特徴的だが、佐藤さんは、手元にある様々なものを組み合わせたり、切り貼りしたり、書き加えたりして何かを試みに作り出さずにはいられないという意味で、まぎれもないブリコラージュのひとであることがだんだんとわかってくる。だからやはり、ロビンソン・クルーソー的という喩えは的外れでないといえるかもしれない。

 私も東北育ちなのでよくわかる気がするのだが、都会から遠くはなれた場所で、ふとこういう方と出くわすということがありうる。何から何まですべて一から自分の手で作り、始末し、どんな出来事が起きてもサヴァイブできる用意を整えてぬかりがない、独学の賢人というタイプの御仁である(個人的に存じ上げている数人の風変わりな「賢人」たちの顔が思い浮かぶ)。というより実際に、佐藤さんは正真正銘の発明家である。作品の中盤、彼は誇らしそうに、自分が特許を取ったという(しかし震災のうやむやで所有はしなかったという)新しい苗木の技術について、カメラの前で解説してくださる。

 さて、佐藤さんにはもう一つの仕事がある。被災記録の執筆である。驚くべきことに、それは英語と中国語で書かれ、自費出版され、さらには、終わりなく加筆が繰り返されては版を重ねているのだった。作中では英語の第5版を執筆中であるという! 中国語版については台湾の読者と心温まる交流が持たれ、英語圏の読者からも真剣な反応があったとはいうものの、うずたかく積まれた本の山を横目で睨みつつ、印刷代を回収できるかどうか、と佐藤さんは苦笑する。
 一体どこで英語と中国語を覚えられたのか。これもほぼ独学独習で、まさにこの震災記録を書きすすめながら覚えたのだと、佐藤さんはこともなげに述べる。これまでも学習の機会はあったが、「必要に迫られて」、はじめて外国語が頭に入るようになったのだという。時間が空けば、暗記すべき単語をぶつぶつと復唱しておられる(一つの単語につき50回ずつだそうだ)。
 書かれつつある英語と中国語のテクストは、作中で何度もご本人によって朗読される。正しいイントネーションの習得にも余念がない佐藤さんは、日々、それを読み上げる練習も繰り返しているのだ。その発音は、エモーションの流れをしっかりと刻み込んでいてすばらしい(ちなみに山形の上映時、英語のわかる友人もこの朗読を聞いて、すばらしいと言っていた)。


 だが、それにしてもなぜ、何のために、外国語で執筆活動はなされるのか。きまぐれでできるようなことではない。いったい何があったからなのか。どのような動機なのか。その謎が、『息の跡』に根本的なサスペンスを導入し、すべての観客に注意深い観察を強いるだろう。
 本作の最初のハイライトは、まさにこの二つの仕事、たね屋としての作業と書物の執筆が見事に響き合い、この謎の一端が開示される瞬間に訪れる。
 先に述べた、特許技術申請のために書かれた自筆の図面を苗木の前で示しながら、佐藤さんはこう言って胸を張る。「この図面の書き方が、英文の書き方だ。だから説得力があるのかもしらん!」。そして、あははと笑う。カメラの後ろの小森監督は、いつもより語気を強めて相槌を打つ。「……でも、似てる!」。このとき、作品の輪郭がきわめて鮮明に像を結び、名状したがたい感動に胸を打たれる。
 たねを育てるのに必要とされる物理的な精確さを、言語にもまとわせること。そのために、すべてを自分の手で一から試行錯誤しながら作りなおすこと。こうした実験への意志が、外国語における執筆という、気の遠くなるような労力を必要とする作業へと彼を駆り立てていたのだ。

 逆に言えば、佐藤さんは、ただ伝わったつもりになるだけの日常語を信用していないということかもしれない。震災後に、深い失語の経験をなさったのかもしれない。いずれにせよ、伝達することの困難に、一から立ち向かうことを佐藤さんは決意し、また、たね屋だからこそそれを成し遂げることができるという自信をお持ちだった、ということなのではないか。そして小森監督は、佐藤さんのこの精確さの探求を、いわばカメラでなぞることによって、『息の跡』そのものにも同じ精確さを与えようとしているようにも思われた。
 「事実だけを調べ」、植物栽培の方法を一から作り出すことによって、ある種の苗木ははじめて存在することができる。書くことも、それとまったく同じである。そのように佐藤さんは強調する。そもそもなぜ外国語で書くのか。その理由は、「曖昧さ」を排することで、精確に伝達される何かを作りあげるためであり、佐藤さんは、自分自身で納得のいくようにそれを確かめながら、それをしているのである。
 彼は自分の書いたテクストを読み上げては、カメラの後ろに慎ましく控える小森監督に「オレの言ってることわかる?」と聞く。繰り返されるこのユーモラスなやり取りが作品にほのぼのとした雰囲気をつけ加えている。「わかる?」と聞かれてとっさに「はい」と答えれば、「あら、わかるの?!」と笑い、「わからない」と答えれば、「あら、わからねえか」とやっぱり笑う。笑ってはいるが、佐藤さんはきわめて真剣に、自分の記述の精確さを試そうとしているのだ。

 だが、それでも謎は残る。外国語での執筆によって、佐藤さんは伝達における精確さを手探りで追求する。書くことによって自分自身を鼓舞するのだ、とも佐藤さんはいう。だが、それにしても、一体、彼の身に何が起きて、何を思えば、このような途方もない仕事をすすんで引き受けるようになるものなのだろう。この第二の謎が、より深いサスペンスを作品にもたらしている。より直裁に言い換えれば、執筆活動に先立って起きた、あの日のあまりにも巨大な喪失は、佐藤さんにとって何を意味したのか。
 ほとんどポーカーフェイスにも近い、淡々とした表情で、冗談めかした言葉を発しつづける佐藤さんのあまりにも規則正しく、粘り強い営みの起点にたしかにあったはずだと推察されるにもかかわらず、作中では不在のまま姿を見せないその出来事は何だったのか。
 小森監督は決して性急にその答えを提示しようとはしない。春が夏になり、秋に、冬になり、もう一度春になる、そうした季節の推移とともに佐藤さんの営みをゆっくりと辿りながら、すこしずつ漏れでてくる言葉に耳を傾けるだけだ。
 背景では、ショベルカーが土砂を掘り返している。津波のあとの街そのものが、大規模な変容を被ろうしている。崩壊と忘却とがこの世界を否応なく変えてしまおうとする気配が、そこかしこから運ばれてくる。そして二度目の春が巡ってきたとき、本作は佐藤さんの書物が書きはじめられた動機を示すくだりを、無上のやさしさとともに、引用するだろう。声から離れた、文字として。息の跡として。その内容についてはここでは触れない。
 ただ、次のように述べておきたい。厳密なフレームで切り取られたこの「世界の果て」を思わせる場所で、たね屋の佐藤さんの「希望の種を撒く」という、最初はほとんど洒落のようにも思われた言葉の意味は、そのとき、心から納得できるものになっている。2011年の震災のあと、映画がなしえたことは何か。ささやかだがもっとも堅固でもっとも感動的な回答が示されたという確かな感触を覚えた。しかるべき場所に、この作品は届くことだろう。


息の跡
2015年 / 日本 / 112分 / 監督・撮影・編集:小森はるか
1月23日(土)・24日(日)、神戸映画資料館で上映
2月27日(土)、せんだいメディアテークで上映(「星空と路」上映室-2016-


【関連展示企画】

小森はるか+瀬尾夏美「空白を訪ねる –そこで出会ったことば−」(展示)

12月19日(土)~2月28日(日)、せんだいメディアテーク7Fラウンジで開催中
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小森はるか+瀬尾夏美 巡回展「波のした、土のうえ」in 神戸
1月9日(土)~31日(日)、デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)で開催中
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小森はるか+瀬尾夏美 巡回展「波のした、土のうえ(をもう一度歩く)」in 仙台
1月26日(火)~2月7日(日)、ギャラリー ターンアラウンド(仙台市)で開催




三浦哲哉(みうら・てつや)
映画批評家。青山学院大学文学部准教授。Image.Fukushima実行委員会代表。主な著書に『サスペンス映画史』(みすず書房)、『映画とは何か: フランス映画思想史』(筑摩選書)、訳書に『ジム・ジャームッシュ・インタビューズ』(東邦出版)。