梅田哲也さんの連載「ほとんど事故」第24回目は前回の音遊びの会の公演から1週間後に行なわれた京都でのパフォーマンス公演について。公演は、中学生6人を含む18人のメンバーと共に二日間催されました。指揮者のような中心点を持たない方法論のこと、意識と無意識ののこと、合唱のこと、人が舞台に上がりパフォーマンスを行なうということとは。



文=梅田哲也
写真=林口哲也


いっせいに目を閉じたままで、眉間にしわをよせたまま一進一退をつづけていたりだとか、顔を真っ赤にして、少しうつむいたまま回転しつづけていたりだとか。失敗したところでおもわず声が漏れる人もいれば、両手を前に出して前屈みでゾンビのように歩く人もいたし、逆に開放感さえ漂わせながら気持ちよさそうに歌う人だっている。舞台上には普段と変わらないその人そのままの姿がある。前日にはじめて顔を合わせただけの関係なのに、まったく全貌のつかめないパフォーマンスに身を預けて、目を閉じたまま一歩を前に踏み出す気持ちの強さに僕は打ちのめされてしまう

何度も言われていた、思考の前に行動する、というやり方が、とても好きだなと思いました。目つむって声出す以外の決まりごとは、細かい説明やまとめみたいなことをあえてしないで、起きたことにみんながそれぞれどう動くかが面白さなんだな、と思って、細かい疑問はほっておこうと思いました。ただ、その思考の前に行動する、てことを自分がやる瞬間はあまりこないだろうと、勝手に余裕をかましてましたところもありました。そしたら初日直前で、もう抵抗しようのない説明で担当のパートが変わってしまい、私は自信ゼロなのに、復習する間もなく本番だったからとにかく不安で、合ってるのかもわからない個人練習を、事前の二つのプログラムの間中ずっと頭の中でやって、そしたら、無言はどのパートやるのか、2番の声、3番の動きなど、クリティカルな疑問がわいて大混乱でした。だけどもうこれは、黙ってればお客さんにはバレないんだから、とにかく笑わないでやろう、一生懸命やろう、って誓いました。あー全然できてないこと中学生にばれるの超恥ずかしい、とか考えつつ、他の人に立ち位置のことが気になったり、不安定でした

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