家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマから、主演する若手俳優たち――松岡茉優さん、中島裕翔さん、波瑠さん――の魅力が発揮されている『水族館ガール』、『HOPE~期待ゼロの新入社員~』、『ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子』を取り上げます。
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「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」より、銅版(若林奮との共同制作)  (撮影:風元正)



うつし世はゆめ よるの夢こそまこと


文=風元正


 3カ月間のお休み、いかがお過ごしでしたか?
 都知事も変わり、テロや殺人事件も続発。世間は呆れるほど多事で、結局、TV画面ばかり眺めている日々だった。その中で、東京国立近代美術館の「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」に魅了された。本屋さんの詩コーナーも吉増さんの本ばかりだし、ちょっとしたお祭り状態である。展示では「日誌・覚書」の変貌がとりわけ興味深かった。10代から20代前半はフツーの文学青年風のノートなのに、いつの間にか24時間のあらゆる記述が「詩人」の書字という生活に転じている。吉増さん、あの震える筆跡の小さな文字を、何万字、紙に刻み込んだろうか。いろんな色の筆記具で。「美術」という前提で制作されていないモノが美術館を埋めつくす事態にクラクラしていたら、「没後30年 鮎川信夫と『荒地』展」により解毒された。吉増さんの日誌と、軍隊生活の中でようやく調達した和紙に書かれた鮎川の「戦中日記」の雰囲気が、とても似ているのだ。若きモダニズム詩人が最前線の歩兵となった時、その内面の記録がそのまま作品となる。詩人というのは、あらゆる瞬間を作品にしようと身構えているものらしい。ハタから見ればメンド臭いし、鮎川は一生「詩」に身を捧げることを避けたけれど、吉増さんは50年以上戦線を張り続けた。ある酷暑の午後、カバンの中からドン・キホーテで売っているような小さな扇風機を自慢気に取り出した時の表情が忘れられない。

同展より、「声ノート」 (撮影:風元正)




 俳優は1日、どのくらいの時間「役者」なのだろうか。人により様々だろうが、『水族館ガール』の松岡茉優は、どの瞬間を切り取っても「演技者」という印象を受ける。テレビ東京の深夜ドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ‼』に続く主演。CMにもたくさん出ていて、大ファンとしてはブレイクが早すぎないか、心配で心配で仕方ない。『水族館ガール』は、総合商社のOLから系列の水族館のイルカ飼育係に左遷された女性の話。経費が嵩むため本社から縮小を命じられる中、「世界一の水族館」にするため活躍するのが松岡の役回りであるが、見ているこちら側はストーリーのほかに、水族館のさまざまな水の生き物と日々触れ合って、飼育員たちの心(そして私の)が癒されてゆくドキュメントとして見ている。イルカさんやペンギンさんやお魚たちも重要な登場人物である。
 命がけでイルカの世話をしている熱い「サメ男」桐谷健太。いずれ恋仲になるのだから、「本社のスパイ」と疑って松岡をいじめすぎていると心を痛めていたのだが、本社エリートさんの松岡の元カレに「本気になっている人間に水をさすな」と言い放った瞬間にはしびれた。魚にしか心を開かない澤部佑は、ウンチクが妙に詳しかったり、水槽に話しかけたりしている場面が芸達者。北陸のホタルイカを救った経験のあるクセ者の館長、伊東四朗もいい味を出しているし、開業医の息子なのに獣医を選び、同じ開業医の娘の許婚と結婚できない内田朝陽が、「やっぱり獣医を続ける」と決意する夜の橋の上の場面には感動した。
 ユニークな飼育員たちに鍛えられて、魚との関係を深めてゆく松岡。とにかく表情が豊富で、喜怒哀楽の微妙なアップダウンがくるくる転がってゆく「百面相」を眺めているのが愉しい。お風呂に入ったり、潜水服を着たり、大奮闘。やっぱり、高峰秀子的で、エッセイも上手かな。左利きなのもチャームポイントで、包丁で魚をさばく真剣な目つきから、ぶきっちょだけれどもひたむきな情熱が伝わってくる。途中、声が枯れていた回があったが、何度も水槽に入ったせいではないか。松岡はコミュニケーション能力が高い。空気を読むタイプではなく、自分の気持ちをぶつけて、他人のホンネを引き出すことにより、お互い傷つきながらも心を寄り添わせてゆく。海の生き物とも同じように心を通わせ、ひねくれ者の巨大イルカ「C1」の幻のジャンプを復活させたりする。「C1」が死んだ時は貰い泣きしてしまった。
 ひな壇芸人やMCとしても実力を発揮し、明石家さんまも絶賛する才気の持ち主である松岡だが、決して器用というわけではない。このまま、現状の心の柔らかさと清潔さを保てるか。とにかく、消費されて疲弊しないで欲しい。

『水族館ガール』 NHK総合 金曜よる10時放送   (C) NHK



 『HOPE~期待ゼロの新入社員~』で大器を発見した。「Hey! Say! JUMP」の中島裕翔である。今まで顔と名前が一致しなかったのはおじさんの限界だが、実は一番困難な正調二枚目という役柄を担いうる才能である。とても地頭がよさそうだ。
 母ひとり子ひとりの家庭に育ち、年齢制限で囲碁のプロ棋士になる道を断たれ、失意のままアルバイト生活をしていた高卒の青年が総合商社に入る(コネで)。原作が韓国の大ヒットドラマだというが、違和感はない。挫折した勝負師の卵が一流大学出のエリートにどう伍してゆくか。昔、アイドルはお人形さんみたいだった、と書くと笑われそうだが、世の中はどんどん変わっているらしい。入社前のインターン期間中、仲間に置き去りにされてひとりで働き続け、倉庫中をきれいに掃除して会社に帰り、おろしたてのスーツがドロドロになるシーンで一気に引き込まれた。入社の最終関門であるプレゼンの際、緊張で頭が真っ白になったパートナーの桐山照史の助け舟に入り、「言葉の魔術師」ぶりを見事に復活させた際、「岡目八目」という言葉が出てきたのには笑った。韓国では囲碁が日常に深く根付いているらしい。
 山本美月が同期の優等生を演じている。ようやくニュアンスのある役柄を得て、慶賀の至りである。つくづく美形だがそっち側は無造作に扱い、別の要素を育てようとしている方針は興味深い。曲がった事が許せず、新入社員として配属された部署に裏切り行為を働いたところで締め切りが来たが、先がどうなるかハラハラさせられるのは韓流風味かもしれない。上司役の遠藤憲一がようやく普通のサラリーマン役に戻り、酔っぱらって意識を失くすシーンなど堂に入っていて流石、いい味を出している。まずコピー取りの上達が第一歩、という話の進め方もサラリーマンの一員として納得がゆく。書類がなくなったり、部課の縄張り争いをしたり、ミスを他人におしつけたり。一緒に見ている娘に、「商社ってああいうもめ事ばかり起こっているの?」と訊かれたが、まったくその通りかもと勝手に思っている。

『HOPE~期待ゼロの新入社員~』 フジテレビ系 日曜よる9時放送   (C) フジテレビ



 『ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子』は、フツーでない殺人者がたくさん出てくる。主演の波瑠が、殺意の「スイッチ」が完全に入った人間に対して「あなたのその顔を見たかった」と言い放つ瞬間が肝のドラマ。もともと波瑠は、人の顔をじっと見詰める癖がある。画面で強い視線を感じてドギマギしていたら、妻に「近眼でしょう」と指摘されて拍子抜け。でも、あの整った顔の大きな目で、狂った殺人者や凄惨な殺人現場から視線を逸らさないシーンには心が騒ぐ。上気して少し赤くなっている両頬が美しい。
 篠田麻里子がすぐ殺されたり、佐々木希が心の闇を全開して裁ちハサミを振るったり、異常な事件がたくさん起こるが、奇異な印象は受けない。波瑠が幼い頃から共感能力に欠ける人間で、コーヒーにまで母の形見の七味唐辛子をかけたり、メモをイラストでとったりする、「萌オさまカフェ」が行きつけの店だったりする、フシギな性癖の描写が生きているからだろう。
 相棒の刑事役の横山裕が、情報屋に煙草をくわえさせる瞬間、なぜかほっとする。アクションもこだわりが生きており、「狂気」を醸成する重要なピースを好演している。精神科医の林遣都は、独特の繊細さがかえって怖ろしい。そして、何といっても要潤。この人が出るドラマはみんな面白い。今回は波瑠に恋をする先輩刑事というコミカルな役回りだが、殺伐としがちな画面の清涼剤である。
 職場に足を踏み入れる時に「スイッチ」を入れるという、波瑠の流儀に納得している。どんな人間造型がなされるのか、予断なく臨みたいので、今は原作小説を読まないことにする。

『ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子』関西テレビ・フジテレビ系火曜よる10時放送    (C) カンテレ



 私も出ているというので、森達也が佐村河内守を撮った『FAKE』を見た。画面上の自分は案の定イヤな感じで自己嫌悪に陥ったが、映画としても後味がいいものではなかった。ドキュメンタリーなのに、ホントかウソか、疑問を持ち始めればキリがない作り方を採るのが森流で、だからあえて深入りは避けるが、音楽家としての道を断たれた佐村河内夫妻の将来がどうなるか、想像してアンタンたる気分に陥った。あれで残るのは森達也の「作品」だけだろう。
 「詩人」吉増剛造を筆頭にして、今のメディアは生身を切り売りすることで成り立っている。いったん世に出たら、もう全身を晒し続けるしかない。俳優たちも例外ではなく、もはや虚構と現実がSNSなどを媒介に地続きとなり、それが「キャラ」と呼ばれている。でも、どうせ「キャラ」を売らなければ生きてゆけないなら、せめて爽やかにやりたいナ。
 と、現実と虚構の境い目が「FAKE」的にどんどんあやふやになっている現状を憂いていたら、はい、案の定「ポケモンGO」にハマってしまいました。もう、仮想現実に夢中です。アホだ。


 何かアンバランスな文章になってしまうが、この7月30日、長年お付き合い頂いた柳瀬尚紀さんがあの世に旅立たれた。携帯を持たず、テレビも映画も見ない。私がテレビ評を書いているのを聞けば、呆れられただろう。仮想現実など一切認めない人だった。吉増さんに羽生善治さんを紹介したのも柳瀬さんである。ご冥福を祈ります。まず、あの世で思う存分煙草を喫って下さい。




風元正(かぜもと・ただし)
1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。