boidマガジン

2016年08月号 vol.3

微笑みの裏側 第7回 (Soi48)

2016年08月19日 15:36 by boid
2016年08月19日 15:36 by boid
世界各国の音楽を発掘・収集するユニットSoi48が、微笑みの国=タイの表と裏を見せてくれる連載「微笑みの裏側」第7回です。今回は9/27(火)-10/1(土)に渋谷WWWで開催する「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」にて9/29(木)に日本初上映となる大衆映画特集の3作品について書いてくれています。タイの歌謡ジャンルであるルークトゥンやイサーンの伝統芸能モーラムについて描かれているイサーン映画をぜひ爆音上映でご覧ください!無料公開記事ですので、どなたにも読んでいただけます。

「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」大衆映画特集



文・写真=Soi48


「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」の開催が発表された。この映画祭では、我々Soi48がセレクトした”音楽”と”イサーン”がキーワードとなる映画が合計9本上映される。映画の選定にあたって僕らが伝えたいことは、外から見たイサーンと内から見たイサーンの対比だった。例えば9月29日(木)上映予定の大衆映画特集3本はタイ|イサーン人の為の映画である。タイの歌謡ジャンルであるルークトゥンやイサーンの伝統芸能モーラムについて描かれているこれらの映画を観る多くの人は庶民であり、同じくイサーンを舞台にしているアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の作品とは全く別のベクトルにある。タイ人でアピチャッポンを好む人間はごく一部の映画マニア、評論家を除いては今回選んだ大衆映画特集3本を観ていない、もしくは毛嫌いするだろうし、大衆映画を好むイサーン人からすればアピチャッポンという名前に出会うことすらないだろう。近年世界的な評価を得て日本で上映される機会が増えたアピチャッポンの作品と比べ、タイ|イサーン大衆映画は日本でほとんど上映される機会がなかった。イサーンという土地を知るためにも、そして空族『バンコクナイツ』を理解するためにも、この映画祭で様々な角度からイサーンを体験してもらえたら幸いだ。タイ人の深いことは考えないでピュアに映画を楽しむサバーイ(気持ちいい、心地よい、という意味)な感覚。それはアピチャッポンの映画から溢れ出る”癒し”と異なる、よりフィジカルな”癒し”を醸し出している。その大衆映画について解説していきたいと思う。

今回の映画祭でどうしても上映したかった大衆映画があった。『モンラック・メーナム・ムーン』、『花草女王』である。どちらもタイ音楽レコード黄金期(70-80年代)に制作、渋谷のど真ん中で爆音で響かせたら最高だろうなと考えていた。『モンラック・メーナム・ムーン』、『花草女王』の2本はタイの東北部、イサーン地方のマーケットに向けて製作された映画である。boidマガジンの連載、トークショーなどでも何回も話しているが、このイサーン地方は独特の文化を持っている。中央タイ(バンコク)と言語、食文化も異なる。言語が異なるということは現地のイサーン人の為に映画が製作されるのは当然のことなのだが、今まで日本ではあまり深く語られてこなかった。
例えばインド映画も様々な言語の映画が製作されている。特に有名なのはボンベイが本拠地のボリウッドとチェンナイが本拠地のコリウッドである。ボリウッドがヒンズー語圏に対してコリウッドはタミル語圏。ちなみに日本で大ヒットした『ムトゥ踊るマハラジャ』はコリウッド映画でありボリウッド映画ではない。もちろん言語が違うから映画だけでなく音楽のマーケットも異なる。我々日本人はざっくりインド映画の一言で語ってしまいがちだが、インド人からすれば大きな違いなのである。タイの映画は日本では今までひとくくりに”タイ映画”、”アジア映画”として語られてきた。今回の映画祭で、タイにはイサーン地方という場所があるということ、どのような人々(知識階級、庶民、外国人)に向けて製作されてきたか?をお客さんが意識するように鑑賞してもらえたら大変嬉しい。インターネットで様々な情報にアクセスできるこの時代に、”アジア”に対してエキゾチックな観点で語るのはもう時代遅れだと僕らは考えている。欧米人のようにいつまでもアジアを植民地気分の感覚で語ってはならない。異国の強烈な”エキゾチック”さにのまれないでタイ|イサーンという土地を語るには映画や音楽を浴びるように観て聴いて知識を得るのが、最良の方法なのだ。

この大衆映画達の上映にあたって、バンコクにあるタイフィルムアーカイブの映画研究員サンチャイさんにコンタクトを取った。すでに取り壊しが決まっているバンコクの古い映画館スカラ座にてミーティング。我々の希望の映画リストを手渡すと、サンチャイさんに「なんで日本人がこんな古いイサーン映画を知っているんだ?観たことはあるのか?アピチャッポンの映画とは違うタイプの映画だが、お前ら理解できているのか?」と逆に質問されてしまった。YouTubeやタイのDVD、違法VCDを集めていること、コンセプト、自分達の友達のイサーン人ミュージシャンが出演していることを伝えたが、映画のプロフェッショナルである彼から見てもこの社会派映画、大衆映画、アピチャッポンという組み合わせは振り幅が大きかったらしい。


スカラ座のロビー


近年経済成長してきたとはいえ、タイではまだまだ貧富の差が激しいので生活する場所、娯楽の趣味が異なっている。冒頭に書いたようにキーワードが同じ”イサーン”でも、アピチャッポンと大衆映画では全く支持層が異なるのだ。そこには人種・貧富の差が存在する。
日本人はそのあたり気楽なものだ。タイに行ったら、一流ホテルに宿泊してもいいし、観光客用の安宿、庶民的なアパートに滞在しても良い。映画も音楽も同じでアート系が好むお洒落なインディー音楽から労働者階級の歌謡曲まで聞くことができる。そんな外部である日本人の特権を生かして全て壁を取り除いて、様々なタイ|イサーンを観せてしまおうというコンセプトが今回の映画祭なのだ。結果的に今回の「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」で上映される9本はタイの映画祭ではありえない組み合わせとなった。サンチャイさんは戸惑いを示しながらも我々の意向を理解してくれた。しかし数多くの貴重な映画資料を保存しているタイフィルムアーカイブでもこれらの大衆映画のライセンス、上映素材の確保は困難だという。70-80年代の大衆映画は、薬売りの野外映画興行やイサーンの映画館、バンコクに出稼ぎに来ていたイサーン人相手の映画館で上映された。しかし次第に人々の記憶から姿を消してしまう。そこにあるのはタイに限ったことではないがインテリが製作した映画は芸術的に優れていて大衆芸能は下品なものという思考。中央のタイ人にとってイサーンの文化は重要でないという差別感覚があったのだ。さらに野外映画など過酷な状況で上映し続けたため現存しているフィルムもほとんどなく、権利元の判別も困難となった。30-40年後にこれらの作品を上映したいというもの好きな日本人がいるなんて全く想定していなかったのである。貴重なイサーンの文化は音楽同様、映画も保存がされてこなかったのだ。そうであるならますますこれらの作品を上映させたい・・・。インターネットでやりとりできない配給会社、英語が通じない老人、明確ではなく探すのに困難だった権利元・・・様々な困難を乗り越えてなんとかこれらの作品を揃えることができた。

もう一つ、今回の映画祭で上映を試みたが残念ながら断念せざるをえなかった作品に伝説の大衆音楽映画『モンラック・ルークトゥン』(70年)がある。この作品が伝説のタイ映画と呼ばれるのにはいくつかの理由がある。まずこの映画の主演男優ミット・チャイバンチャーが早死にしたことだ。彼は次の作品『インシー・トーン』でヘリコプターから転落し死んでしまい伝説となった。次に、この映画では音楽ジャンル”ルークトゥン”の新しい試みがおこなわれている。この映画に出演し、音楽を手掛けたのはシープライ・ジャイプラだった。彼の名前は日本でほとんど語られることはない。しかしワールド・ミュージック・ブームの時に注目された歌姫ブッパー・サイチョンの夫であると書けばピンとくる人は少なくないはずだ。タイの歌謡ジャンルであるルークトゥンと言ってもシープライ・ジャイプラは当時かなり垢抜けた音楽趣味をしており、彼のバンドはルークトゥンに西欧楽器であるエレキギター、ベース、ドラムを取り入れ、ロック調のルークトゥンを演奏した最初期の楽団だった。
そしてこの映画は約146分と短かった。当時野外映画で上映する映画は長い作品が多かった。安い金で長く観れるからである。3時間、4時間ダラダラとした話をメリハリもなく展開させる作品が多かったのに比べ『モンラック・ルークトゥン』は当時タイで流行していたボリウッド映画を真似てメリハリの効いた作品に仕上がっている。そんな理由からこの映画はタイ映画黄金期の大衆映画の頂点として存在しているのだ。「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」で上映するにはうってつけだと考え交渉を開始した。この『モンラック・ルークトゥン』はタイでは名画にも関わらずDVDが発売されていない。それを知っていたので権利関係で何か問題があるのだろうなとは考えていた。しかしそれと同時に何とかなるかも?!という甘い気持ちもあった。現在自分達がライセンスを取得、監修しEM RECORDSからリリースしているタイ音楽の再発シリーズで権利取得にまつわる困難な経験を何回もしているからである。そして僕らが再発仕事でお世話になっている音楽プロデューサー、スリン・パクシリがこの映画に曲を提供していて、製作関係者と近い仲だったからだ。しかし人気映画の宿命から現存するフィルムは粗悪なものばかり。最終的に、予算と素材の関係で断念せざるをえなかった。


『モンラック・ルークトゥン』


『モンラック・メーナム・ムーン』は1970年に大ヒットした『モンラック・ルークトゥン』のイサーン・バージョンを製作しようというコンセプトで作られた。『モンラック・ルークトゥン』が中央タイの歌手が多く出演しているのに対し、こちらはイサーン人歌手が絶え間なく出演している。ウボンラチャタニーを流れるムー川を背景にイサーン人の生活を描きながらダオ・バンドン、テッポーン・ペットウボン、ノバドル・ドゥアンポーンなど当時人気絶頂だったイサーンの歌手が勢ぞろいしている。それを束ねて音楽監修をしたのが『モンラック・ルークトゥン』に楽曲を提供していたスリン・パクシリである。この映画の名シーンであるモーラム・コンサートで流れる「ラム・クローム・トゥム」は大ヒット。当時ルークトゥン界の大物であったワイポット・ペットスパンの目に止まりカバーされることになった。ワイポットはタイ中部の出身であり、イサーンの楽曲がタイ中央を席巻する結果となった。


『モンラック・メーナム・ムーン』




『モンラック・メーナム・ムーン』Soundcloud



『花草女王』はモーラム楽団をコンテストで優勝させるためにバンコクの青年とイサーン人達が知恵を絞り伝統音楽を進化させる音楽映画で今回映画祭で上映する作品の中でも一番知名度が無い映画だろう。『モンラック・メーナム・ムーン』で監督をつとめたポンサック・チャンタルッカーが音楽を監修し、臨場感あふれる当時のライブの様子、スタジオ風景が映っている。そして伝説のモーラム楽団、ランシマン楽団のチャウィーワーン・ダムヌーンとトーンカム・ペンディーがコンビで出演。バンコク青年にモーラムの基礎を教え込むために様々なモーラムの型を披露するシーンはこの映画の見所だろう。製作された86年から現在に至るまでイサーンの野外映画やお祭りで上映され続けているから驚きだ。


『花草女王』


そして『モンラック・ルークトゥン』の代わりに僕らが選んだのは『ルークトゥン・ミリオネア』だ。00年代の『モンラック・ルークトゥン』とも言えるこの映画は、現在大活躍しているルークトゥン、モーラム歌手がレコード・レーベルの枠を超えて大集合した音楽コメディー。歌手軍団がお寺へお参りに行く際に寄付金が盗まれて、みんなで泥棒を探すなんともタイらしいストーリー。インリー・シーヂュムポン、ブルーベリー、クラテーなどタイのTV、ラジオ、街角で流れている有名歌手がズラリ出演している。そして今や大物になってしまったワールド・ミュージック世代のアイドル、チンタラー・プンラープ、スナーリー・ラーチャシーマーも出演し脇を固めている。毎年代々木公園で開催されるタイフェスティバルで歌うタイのアイドル、歌手、日本のタイ料理屋で流れているような楽曲が使われていると言えば想像しやすいだろう。時代が変化しても、その時代の流行を取り入れ発展し続けるルークトゥンの世界。その雑食性と娯楽性が見事に表現されている作品だ。


『ルークトゥン・ミリオネア』



『ルークトゥン・ミリオネア』予告編


作品の説明をしてみたが9月29日(木)は堅苦しいことを言わないで観て笑いながら楽しんで欲しい。息苦しい日本の社会から抜け出して平日に会社をサボって映画館に行くのはかなりサバーイなはずだ。娯楽と快適を求めるイサーン人達。タイという国に日本人が惹かれる理由がこの大衆映画達にあるのかもしれない。


《告知》
「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」の前売券をイープラスより好評発売中!
前売券:イープラス

「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」
公式ウェブサイト

日程:2016年9月27日(火)~10月1日(土)
会場:Shibuya WWW、WWWX(東京都渋谷区宇田川町13-17ライズビル地下&2F)
主催:boid、空族、Soi48
協力:WWW、Thai Film Archive、Donsaron Kovitvanitcha、Nonzee Nimibutr、Surin Paksiri、ムヴィオラ、トモ・スズキ・ジャパン、オリエンタルブリーズ、コミュニティシネマセンター
助成:国際交流基金アジアセンター
協賛:MotionGallery
問い合わせ:boid(E-mail: bakuons@boid-s.com/TEL: 03-3356-4003)

スケジュール・チケット詳細はこちらをご覧ください



[Soi48(宇都木景一&高木紳介)]
(KEIICHI UTSUKI&SHINSUKE TAKAGI)
タイ音楽を主軸に世界各国の音楽を発掘・収集するユニット。MARK GERGIS(SUBLIME FREQUENCIES)、BRIAN SHIMKOVITZ(AWESOME TAPES FROM AFRICA)、MAFT SAI(PARADISE BANGKOK)との共演、東南アジアでのDJツアー、シングル盤再発や、EM Recordsタイ作品の監修、16年秋公開予定、空族の新作映画「バンコクナイツ」音楽監修、『CDジャーナル』連載、モーラム歌手アンカナーン・クンチャイの来日招聘、トークショーなどタイ音楽や旅の魅力を伝える活動を積極的に行っている。ユニット名と同じSoi48という名前でトルコ、インド、パキスタン、エジプト、レバノン、エチオピア・・・などのレコードがプレイされる世界でも珍しいパーティーを新宿歌舞伎町にて開催している。Soi48ウェブサイト

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