映画監督の松林要樹さんが、世界最大の日系人居住地でもあるブラジルでの生活をレポートしてくれる「未来世紀、ホボブラジル」第7回です。前回(第6回)の連載では、松林さんが約3年間継続してきた取材の中止を決断したことが記されました。そのように志半ばで止まってしまった企画がある一方で、新しい企画が生まれていました。今回はブラジルでの出会いや縁によって作り始められたばかりの、その新作についてのお話です。

ブラジル沖縄県人会の重鎮たち



文・写真=松林要樹


 南米で企画を立ち上げては、それがうまく行かなかったことは前回、二回に分けて書いた。これまでアジアを中心に取材をしてきて、南米は全く足を運んだこともなかった。言語のハンディがあり、不慣れなポルトガル語を学び、駆使し時間をかけたにもかかわらず、うまく行かなかった。そんな不遇にあってもいい出会いがある。縁を頼りに新作を作り始めた。
 今もサンパウロには、日刊の日本語新聞が2紙もある。その日本語新聞の編集長と何度も街で間違えられる経験をする。あまりにも何度も見知らぬ人に間違えられるという奇妙な縁があり、頻繁にニッケイ新聞に通い始めた。自分ではそう思わなかったが、まわりが「似ている」と思うのだ。例をあげればきりがないが、いろんな人から勘違いされて声をかけられた。中でも取材中にサンパウロの日本領事館の総領事から勘違いされ、まわりから「影武者」と呼ばれ始めた。その編集長から直々に関心が無いかと持ちかけられたのが、サントスの強制立ち退きに関することだ。

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