梅田哲也さんの連載「ほとんど事故」第29回目です。目の前で起きていることのイメージが、記憶から再生されるときに変化する行程について、誰かと誰かの会話や、誰かと誰かがいま過ごしている時間、自身の映画館での体験と記憶の定着を交えながら書いてくれています。




文・写真=梅田哲也


14才の中学2年生が小さいころ母親の膝に抱えられて僕のライブを見に行ったことをおぼえているというので、一緒に記憶を遡って計算するとどうやらそれは彼女が4才のときのできごとなんだけど、実際におこなわれたイベントの内容と、彼女の記憶に残ってることとではずいぶん内容が違っているらしい。まず場所の認識とハコの大きさが全然違う。彼女の記憶のなかでは、会場がまずキャパ数百人規模のずいぶん大きなホールのようなところで、僕が一度も絡んだことがない大阪の野外劇団が一緒に出演した大きな公演ということになっていて、公演の内容を示すことばとして、あのおっきい白い人がでてくるやつ、というような言い方をするのだけれど、実際におこなわれたのは小さな映画館の主催する限定30名のイベントで、白黒のサイレントフィルム上映と同時に僕とテニスコーツが生演奏をおこない、おっきい白い人なんてでてこなかったわけです。他に彼女が覚えていることの断片を羅列すると、白かった/音がなかったり小さかったり/真ん中の列の真ん中で見てた/ひとがパンパンくらいおった/となりに黒い帽子の女の人がおった/天井につきそうなぐらいでっかい人おった/おなかいっぱいで眠かった/クネクネしてる人おった/舞台の上は暗かったけど会場の電気はオレンジ色のんで明るかった/とまあこういった調子なんだけど、でっかい人とクネクネしてる人は出てこないし、そもそも会場には舞台の上も下も存在しない。でもなんとなく印象としては、あたってないようで、あたってるような気もしてくる

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