家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今年最初に取り上げるのはもちろん年末・年始の特番です。『SMAP×SMAP』の終了や紅白歌合戦、そしてその両番組に登場したタモリの言動から見えてくるのもとは――


穴八幡のお正月。参道が狭いのが面白い



Like a Rolling Stone


文・写真=風元正


 元号の改元が近づきつつある。何が生まれて、何が消えるのか、昭和が終わる時はベルリンの壁が消えたのだから、油断は禁物だろう。一寸先は闇のニッポン、われわれはどう振る舞うべきなのだろうか。師走、まず、FNS歌謡祭のトリを飾った長渕剛60歳の「乾杯」新バージョンのあまりに生な現代社会批判に度肝を抜かれた。結婚式の定番ソングの歌い出しが「アメリカ大統領が誰になろうと/凶と出るか吉と出るかって/そりゃ俺達次第じゃねぇか」になったわけだから、普通、大丈夫か、と疑うだろう。どうしても、「とんぼ」が流れる中、清原和博がバッターボックスに立つシーンが頭に浮かんでしまう。
 余韻が冷めやらない19日、タモリが最後となる「BISTRO SMAP」に出演した。冒頭の中居くんとのトークはテキトーで、『SMAP×SMAP』という番組名に対して、『タモリ×タモリ』なんて付けないだろう、厚かましい、とかさんざんいちゃもんを付けた挙句、名付け親がジャニー喜多川だと明かされた瞬間、「ジャニーさん偉いな」と大ヨイショを始めた時の顔つきが、もう忘れられない。あの中居くんが、「まだフザけるんですか」と呆れるのも当然のいい加減さだけれど、「一生フザけ続ける」と言い切ってあっぱれだった。
 ついでにSMAPの歴史を振り返る企画を何度も見てしまったが、単純な話、40歳を越えてアイドルを続けるのは難しいという結論に落ち着く。森且行がキックベースをやっていた頃のグループが何といっても懐かしく、関根勤が同意見なのが嬉しかった。5人になってからは、歌以外はひとりひとりの活動の方が記憶に残っているし、私生活がバラバラだったことは容易に想像できる。グループの楽曲も「夜空ノムコウ」「セロリ」はいつまでも温存したい名曲であるが、あまりに大きな歌「世界で一つだけの花」に辿り着いた後は、もう、5人で歌うための「新曲」がどこにも見当たらない。嵐がアイドル歌謡の領域から離れないのも、賢明な選択なのだろう。
 これは、SMAPだけの話ではない。いままた、1980年のヒット曲である「乾杯」を歌うことを要求される長渕剛も同じスパイラルに入っているのかもしれない。かつて、私は「成熟拒否」という言葉をキーに日本を読み解く評論を企画したことがあったが、「拒否」ではなく「不可能」の方が正しかったようだ。昭和の社長カラオケの終着点は「My Way」かジャズのスタンダードナンバーだったが、石破茂がキャンディーズを絶叫する世界に40を過ぎた人間の正解は存在しない。
 23日の『SONGS』は、長渕の師匠である吉田拓郎が出演していた。若い人たちのコーラスが重なる「人生を語らず」は、感動的ではあったが相変わらずでもあった。なにしろ1974年の曲である。人はずっと同じ歌を歌い続けることはできない。長渕のFNS歌謡祭における「日本から歌が消えていく/日本から言葉が消えていく」という叫びと筋肉のヨロイにしびれる人たちも多いのだから、この過渡期、軽々しい価値判断は避けた方が賢明だろう。そそういえば"Don’t trust over 30”が合言葉だった時代もあったけれど、今や拓郎、長渕、そして井上陽水も還暦を越えた上、ご本尊のボブ・ディラン様はノーベル賞を受賞した「文学者」である。世の中、何が起こるのか分かったものではない。

この記事は登録読者だけが閲覧可能な内容を含みます。続きを読むにはPublishers IDによる読者登録が必要です。