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2017年03月号 vol.2

大音海の岸辺 第36回 前編 (湯浅学)

2017年03月18日 10:55 by boid
2017年03月18日 10:55 by boid
大著作集『大音海』の編纂を兼ね、湯浅学さんの過去の原稿に書き下ろしの解説を加えて掲載していく「大音海の岸辺」。前回に引き続き、2000年に「東京新聞」「中日新聞」に掲載された"御当地ソング”を紹介する連載「ニッポン うたう地図」を再録します。今回は掲載紙のひとつ「中日新聞」が中部地方の新聞ということで、名古屋や四日市、飛騨や木曽をうたう歌曲について書かれた【中部編】全11回をお届けします。


「ノチェー・デ 名古屋」が収録されたジュン池内『心を歌う』



ニッポン うたう地図 【中部編】


文=湯浅学


(12)「ノーチェ・デ 名古屋」
悲しみを喜びに転換できる街


 ラテン音楽と日本の歌謡曲との結びつきは深くて強い。ラテン音楽の陽気さやロマンチックな気分を高める作用は、連綿と歌謡曲に活用されてきている。さらに、陽気さと同等にラテンの底にたくわえられている感傷的な情緒も広く日本の歌謡曲に浸み込んでいる。とりわけ夜の社交場を舞台とした作品や、年配の男女の恋愛をテーマにした作品には、そうしたラテン風センチメンタル歌謡と呼ぶべき、優雅さと親しみやすさの融合した風情をかもし出しているものが数多くある。
 ジュン池内はそうしたラテンを活かした歌謡曲を昭和40年代以降、いくつも手がけて来たシンガー・ソングライターである。
 すずらん姉妹という双子のデュオとの共演でコミカルな演出を加味した「一目惚れ小唄」や「すてきなあなた」、豊かな歌唱力を活かして悲恋を激しく表現した「男と女」など、その芸域は広い。この「ノーチェ・デ 名古屋」も池内の作曲した作品だが、正統派のムード・ラテン歌謡でありながら、こころをなごませる特別な味付けがなされている。

  雨にかすんだテレビ塔
  遠いあの日を何故かしら
  想い出させる二人づれ
  寄りそう影も泣いている

 名古屋という街を霧雨の中のテレビ塔という遠景から描写するその着眼が鋭い。夜、肩を寄せ合ってゆっくりと雨の中を歩む男と女。その後ろ姿にはどこかはかなさとぬぐいきれない悲しみとが漂っている。池内はそんなどこにでもいそうなカップルも、名古屋という街に生きることで悲しみを喜びに転換できるとでもいうかのように、見事なリフレインを披露する。

  ノーチェ・デ 名古屋
  そうきゃーも ロマン

 名古屋という街の心の広さ、豊かさをしっとりかつ簡潔に描いた歌詞として"そうきゃーも ロマン”というフレーズは一度耳にしたら忘れられない強さを持っている。ゆったりとした、たとえばトリオ・ロス・パンチョスらの歌で日本でもよく知られている「ベサメ・ムーチョ」のようなムードを持っていながらこの曲はしんみりせず、ほのぼのとした気分を漂わせている。コミカルな印象を与えずに聴く者の心をなごませるという技は、ジュン池内がラテンと歌謡曲との相乗効果を体得したつわ者だからこそであろう。
 東の都も西の都も同等に評価し批判できるバランス感覚を持つ人が多い、といわれる名古屋人のまなざしとは、シリアスさと軽妙さをほどよく混在させたものなのでは、とこの曲は思わせるのである。

(「東京新聞」「中日新聞」2000年4月15日)

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