文・写真=直枝政広


 

 

 JP-TU601というあまり知られていないベルト・ドライブの古いターンテーブルをオークションで入手した。ジャンク品だから木製の蓋は壊れているし、ベルトもついていなかった。はたしてちゃんと動作するかもわからない。怖々、電源を入れてみるとゴム・ベルトを廻すモーター・プーリーは動作したので、動力に必要な長さをたこ糸で計測して大体のサイズのゴム・ベルトを注文した。そして蓋。持ち上げると蝶番付近の接合部が大きく裂けるからボンドで接着。一晩寝かせ「君は大丈夫か?」と声をかけてみるが返事はない。おそらく1960年代の物だ。そっと触れた時の木材のざらつきやぬくもりが懐かしい。蓋が固まるとだんだん物らしくなってきた。じっと睨みながら数日が過ぎた頃にゴム・ベルトが届いた。久しぶりのベルト・ドライブ。プラッターを持ち上げ、その裏にゴムを這わし、その端っこをプーリーとベルト・ガイドに通せばよい。45回転の時はベルト・ガイドが下がり、プーリーにあたるゴムの角度が変わって回転数が変わる。そんな原始的な機械である。

 廻った。カートリッジはGraceF-8Lを装着。アームは過去に使ったことはないタイプだったが、直感で水平をとり、針圧をかましてみる。何気に近くにあったグラッドストン・アンダーソンのレコードに針を置くが…鳴らない。トレースの針音と、左チャンネルからかすかにしゃかしゃかと音がするだけだ。カートリッジの接点を掃除し、RCAコードも拭いて汚れを取ってみる。すると今度は右から音が出た。さらに磨きを入れたり接点をいじると、ブブブと大きなノイズが出た後に両チャンネルから音が出た。「生きてたのか、きみは」。相当に長い間、運転をしていなかった個体のようだ。試聴曲はいい感じのインスト曲だから「なかなか乾いたいい音が出るじゃないか」と心は躍った。次に目についたジョニ・ミッチェル『レディズ・オブ・ザ・キャニオン』を乗せる。するとジョニであるはずの声がジョニではない。あきらかに別人が歌っているではないか。ということは回転が速いのだ。もう一度、ゴム・ベルトを付け直したりしてもそれは変わらなかった。

 

 

 オーディオの師匠である浅川さんに連絡を取ると「そのモーター・プーリーが関西向けの60Hz仕様だったりすると厄介ですが、50Hzの関東で60Hzのタンテを使うと、逆に速度は遅くなるはずなので、プーリーが原因ではないと思います」とのこと。このJPの出品者は埼玉の業者。プラッターの下にも50Hzとペンキで大きく書かれてある。プーリーも調べてみると50Hz用の細めの型のように思える。しかしゴム・ベルトの垢のようなものがこびりついて少し太っている。後でこれを削ることも考えよう、しかしその前にテンションだ。ゴムの長さも変えてみた方がいい。たこ糸を何本も使い、なんとかきっちりと計測して、今度は2センチ長く、1mm厚めのベルトを注文してみることにした。

 5日後、届いたベルトを装着した。予想外にタイトだし「ちょっと硬めかな?」という印象があった。やはり回転は以前より速くなった。また最初のベルトに戻し、45回転と33回転を交互に切り替えたり、プーリーにこびりついたゴムにやすりを少しかけたり、プラッターを外したり装着したりを繰り返しているうちに、だんだんと馴染んできたようだが、やはり少し速い。ところが、スピードを替えるレバーに遊びがあることに気がついた。レバーを強く手前に引ききると速度は落ち着き、正常の回転になるように思えた。スピード・レバーの固定が甘いのだ。そこで、試しに消しゴムをちょうどいい厚さに切り、鼻の長いピノキオかロボット三等兵の頭のようなそのレバーを固定してみたら、いい感じになってきた。ピッチ感が身体に入っている馴染みの盤を延々と廻し続けて回転をチェックした。ボブ・ディラン「ライク・ア・ローリング・ストーン」のイントロ、そして歌い出し、ぐいっと持ち上げる歌のピークをつかみながら、いつもとは違う角度から歌を聴いていたのだが、ついレコードに聴き惚れ、回転がどうとかではなく、あらためて当時のディランの歌のテンションの高さに心を打たれてしまった。

 

 

 先日の寒い雨の日。友人のお通夜の後、ディランの来日公演へ向かった。ぎりぎり第二部に間に合ったが、会場がまたライヴハウスのお化けみたいなところだったし、本人もほとんど見えなくて心底がっかりした。でも、あきらめて目をつぶって聴いた。ディランはデヴューから50年後に作った歌を淡々と聴かせた。声には透明感が増していた。しなやかで丁寧な演奏は、遠雷が轟く不穏な空の色彩を思わせた。地平に石を積みあげるようにディランは言葉をひとつづつ確認するように置いてゆく。歴史を生きてしまった自分の音楽との距離は意識的に離されているが、終わらない夢想を漂うような優しい歌声は滋養に溢れていた。溶けそうな静けさが格別だった。

 家に帰り、またターンテーブルの調子を確認するために「ライク・ア・ローリング・ストーン」を聴き、そして『新しい夜明け』を何度もかけた。「せみの鳴く日」の虫とピアノ、「ニュー・モーニング」の風邪っぽい声、「ザ・マン・イン・ミー」の調子のいいハネ具合。どこをとっても、腐るほど聴いてもいいものはいい。思い出が甦ってしまったのなら、それで部屋中を充満させればいい。身体に沁み込んだ音の波形の記憶と実際のレコード盤が波打つ調子をあわせれば、そのズレや誤差が気持ち悪い時がある。だが、生きてるのか死んでいるのかわからない古いターンテーブルが動いて音を出した瞬間、何があっても自分もこうやって音楽と並行して生きてきたことを思い出したし、実感できた。誰かの歌やメッセージがよれたり、テンポがずれたとしても、それは時間の始まりと終わりをつなぐ糸やゴム・ベルトがどこかでちょっと弛んだだけのことだ。今はリアル・タイムで買った初めてのディランの新譜、『ビリー・ザ・キッド』から「ビリー・ザ・キッド・1」が流れている。歌手が "ビリーあんたは故郷からずっと遠くに来ちまった" と声をかけた。また元に戻る時もあるだろう。古びた動力も、こびりついた汚れをほんのちょっと磨き落とすだけで生き返ることがあるのだから。睨んで、考えて、遠回りしてみて想像して、息を整える。物に優しく触れるように生きることもひとつの智慧なのかもしれない。音に関わるものは、大体がそういった説明のつきにくい何か柔らかい物でつながっている。


   

ボブ・ディラン『ビリー・ザ・キッド』。左がオリジナル盤、右は日本盤の帯。

 


直枝政広(なおえ・まさひろ)

「カーネーション」のフロントマンとして、最新アルバム『SWEET ROMANCE』を含む多数の作品を発表。また、鈴木博文とのユニット「政風会」や鈴木惣一朗とのユニット「Soggy Cheerios」でも活動。著書に『宇宙の柳、たましいの下着』(boid)がある。ライブ情報などは公式サイト