今週2本目の映画川は、樋口泰人が『あの頃エッフェル塔の下で』(アルノー・デプレシャン監督)を先月号の妄想映画日記に続いて取り上げます。外交官で人類学者の主人公・ポール(マチュー・アマルリック)があるきっかけから自身の青春時代の恋を追憶していく物語が語られる本作を、ペドロ・コスタ監督の『何も変えてはならない』、そして劇中でも流れるスペシャルズの楽曲「I can't stand it」を経由して観る/聴くと……

『あの頃エッフェル塔の下で』



文=樋口泰人


 ペドロ・コスタが『ヴァンダの部屋』でやったのは、実在の人物たちにかつて彼ら彼女らが経験した同じ状況で同じことを演じてもらうことだった。同じ人物が自分の過去を反復するように演じることで、彼らは何ものかになる。自分を再検証するのとも違う。ヴァンダは「ヴァンダ」という人物を作り上げ構築していくのではなく、演じれば演じるほどヴァンダは「ヴァンダ」から離れ、「ヴァンダ」の表層を覆うヴァンダという薄い1枚の皮膜のようになって、映画全体に漂い出す。映画館全体がヴァンダという薄い皮膜覆われた空間に変わる。繰り返される咳は「ヴァンダ」がしているのではなく、皮膜に覆われた劇場全体から聴こえて来るようでもある。

 歌手活動を行うジャンヌ・バリバールを追ったドキュメンタリー『何も変えてはならない』は、通常ならあり得ないくらいの距離でバリバールにカメラが迫る。日本のライヴハウスでも撮影があったのだが、その際は、ステージで歌う彼女のマイクの前、つまりマイクに近づいて歌う顔の真ん前に、ペドロ・コスタはカメラを構えていた。通常の歌手なら、こんなことは絶対にさせない。彼女が女優だからOKなのである。これは歌手にチャレンジする女優のドキュメンタリーであり、歌手にチャレンジする人間「ジャンヌ・バリバール」のドキュメンタリーではない。あくまでもジャンヌ・バリバールという名前で活動する女優が歌手になるドキュメンタリーである。だからそのカメラ・ポジションがある。

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