boidマガジン

2015年12月号 vol.1

『ファスビンダー、ファスビンダーを語る』――遅ればせながらの訳者の告白 (明石政紀)

2015年12月04日 09:11 by boid
先日、ベルリンで今夏開催されたライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの展覧会についてレポートしてくれた明石政紀さんの特別寄稿第2弾。今回は、明石さんが翻訳されたファスビンダーのインタヴュー集『ファスビンダー、ファスビンダーを語る』(2013年に第1巻、今年の8月に第2・3巻(合本)発行)の制作秘話をお届けします。同書は企画から全3巻を出版するまでにも数年を要してしまったのですが、実はまず明石さんが同書の翻訳にとりかかるまでにも、様々な紆余曲折があったのです。その発端は10数年前に遡ります――


『ファスビンダー、ファスビンダーを語る』第2・3巻
(著者:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー / 編者:ローベルト・フィッシャー / 訳者:明石政紀)



文=明石政紀


 わたしは3年に一度しか怒らないきわめて穏便な人間である。とはいっても、わたしがファスビンダーのインタヴュー本を訳してしまったのは、ちょっとした怒りが発端となっている。
 今を去る4000日ほど前、すなわち2002年だったかそのくらいのころ、とあるファスビンダー映画が日本で上映されたとき、そのパンフレットを進呈され、そこにファスビンダーのインタヴューの訳が載っていたので読んでみたところ、この訳文たるや、どこかの地方議会の議事録じみたお役所的文体で、このような脳も心も委縮させる死体のような文章でいいのか、これこそテクノクラート嫌いのファスビンダーが心底打ち破ろうとしていた世界だ、これじゃファスビンダーを百回殺しているのも同じだ、などと訳した方には悪いと思いながらも、ちょっとばかり怒りを抱き、同時になにやら悲しい気持ちにも襲われた。ファスビンダーは契約書を書くときでさえ、このような定型文体をいっさい避け、文学的な表現を用いていたし、それはまさにファスビンダーに逆行するような訳文だったのである。そのうえこの訳、一見いかにも無性格で中立的な文章のようでいて、質問者と回答者のあいだに、平社員と重役のあいだでやり取りされる談話のような言語的ヒエラルキー格差が無意味に演出されている。原文では、インタヴューアーもファスビンダーも親称、つまり「どう思う?」、「そうだな、それは・・・」といった感じの友だち言葉で会話を交わしているのに、いったいどうしてこんな演出がなされているのか?これはひどい、これは訳文の正誤以前の問題だ、このようなものが横行していいのか、何かしなくちゃいけないと、珍しく怒りに乗じて発奮、出版の目途もつかないままファスビンダーのインタヴュー集をまるごと訳してしまうという無謀な行為に走ったのである。とはいえ、常日頃ナマケモノと呼ばれているわたしを奮起させてくれたという点では、例のパンフレットの訳者の方に少々感謝しなくてはいけないのかもしれない。
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