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2015年12月号 vol.1

Television Freak 第1回 (風元正)

2015年12月05日 02:21 by boid
2015年12月05日 02:21 by boid
編集者の風元正さんによる新連載「Television Freak」がスタート。そのタイトル通り、ちょっとしたテレビ狂である風元さんが、ドラマを中心にドキュメンタリー、旅番組、バラエティなどジャンルを問わず気になる番組について縦横無尽に論じるTV時評です。
記念すべき第1回は、現在放送中の連続ドラマの中から特に目が離せないという3つの作品について、出演者の俳優・女優に注目して書いてくれました。
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原節子が晩年隠棲した家(撮影:風元正)



「戦後70年」に出現した「完全悪女」


文=風元正


 『サイレーン 刑事×彼女×完全悪女』から目が離せない。「完全悪女」橘カラ=菜々緒が、蛹から禍々しい黒揚羽に脱皮する過程のドキュメントとして見ている。『ファーストクラス』の中では、ただのかなり腹黒い美女だったが、身長172cmで9頭身という肢体のゴージャスさは際立っていて、画面上では沢尻エリカをしばしば喰っていた。『サイレーン』の「シリアル・キラー」役がぴったりかどうか、なんだかよく分からない。でも、第1話、「白ソックス殺人事件」の犯人のタクシー運転手・板尾創路に襲われながら、逆襲して殺すシーンで、まず驚いた。蹴りやパンチで、"ゴキッ”とか鈍く低い音が出そうなのだ。志穂美悦子や真木よう子の限界「パワー不足」を軽々と乗り越えた。ようやく日本に『氷の微笑』を演じられる俳優が出てきたのか? これも国力である。シャロン・ストーンは最近いい人になったそうで、菜々緒はどんどん「悪女」として洗練を極めて、大げさに脚を組み替えて欲しい。できれば修正なしで。

『サイレーン 刑事×彼女×完全悪女』関西テレビ・フジテレビ系火曜よる10時放送   (C) カンテレ

 一方、『サイレーン』の主演で、警視庁機動捜査隊の婦警を演じる木村文乃は、父が警官の「体力自慢」という設定で、柔道で男の警官を投げ飛ばしたりもしている。とはいえ、タッパの低さを克服するのはムリで、身体の大きい男に大外刈りの形を決めるのが精一杯。もうひとりの主演・同僚の警官カップルの松坂桃李も背が低く、とても可憐で爽やかなカップルだが、菜々緒との闘いはなでしこジャパンとアメリカの試合みたいである。
 ただ、考えてみると、私が『サイレーン』に括目したのは、その大外刈りの直後、菜々緒が偶然を装って市民体育館で木村文乃に近づき、スカッシュで闘うシーンに圧倒されてからだ。菜々緒の足運びやラケットを振るフォームはサイボーグ的に目覚ましく、なでしこ木村は敗北するわけだが、この対照的な身体が奇妙な官能性を生み出しているのかもしれない。つまり、菜々緒・松坂桃李・木村文乃の三角形は成功である。山口紗弥加が使う男言葉がヘンだったり、刑事のカップルだったらもう少し話合えよ、とか突っ込みどころ満載だが、リアリティを問うドラマとしては見ていない。第7話で、別荘の地下室で木村文乃がミニスカ刑事のコスプレをさせられて、何度もナイフで刺される展開は何か狂気を孕んでいて美しかった。おじさんだから、菜々緒の下着姿とかボクシングシーンに、つい悦んでしまうのを許して欲しい。
 ちなみに、スカッシュ(原作の設定を変更したそうだ)といえば『リアル~完全なる首長竜の日~』だし、板尾創路が橋の下で殺されたり、富士の森の別荘が重要な役割を果たしたり、いい感じで黒沢清の痕跡が感じられる。『ヘルタースケルター』的マッドな整形外科医を演じる要潤のチャラさも相変わらず愉快だし、菜々緒に洗脳される中年独身デザイナー役の光石研も、どんどん目の焦点が合わなくなり、ついには金属バットを振り回す。新境地かもしれない。カラに潜り込まれた光石の部屋の壁にかかっているスカした2台のマウンデンバイクがイケている。警官らしい役者は船越英一郎しか出てこず、ひとり2時間ドラマ的な空気感を醸し出していて、突然、誰かが崖の上で犯行を自白しそうだ。
 最終回を前に、桃李くんも意識不明に陥ってしまい、テンコ盛りの謎をどう解決するか知らぬ間に締め切りだが、どのような結末でも受け入れる覚悟はできている。


 『コウノドリ』に胸を熱くしている。産婦人科が舞台のドラマで、当然のごとく、新生児が生まれるシーンが毎週出てくるのが嬉しい。いろんな赤ちゃんがいる。子供が減る一方のこの国では最高の贅沢のような気がして、つい、父になった日を思い出したりしている。まず、出産という切実で生々しいドラマに真正面から向かう姿勢が好ましい。
 何より、主人公の「コウノトリ先生」綾野剛がいい。今までは、繊細さと凶暴さ、どちらに振れるか常にハラハラさせられ、どういう俳優なのか、くっきりした像を結べなかった。『カーネーション』『最高の離婚』では、あまり内面を感じさせない謎の美男子。山田孝之の『東京都北区赤羽』にも酔っ払って登場し「夜」のイメージが強くなりすぎかと案じていた最中、生命の誕生を司る無限に優しい産科医を演じる巡り合わせとは引きが強い。一気に「昼」の世界のど真ん中に復帰した。「昼の光に、夜の闇の深さが分かるものか」(ニーチェ)という言葉の逆を地で行く展開である。孤児院育ちの天才ジャズピアニストという設定は、原作通りとはいえやや盛り過ぎのような気がするけれど、綾野ならば不自然ではない。第3話の盲目の女の子との連弾、第5話の最初に預けられた孤児院で「きらきら星」を変奏して子供たちが集まってくるシーンは感動的で、涙を誘われる。切れ長の目がいつもしっとり濡れて深い哀感を湛えており、いやはや、悔しいほどいい男になった。

『コウノドリ』TBS系 金曜よる10時放送   (C) TBS

 同期の産科医「四宮」星野源もはまり役だろう。不愛想が板についている。自らの医療ミスで生まれた、意識を失ったままの子供に『ぐりとぐら』を朗読するシーンに説得力があった。『あまちゃん』以来、気になって仕方のない松岡茉優が、『問題のあるレストラン』の対人恐怖症の料理人から個性を深化させている。若手女優として唯一「知」の萌芽を感じる存在で、今すぐ『秀子の車掌さん』のリメイク版の主役を張って欲しい。ぜひ高峰秀子を目指してもらいたいが、21世紀の成瀬巳喜男はいるだろうか。
 TBSは『下町ロケット』もある。阿部寛が、黒澤明映画における三船敏郎のポジションにあると判明した点で収穫だった。どの世界にも、柄が大きい存在は必要である。


 ここまでに挙げた3本は原作有。最近、宮藤官九郎がコラムで、オリジナル脚本の映画にいかに資金が集まらないか嘆いていた。もちろん、力のある脚本家が勝負する作品を常に見たいのは当然だが、世に読んだことのない物語がこれだけ溢れかえっていると、自ずと考え方が違ってくる。『サイレーン』と『コウノドリ』の両方とも、絵で表現された世界とまったく違う感触になっており、どちらにも良さがある。マンガのキャラクターを演じることで、眠っていた俳優の可能性が開花する可能性は常にあって、菜々緒と綾野剛は成功例である。逆に、『海猿』のイメージから逃れられない伊藤英明が医師役をやっている『無痛~診える眼~』がどうにも微妙なのは、やはり伊藤の胸板が厚すぎるからだろう。
 最近は、あまりオリジナル脚本に拘泥するのもどうか、という立場に転じている。


 波瑠がいい。最初に注目したのは宮藤官九郎の快作『ごめんね青春!』だから、かなり遅い。白い肌で、くりっとした眼で、じっと前を向いて、物に動じない印象があった。「びっくりぽん」の『あさが来た』は、正直、ものすごく面白いわけではない。ストーリーがありがちのような気がする。ただし、韓流ドラマにハマっていた柄谷行人が新宮で「ドラマは美男美女が映っていればいいのだ」と断じた通り、波瑠や『のだめカンタービレ』からついに脱皮した玉木宏や宮﨑あおいの安定ぶり、その上、柄本佑を見ることができれば、ぼんやりした朝ならばまあ十分である。近藤正臣にしても、『柔道一直線』で、足で「ねこふんじゃった」を弾いてから45年とすれば感慨深い。俳優たちの歴史をつい振り返ってしまう時を演出できるのは朝ドラの底力だろう。
 『鶴瓶の家族に乾杯』に登場した波瑠が愉快だった。北海道むかわ町に行って、生のホッキ貝や白貝を食べるのだが、平気の平左でむしゃむしゃ口に入れている。似たようなバラエティで、未知のモノや老人などについ嫌悪感を露わにしてしまう女優が多い中、特異な個性だろう。あまりに好奇心全開なので、しまいに鶴瓶をあおっていた。「平成の夏目雅子」と呼ばれているらしいが、まず、度胸が据わっている点はとても似ている。
 『あさが来た』は、炭坑のセットがもう少しリアルだといいのだけれど、波瑠の顔に灰がくっついているのが、白さが際立ってチャーミングである。宮﨑あおいが、農村でいつも土に塗れているのもいたいけで、演出側の狙い通りとはいえ、心暖まる。玉木宏の迷走には心痛めていたのだが、和服で三味線に溺れる伊達男がここまでサマになるとは。今後の展開が楽しみになってきた。

連続テレビ小説『あさが来た』NHK総合 月~土曜午前8時放送  (C) NHK


 注目すべきドラマを語ってみたものの、一番熱中したのは、実は『孤独のグルメSeason5』かもしれない。わが家の近くの店が登場し、予約しようとしたら、いつも一杯だ。バカである。井之頭五郎の「自由」に共鳴しつつ、この回を終わるつもりだったが、原節子が亡くなっていた。報じられた翌日、私はたまたま鎌倉にいて、原節子の終の棲家の前に立った。蓮實重彦の追悼によれば、ペドロ・コスタも撮影のために立っていたという門の前で、しばらく佇んだ。家の方から、「柿の実が落ちているよ」という声がした。続けて水木しげるも向こうの世界に行った。「戦後70年」はやはり、何か大きな区切りだったのかもしれない。合掌。

 
原節子の家の庭の柿の木の実(撮影:風元正)




風元正(かぜもと・ただし)
1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。

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