今週から映画監督の青山真治さんによる新連載「宝ヶ池の沈まぬ亀」が始まります。今年から京都造形芸術大学の映画学科長に就任され、京都の"宝ヶ池からさらに山ひとつ越えた辺り”に仮寓を構えた青山さんによる日付のない日記。この春はその新居に引き籠りがちだったようで――
文・写真=青山真治
1、これは京都です。
某日某夜、boidより依頼。日記のようなものを書こうかと呑気に巡らし、しかし書けないことの多い身の上につき不自由で心が寝違え首にならんか、いらぬ懸念。洛北、亡霊伝説の深泥池の隣に位置する宝ヶ池からさらに山ひとつ越えた辺りに仮寓をみつくろったのが年の初め、すぐ裏を叡電が駆け抜ける線路の手前は田圃、その向こうでぬっくり聳える叡山を見上げるロケーションに落着きすぎるほど落着いてしまい休日ともなれば部屋から出ない。正直云えば病み上がりに体力の信頼がおけないことも。たまに息切れがひどく、たまに低血糖の発作。頭痛、発汗、世界がナマで銀残しになる。おれのなかにIMAGICAがある。点滅。倒れそうで倒れない。一度、品川で乗る直前にそれはやってきて、売店で弁当とともに贖ったアーモンドチョコの包装紙をホームに突っ立ったまま震える指で剥いて唇に全部押し込むと、長年連れ添ったギブソン125を抱えて座席に転げ込み名古屋まで意識を失った。以上が低血糖のあらましである。社長のメニエルも心配だがこちらもなかなかどうして。それでも出かける社長に対してこちらは出ずに済むところは出ずに済ませようとすればただでさえみなくなったものからさらに遠のく足。
引き籠る理由として不満のないわけではない。5番のバスは下りがいつでも遅れる、といって叡電は本数に限りのあるうえ三十円高い、ホームセンターの商品が七割がたダサくて不機能で使えない、まともな回転寿司には出会えたがまともな中華に恵まれない。目黒のひっそりした場所につい先頃みっけた中華は無意味なほどうまい名店で、うまいのだけれどノンアルコールビールを置いていなくて毎日行くなら置けと談判するがこちらも京都住まいが決定してからの発見につき無理強いできる立場ではない。新居の界隈は中華砂漠である。もちろん地下鉄に乗れば三十分以内にも四条あたりに出してある店のいずれかの卓でメニューを開けているはずなのにそれさえ遠くて気が乗らないのがいまであるのだが、勤務先の傍にあるのさえまだ試していないのはどうやら激辛を売りにしているようだからで、こちとらそういうことはとっくに端から興味ない。
2018年12月号
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