大著作集『大音海』の編纂を兼ね、湯浅学さんの過去の原稿に書き下ろしの解説を加えて掲載していく「大音海の岸辺」。今回は4月21日に急逝したプリンスの追悼企画として、これまでに湯浅さんが彼の作品について書かれた文章の中から、アルバムレビュー8本と映画『グラフィティ・ブリッジ』に関する記事を再録します。常に"音楽道”を探求し続けたプリンスの歩みをいま一度たどっていきましょう。

『フォー・ユー』


文=湯浅学


プリンス『フォー・ユー』

 プリンス本人以外にプリンスをプロデュース/コントロールできる人間はいないのだ、とプリンス自身は確信していた。ということは、最初から既成の制作体制など信じていなかったということである。78年の記念すべきデビュー・アルバム。セルフ・レコーディング/セルフ・プロデュース、全曲自作詞曲。リズムの切れが悪い、音がややこもりぎみ、という難点はたしかにある。ところが、このヴォーカル・アレンジ、メロディ・ライン、シンプルでいながらしぶといアンサンブルは、まるで『LOVESEXY』の本歌取りのおもむきが、実はあるのである。なんたる再発見。意欲がからまわりしている部分が少なからず見うけられるのはいたしかたないにしても。黒さをむき出しにせずひとひねりしてメロディアスな部分を強調したがゆえに、白黒中間、ジャンル分けのきわめてやっかいな領域に入り込んでいる。時代的にはむしろディスコ花盛りだったことを考えれば、この逆流の仕方は、今ならプリンスらしいと納得もできるが、当時はとらえどころのむずかしい変な奴、との認識に落ち着いてしまうのは無理のないところであった。
 アドリヴ・パートが少なめなのも総合力での評価を求めた結果だろう。後半がくすぐったいほどのラヴ・ソングばかりというのもほほえましい。それゆえに、このアルバムの印象がシンガー・ソングライター的習作、というものになってしまっているのだ。意識的に抑制させた熱情がところどころに顔を出し、未来を予見させる。ラストの「アイム・ユアーズ」で満を持して弾きまくられたギターが、もろサンタナ風にハード・ドライヴかましている妙な聴き物もあるが、ヴォーカリストとしての非凡さがやはり凄い。

(『クロスビート』1989年2月号)


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