boidマガジン

2016年09月号 vol.2

微笑みの裏側 第8回 (Soi48)

2016年09月16日 16:26 by boid
世界各国の音楽を発掘・収集するユニットSoi48が、微笑みの国=タイの表と裏を見せてくれる連載「微笑みの裏側」第8回です。前回に引き続き9/27(火)-10/1(土)に渋谷WWWで開催する「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」にて9/28(水)の社会派映画特集の3作品について書いてくれています。イサーンの文化や風土、都会での苦難を伝える名作をぜひ爆音上映でお楽しみください。無料公開記事ですので、どなたにも読んでいただけます。



「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」社会派映画特集



文=Soi48


9/27(火)~10/1(土)「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」が開催される。この映画祭では、我々Soi48がセレクトした"音楽"と"イサーン"がキーワードとなる映画が合計9本上映される。前回のboidマガジン「2016年08月号 vol.3」では大衆映画3本を紹介した。今回は社会派映画3本を紹介していきたいと思う。

9/29(木)に上映される大衆映画3本『花草女王』『ルークトゥン・ミリオネア』『モンラック・メーナム・ムーン』に比べてこの社会派映画は世界的知名度も上であり、タイ映画研究者には知られている映画である。ということでこの3本の権利、素材の確保は大衆映画と比べて圧倒的に楽であった。とはいえタイで頻繁に映画が上映されていたり、DVDが簡単に買えるかと聞かれたら答えは"否"だ。今回の映画祭でないと観られない映画なので見逃さないで欲しい。

かつてこのようなタイの社会派映画がまとめて日本で見ることができた伝説の映画祭があった。1990年3月に大阪で開催された「タイ映画祭」である。筆者はこの映画祭に参加していないが、資料を見るとその豪華さに驚かされる。1日3本、5日間で合計15本もの映画を上映したのだ。公式パンフレットには詳細な記載はないがほとんどが日本初上映だっただろう。当時ほとんど無名に近いタイ映画をしっかりと翻訳し、字幕を付けて上映し、現在ではありえないような分厚いパンフレットまで製作するとはなんという豪華さだろうか。90年といえば日本はまだまだ好景気、そしてワールドミュージック・ブームでアジアが注目されはじめた時代である。この当時のワールドミュージック、アジア関係の雑誌を見ると驚愕させられることがある。大手デパートやファッション・ブランドがこれらのマニアックな雑誌に広告を出しているのである。今回映画祭に携わり宣伝・広告などの実務を経験して、この時代の好景気さにあらためて驚かせられた。

90年の「タイ映画祭」は、当時"アジア"というなんとなく欧米以外のカルチャーに注目が集まっていた状況下で、タイのみにフォーカスを当てていた。かなり踏み込んだ映画のセレクトとコンセプトが素晴らしい。15本の上映作品の全てが社会派映画であった。今回の爆音映画祭では他ジャンルの映画も特集するため、社会派映画は3本だが、そのうちの2本は日本初上映となる。9/28(水)上映の『トーンパーン』『東北タイの子』『タクシードライバー』の3本はタイ人の映画好きの間ではどれもよく知られている作品だ。特に『東北タイの子』『タクシードライバー』は興行としても大成功を収めている。微笑みの国タイの裏側を直接映像として観ることができるのと同時に、まだ世界的には知られていないアジア映画に出会うことにできる貴重な機会となるだろう。

90年の「タイ映画祭」でも上映されたのが82年製作の『東北タイの子』である。
77年の『タクシードライバー』のヒット以降イサーンからバンコクに出稼ぎに来て差別を受けるストーリーの映画が数多く作られたが、この映画の舞台は全編イサーン。1979年に東南アジア文学賞を受賞したカムプーン・ブンタウィーの原作を映画化したものである。タイ人の友達に聞くと『東北タイの子』は有名で中学生~高校生の時学校で読まされる代表的本だそうだ。図書館でも人気がありいつも借りられていたと語ってくれた。そして今回の映画祭の中で一番イサーン語の訛りがきつかったのは、この『東北タイの子』だそうだ。つまりイサーン語が理解できない中央タイ人の為に字幕が必要な作品だ。この映画の音楽製作に関わったのは9/29(木)上映の『モンラック・メーナム・ムーン』と同じくスリン・パクシリであった。ミュージカルではないので音楽が目立つ映画ではないが全編にわたってイサーンの伝統楽器であるピンとケーンの音が流れており、とても気持ち良い気分にさせてくれる。

東北タイの子


『東北タイの子』は貧困、飢えなどの問題を抱えながら農民として生きるイサーン人の生々しい生活をシリアスにしないで見事に詩的に映している。ベトナム、ラオスと国境を面しているイサーンでの華僑・ベトナム人と交流する場面、行商との物々交換の様子を観ていると、国境問題さえも小さく感じてしまう。この映画を観ると、生きるために虫を食べ、狩りをするイサーン人=ゲテモノで貧乏というイメージで片付けてしまって良いのだろうか?という疑問が湧いてくると同時に、明らかに同じタイでもバンコクと違う価値観で彼らが生活しているのが伝わってくるはずだ。1987年に出版された『タイ村落経済史』ではこのようなことが書いてある。1906年にダムロン殿下がイサーンに視察に行った時の記録だ。

「めいめいの家は互いに自由で、誰が主人でも、誰が家来でもない。家族は、家長が治める。その上に村長や区長がいる。統治はきわめて容易である。一つの区の中には200バーツ以上を持つ大金持ちはまったくいない。貧乏人で人に仕えなければならないものも全くいない。こんなふうにして、おそらくは何百年もやってきたのだろう。というのも村人たちは、金を使うこともなく、田や畑を作って自分たちを養ってきたからだ。金が欲しいという気持ちもそれほど強くはない。文明社会といわれる町中のように金の力を持たない。だから金を貯め込みたいと思う者もいない。といって、貧しいとはいえない。あくせくしなくても幸せに生活できるからである」

この事をアメリカ人の博士に伝えると

「外国で騒いでいる社会主義者たちは、まさにこのような社会を求めているのだ。本当のところ、社会主義者が求めている社会は、何百年何千年もの長い間この国に続いてきたのだ。まことに”この世のなかになんら新しき珍しきものなし”という諺どおりである」

と言ったそうだ。

アピチャッポンが語った「イサーンの人々は、日常生活に生きているだけでなく、スピリチュアルな世界にも生きています。そこでは、単純な事柄が魔法になるのです」という言葉がより生々しく体感できるはずだ。

76年製作の『トーンパーン』で音楽を担当しているのが空族『バンコクナイツ』に出演しているタイの伝説的バンド、カワランのスラチャイ・ジャンティマートンだ。このスラチャイが民主化運動真っ只中の76年、イサーンで撮影に関わったドキュメンタリーが元となったのがこの映画である。
カワランはプレーン・プア・チウィットと呼ばれる"生きるための歌"というジャンルの象徴的なバンドである。70年代の学生運動の際にボブ・ディランや反戦フォークの流れから歌で思想を表現したのがこのジャンルである。ゆえにカラワンは知識階級から愛された。ここで間違えてはならないのは、いくらカラワンはイサーンや農民のことを歌ってもそれはある程度教養の受けた人でないと当時理解できなかったという点である。つまり大衆芸能であったモーラムとは真逆のベクトルであるのだ。映画も音楽も同じ”イサーン”がキーワードでも聴く人のマーケットが違うから面白い。このカラワンは世界的に知られているタイのバンドの一つであり、あのスミソニアン博物館が運営するレーベル、スミソニアン・フォークウェイズからもリリースをしている。世界中のレアなレコードが載っているポコラ本にも掲載され、名作「人と水牛」のオリジナル盤は高値で取引され、サイケ、アシッド・フォーク好きから評価される一枚だ。この映画は当時の民主化運動で生まれた典型的な思想を描いている。

トーンパーン


ただでさえお金がないのにもかかわらずダム建設で主人公トーンパーンの人生が一変する。民主化運動が高まり、共産主義者が隠れることとなったイサーンが舞台のために当時タイ政府から上映が禁止になったという幻の作品だ。のちにタイ映画の巨匠となったユッタナー・ムクダーサニットの貴重な初期作でもあるので、タイのニューシネマの誕生の雰囲気が味わえる1本でもある。のちに数多く製作されるタイ社会派映画の最初期の作品と言えるだろう。こんな作品であるが映画の音楽はイサーンの象徴であるモーラムが使われている。あくまでフォークスタイルのモーラム風味の楽曲で、なんちゃってモーラムなのだが素晴らしい。シンプルなパーカッションとケーンの音はまるでナイヤビンギみたいだ。音楽ファンはプレーン・プア・チウィットとモーラムの融合にも注目して欲しい。


この翌年に製作され大ヒットしたのが『タクシードライバー』だ。

タクシードライバー


『タクシードライバー』ではイサーン人のやり場のない怒りを描き真っ向からの政治(=軍)批判はせず、タイでは軍より一段低い権力である警察を映画に登場させ、それも完全な批評はせずグレーに描き、作品の政治性を故意に薄めている。また主人公がイサーン語を話すのも異例で、上映にはタイ中央語の字幕が付けられた。もともとイサーン語を話せない主人公役の俳優はイサーン語でセリフを話すことが大変だったそうだ。当時のタイでは見たこともない異質な作品であり、絶賛と戸惑いが入り混じる、物議を醸し出した作品となる。しかもこの映画を撮ったチャトリ・チャラーム・ユーコン、またの名をプリンス・チャトリは王族の血をひく人で、当時のタイ人にとって、このような人物が王族から出現したこと自体が衝撃だったそうだ。イサーン人はこの英断に親近感を覚え、自らの状況を代弁してくれる映画として評価し劇場に足を伸ばしヒットにつながった。もちろんその状況をよく思わなかった都会の連中も多かったはずだ。

そしてSoi48としてはこの『タクシードライバー』は音楽にも注目してもらいたい。なんと全盛期の女性モーラム歌手、チャバープライ・ナームワイが出演しているのだ。彼女の映像はとても貴重であり、この映画の撮影のためにイサーンからバンコクへチャバープライを呼んだ監督の心意気にも感心させられる。それに対して当時バンコクで流行していたスティンと呼ばれる欧米音楽に影響を受けたバンド・サウンドも聞くことができる。身分や人種で聞いている音楽が変わることを映画から見事に感じることができる作品だ。

チャバープライ・ナームワイ


近年世界的な評価を得て日本で上映される機会が増えたアピチャッポンの作品と比べ、タイ|イサーン映画は日本でほとんど上映される機会がなかった。イサーンという土地を知るためにも、そして空族『バンコクナイツ』を理解するためにも、9月28日(水)社会派映画特集、9/29(木)大衆映画特集に足を運んでいただきたい。『バンコクナイツ』のキーワードがここにある!


《告知》
「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」の前売券をイープラスより好評発売中!
前売券:イープラス

「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」
公式ウェブサイト

日程:2016年9月27日(火)~10月1日(土)
会場:Shibuya WWW、WWWX(東京都渋谷区宇田川町13-17ライズビル地下&2F)
主催:boid、空族、Soi48
協力:WWW、Thai Film Archive、Donsaron Kovitvanitcha、Nonzee Nimibutr、Surin Paksiri、ムヴィオラ、トモ・スズキ・ジャパン、オリエンタルブリーズ、コミュニティシネマセンター
助成:国際交流基金アジアセンター
協賛:MotionGallery
問い合わせ:boid(E-mail: bakuons@boid-s.com/TEL: 03-3356-4003)

スケジュール・チケット詳細はこちらをご覧ください



[Soi48(宇都木景一&高木紳介)]
(KEIICHI UTSUKI&SHINSUKE TAKAGI)
タイ音楽を主軸に世界各国の音楽を発掘・収集するユニット。MARK GERGIS(SUBLIME FREQUENCIES)、BRIAN SHIMKOVITZ(AWESOME TAPES FROM AFRICA)、MAFT SAI(PARADISE BANGKOK)との共演、東南アジアでのDJツアー、シングル盤再発や、EM Recordsタイ作品の監修、16年秋公開予定、空族の新作映画「バンコクナイツ」音楽監修、『CDジャーナル』連載、モーラム歌手アンカナーン・クンチャイの来日招聘、トークショーなどタイ音楽や旅の魅力を伝える活動を積極的に行っている。ユニット名と同じSoi48という名前でトルコ、インド、パキスタン、エジプト、レバノン、エチオピア・・・などのレコードがプレイされる世界でも珍しいパーティーを新宿歌舞伎町にて開催している。Soi48ウェブサイト

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