
ルイ・ジョーダン『One Sided Love Then Sakatumi』
闇の中の黒い人
文=湯浅学
第13回 ルイ・ジョーダン
昨日の夜何食った? えーとねサバの味噌煮とマメごはん。今朝は? 壁紙サラダとオガくずにカマボコの板。歯いたくなっちゃった。あいたたた、あいたたた。昼めしどうする。おそばつるつる、どう? いいねつるつる。それじゃつるつる。じゃあつるつる。と朝ゴミ食ってても昼にはそばですぐ調子よくなっちゃうのが"前向き”ってものかもしれませんね、みなさん。それではごきげんよう、さよならまた来月〜。
昔はC調なんて言葉があったものだがそれはずいぶん前に死語でしょう。物事順調でもないんだけどまあそれはそれでたいしたことではないと思うと自分の日常の喜怒哀楽もずっと客観視できるようになる。客観視できればエライとかいうことではなくて自意識で縛られまくると苦しくなるだけのツライ浮世というのはあるだろう、といいたいだけのこと。今も昔もそこんとこは同様で表面的な理由は当然変わるに決まっているが(50年前にインターネットはありません。ケータイ電話だって持ってて当然のように言うやつがよくいるけどつい5年前にはカメラなんかついてないやつのが主流だったんじゃなかったけ? 10年前なら持ってなくても別に変な顔はされなかったよ)、悩みの基本はそんなに大きく変わっていない。しかしその時代に即した細々したことをわざわざ歌うほうが、実は後々記録としてはおもしろいしへぇー度も高くなる。植木等の"これが男の生きる道”の一節に♪もらう月給は1万ナンボ、というのがあるが、これが1963年のサラリーマンの普通の月給だったのかあ、とすぐに覚えられ、物価の推移を意識するのにとても便利ですね。日給じゃないよ、月給だよ。41年前の生活はそれで今より貧しかったと単純に考える若者もいるかもしれないが、それもまあ自分の認識の間違いがわかるという点で効果的と見るべきだろう。そういう風俗をネタに入れ込んだ歌をノベルティ・ソングというわけですな。それってヒップホップにはよくあるんじゃないの。ルイ・ジョーダンは時事ネタよりも日常感覚を軽々と歌いまくった人ですが、ノベルティ・タイプの曲が多いうえに、音楽ネタがやたらに幅広い。ジャズとブルース混ぜて加速、が基本だとすると(これもロックンロールのモトネタのひとつ)、その近くにはラテンやクラシックもあるに決まってんじゃんカントリー&ウエスタンもね、と。風俗で大きく見ればネタには困らんわけでしょう。アジア人をオチョクッたネタも結構あるのはやっぱり日常にそういう"異文化”が視野内だったからでしょう。ジャイヴのスリム・ゲイラードにもめちゃくちゃな日本ネタがあってやたらおもしろいけど、ルイ・ジョーダンは晩年(68年)『One Sided Love Then Sakatumi』というアルバムを残している。ジョーダンは妙な着物着て、島田髷の安いカツラを付けた白人女と一緒にこのジャケットにおさまっている。30年代末から50年代の黄金時代の録音102曲を4枚のCDに収めたボックスが英国〈Proper〉から出ている。これでまずラップ/ヒップホップの大先輩のスウィンギーなグルーヴに軽く触れるのも春だしいいよ。4枚組で3000円ぐらいだもんタワーで。ラテンとひと口にいってもその奥はいろいろだとわかるのもありがたいけど、仲間うちの生活ネタで騒いで、食い物ネタがやたらに多いのもスキッ腹には効く効く。今なら"Mr. BSE”とか"Five Cows Named Moo”とか"鳥フル・ブギ”とか(日本にいれば)やってます。喜びも悲しみもあらよっと歌い飛ばしてガッハッハと次行ってみようの精神であります。動くジョーダンがまたすんばらしくて、DVDも出てますが探してみてください。ニューオリンズ・ビートとの相互関係ももちろんですが、ジェームス・ブラウンもジョーダン抜きにはありえなかったことは忘れてもらっちゃこまりまっスムニダ。
(『remix』2004年5月号)
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