今回の映画川は現在公開中の『ホドロフスキーの虹泥棒』(アレハンドロ・ホドロフスキー監督)を取り上げます。一昨年の『リアリティのダンス』公開とそのPRのための来日も記憶に新しいホドロフスキー監督が、1990年に製作された作品をみずから監修したディレクターズカット版で、日本では初の劇場公開になります。近年相次いで亡くなってしまった3人の名優、ピーター・オトゥール、オマー・シャリフ、クリストファー・リーが出演している本作の見どころを、荻野洋一さんが紹介してくれます。
文=荻野洋一
テムズ川とおぼしき水面に浮き上がって死にかけた魚を、ひとりのコソ泥(オマー・シャリフ)がすくい上げて、物欲しげにやってきたネズミに一切れ分けてやり、おもむろに桟橋を小走りに去って行く。20世紀半ばころのロンドンなのだろうか、画面はノスタルジックな琥珀色を帯び、テムズ川の水は非常に濁っている。川岸に休んだオマー・シャリフがカバンの中を漁って、きょうの収穫をチェックしていると、静かな弦楽の上でトランペットの切々たる音色が徐々に大きく響きわたり、如何ともし難い抒情が醸し出されてくる。このみごとな劇伴を作ったのは、『白い婚礼』『ランジュ・ノワール』『はじらい』などジャン=クロード・ブリソー作品で知られるフランス出身のジャン・ミュジーである。
しかし見る者をたじろがせるのは、失礼ながらジャン・ミュジーの名前ではない。収穫チェック中のオマー・シャリフ脇の空いたスペースに古色蒼然たる書体でスタッフ・キャストがクレジットされていくが、美術デザインのクレジットに「アレクサンドル・トローネル」という名前を発見したとき、時空間が大きく揺らいだように見えた。そう、本作『ホドロフスキーの虹泥棒』(1990)は、オーストリア=ハンガリー二重帝国出身の美術監督にとって遺作となる作品だったのである。
2018年12月号
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