今回の映画川は、映画ライターの降矢聡さんに、来年1月に公開される『タンジェリン』(ショーン・ベイカー監督)について書いてもらいました。全編がiPhone5sで撮影されていることでも話題の本作は、浮気をした恋人とその浮気相手を捜すトランスジェンダーの娼婦、歌手を夢見る同業者の友人、アルメニア人のタクシードライバーの3人のクリスマス・イヴの物語です。ロサンゼルスの街を奔走あるいは徘徊する3人の姿を通して描かれているものとは――



文=降矢聡


 一昔前のテレビドラマやコメディ映画のオープンングで聞こえてきそうなクラシカルな(古くさい?)BGMが流れはじめると、徐々に黄色の面を背景にクレジットが映し出される。その黄色の面は細かなキズが目に付き、しばらくすると画面左から絡み合った黒人の手が映り込む。それは、黄色の壁を添うように二人の人物が手を絡め合わせているのかと錯覚するが、次の瞬間に画面右から別人の手がフレームインをしてくると、その黄色の面はファーストフード店などによくある安テーブルかなにかであり、二人の人物がテーブルを挟んで向かい合っているのだと了解する。その後、差し出された紙袋からカラフルなドーナツが1つ取り出され(手の大きさからすると実に小振りなものだ)、こう告げられる。「メリークリスマス・イブ、ビッチ」。

 それは、世界中いたるところにあるであろう何の変哲もないドーナツショップの片隅で、クリスマス・イブの朝に友人=トランスジェンダーの娼婦仲間のシンディとアレクサンドラが1つのドーナツを分けて、久々の再会か、あるいはクリスマスのささやかなお祝いをしているところだ。

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