boidマガジン

2016年12月号 vol.4

微笑みの裏側 第11回 (Soi48)

2016年12月30日 22:46 by boid
世界各国の音楽を発掘・収集するユニットSoi48が、微笑みの国=タイの表と裏を紹介する連載「微笑みの裏側」第11回目の今回はタイの大衆音楽のひとつルークトゥンに影響を与えたラムウォンについて書いてくれています。1940-50年代に流行したラムウォンの音楽にもタイの多民族性が伺えます。





文・写真=Soi48


 いよいよ来年2月に空族最新作『バンコクナイツ』が公開される。そして我々Soi48もDU BOOKSより『旅するタイ・イサーン音楽ディスクガイド』を発売することになった。今回はラムウォンという1940年代から50年代にかけて大流行したタイの音楽ジャンルについて書いてみたいと思う。このラムウォンというのは輪になって踊る音楽のために今まで日本では"タイの盆踊り"と紹介されてきた。しかしこのラムウォンにはそんな牧歌的なイメージと異なるとんでもない重要な新事実が隠されていた。後にタイ音楽の主要ジャンルとなるルークトゥンに大きな影響を与え、『バンコクナイツ』で使用曲のルーツとも言えるラムウォンを今回紹介していきたいと思う。


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 ラムウォンとは男女が輪になって踊る音楽である。1944年、首相のプレーク・ピブーンソンクラームが首都をタイ北部の都市ペッチャブーンに移動させるか検討していた。ピブーンとその妻ライヤッがペッチャブーンを調査するために訪問すると住民が歓迎式でラムトーンを踊ったのだ。ラムトーンとはトーン(太鼓)で踊る音楽でお祭りや行事で演奏されていた。

 ペッチャブーンはイサーンでは無いが高い山に位置し、多くのラオス人が強制移住させられていた。このとき歓迎式でピブーンが聞いたラムトーンもラオス色を濃く残したものであった。ピブーンはこの歓迎をたいそう気に入りタイの文化として根付かせようとした。ピブーンの奥さんライヤッはそれを気に入って10個のラムウォン=ラムウォン・マッタターンを製作している。実際はライヤッは6個制作して、残り4つはタイ芸術局が作ったそうだ。この10個のラムウォンは全国の公務員に習得させて地域に根付かせる政策が実施された。


ラムウォン・マッタターン

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