青山真治さんによる日付のない日記「宝ヶ池の沈まぬ亀」第7回は、京都、大阪、東京、北九州と移動の多かった師走の最中で観た映画や、ボブ・ディランについて語った授業のこと、想像のまま終わってしまった舞台の作業、そして年末年始にかけて連日行われた『はるねこ』(甫木元空監督)の上映イベントの記録が記されます。




文=青山真治



7、如何にしてアウェイからホームを取り戻すや

某月某日、帰京の荷とともに電車を乗り継いで大阪は九条まで。長年の盟友・篠崎誠の新作『SHARING』鑑賞のため。これが初対面のシネ・ヌーボゥは非常に都会的な、いわば「ちょっと一杯映画ひっかけてきますわ」的な、そういう空間。好感が持てる。その街ぐるみの佇まいに『浪華悲歌』を、あるいは『残菊物語』を思い出さずにはいられない。現実にはこれまであまり大阪、特に中心部を好んでこなかったが誰しものごとく溝口(そして谷崎)を考えるときにだけ内奥で大阪は特権化する。中心をやや外れた大阪。旧き良き大阪。想像上にしかない大阪。湯島の生れである溝口がいつから関西の情緒を深く描くに至ったかその経緯について何も知らないが興味を沸かさずにいられない。そして八王子生れのまこっちゃんによる『SHARING』に溝口的を多分に感じたのも大阪ゆえか。
その後二か月ぶりの帰京。帰るや名付け親でありながら会っていなかったダダと初対面。彼にとっては新入りであるこの人間を見てどう考えるかと訝ったが、会うなり大いに意気投合。おっきい猫がおるなあ(写真は「おっきい猫さん」としての私とダダ氏のツーショット)という前提でひたすら傍にいてくれ、なおかつ終始大暴れでひたすら幸せなり。猫はそれぞれに性格も行動も違っていてそれらはいつもながら心の襞に奥深く沁みいる。

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