boidマガジン

2017年01月号 vol.3

大音海の岸辺 第34回 後編 (湯浅学)

2017年01月22日 10:09 by boid
湯浅学さんの「大音海の岸辺」第34回後編は河内家菊水丸さん、ギターウルフ、木村松太郎さん、ゲイシャ・ガールズ、古関裕而さんの作品と、笠置シヅ子さん、小坂一也さんを始めとする40~60年代の日本のポップスのリイシュー盤について書かれた文章を再録。湯浅さんが新たに書き下ろした解説では勝新太郎さんとの思い出などが綴られます。


河内家菊水丸『ハッピー』



文=湯浅学


河内家菊水丸『ハッピー』

 タイトルに表れているように、このアルバムは〈今の世にあって幸福とは何か〉がテーマの、コンセプチュアルな長尺物である。
 「カーキン音頭」二編(①「カーキン音頭〜フリーター一代男"青春上京篇”」⑤「カーキン音頭〜フリーター一代男"中年望郷篇”」)は、立身出世物の今様版なれば、気楽でハッピー、それでオーライ、ってな具合の人生模様。出世とは何か、という問いかけが、しかと成されております。①にかいかいづくし、⑤にだいだいづくしが盛り込まれて腰も軽くなる。特に⑤の「代々腰骨が丈夫だい」に大笑い久保田麻琴の手になるジャカルタ~東京共闘レゲエ②「本当かい?」は"わて”ではなく"僕”を人称代名詞に、AORな恋愛歌をラップする痛快作。地の歌詞はおしゃれな青年とねえちゃんの浮いた関係風なのに、セリフ部分でいきなり大阪弁になってしまうコントラストがザマーミロ。これもかいかいづくし入り。ジャック・スウィングにのせて"マイ・ネェェム・イズ・ハァァァァピィィィィィマァン”とたっぷり唸ってしまう。近田さん+OTO作のラッピン音頭④「ハッピーマン」は〈人生は愛嬌が一番、欲目が不幸を呼ぶ〉という作品。「お金はあんまり儲かりませんが、別にいいじゃないッスか」には泣けてきた。
 ⑥「ハッピー」は、もうゴスペルです。シンガポール~ジャカルタ~東京の協力作品。夫婦の絆をくっきり歌うということでこんなに心にしみた曲は、最近ではソニック・ユースの「ティタニウム・エクスポーズ」以来だ。甘くてちょっとアホでくすぐったくて力強い祝婚歌で、おめでたく松づくし入り。クンダンと生ピアノ、その奥でさりげなくジャズっているトランペット、このコンビネーションは、淀川はシンガポールと水つづきであるということを証明しているのである。メリアナ嬢のインドネシアン・ラップがピリリと効いた薬味。
 この⑥と合わせて何度も聴いてはタメ息ついちゃうのが、③「花」だ。ディック・リーによる厳かなサウンド(美しいコーラス)をバックに、ざらりとした歌心が、この世の荒波を諫める。曲の良さもさることながら、菊水丸のアクがなかったら成立しなかったであろう神々しい世界。ペンペン草の栄光、または串カツ屋の大勝利。この素朴な美しさの前では、エキゾチシズムの妖しい快感なども所詮はおしゃれな腰くだけの戯れ言にしか思えない。
 大阪録音の語り物⑦「祐天吉松 飛鳥山の巻」は、祐天吉松の苦い男気をじっくり描いた聴きもの。近田さん言うところの〈日本語で物を考える人間にとってのグルーヴ〉の心地よさは、やっぱりスーダンのポップより俺にとっては尊いのだ。
 「河内音頭そのものは非常にあいまいとした芸能」(本誌90年8月号)と語った菊水丸が、その〈あいまいであるが故の許容力〉をもって生み出した心の広い快々作。一万円札ヒコーキにして櫓に飛ばしたろ。

(『ミュージック・マガジン』91年7月号)



ギターウルフ『ミサイルミー』

 腹が減ったらメシを食う、のはとうぜんかもしれないが、腹が減ったらさらなる我慢あるいは、腹が減ったという意識を霧散させる行為へ心身を強向けることによって空腹そのものを忘れ去ることは、可能である。腹が減ってもメシは食わない、あるいは、食わなくてもどうってことない、と思うことが習慣化すればいいのである。とはいうもののそれができないからみんな苦労しているわけですね。しかしかつて俺はそう思って暮らせたのだ。なぜなら食いたくても食うものが身のまわりにあまりなかったからだ。腹が減ったら水飲んでタバコ(エコーとかしんせいとかバット)を吸いまくればなんとかなっていた。腹は減ってて当たりまえのもんだという状況に暮らして、それで別段不都合などちっともなかった。半年ぐらいだったが、その後少々食べ物を手にできるようになってからも、量はたいして増えなかった。元来俺は大食だったのだが。腹ペコで当たり前、腹ペコのほうが具合いがよかった20年ほど前のことを、ギターウルフは想起させる。ギターウルフの録音物はどれもこれも腹ペコでガサツで乱暴でビリビリでとても裕福ではない。マフラーをどこかに落っことしてしまった(落とした記憶はすでにない)ボロいが高排気量のバイクでぶっとばしぶっとばし、どこへ行きたいのか自分でもよくわからねえ夜が続いている音とビートと曲だ。メシを食うことなどたいしたことではないし、いい音悪い音はやってる自分作ってる自分が決めるだけに決まってんだろという、至極当然のことを心底知らしめてくれるから、俺はこの際、ギターウルフ・ダイエットを提案したい。
 前作CD『RUN WOLF RUN』よりさらに天然ひずみ度は増し、スピードも増している。ここでひずんでいないのは曲間の空白だけだ。それもエフェクターで"ひずませた”音などひとつもない。全曲4チャンネルとウォークマンによる一発録りだという。ギターウルフのこれまでの最高傑作=ゴナーからのLP『ウルフ・ロック』に勝るとも劣らない豪快作である。どの曲もこれ以上こそぎ落とすべきものがなにもない。ライヴでの空気が焦げまくる臭いと汗と埃がこちゃまぜになってべっとりと、このCDにはこびり付いているので、再生するといつもいつも臭気付湯気が出る。ギターウルフのライヴはよく効くが、このCDはそれを錠剤にしたものなのだ。
 意味? 意味なんか、とにかくぶっとばしてるってことじゃねえか。くだらねえこと聞くなよ。歌詞も加速剤。こざかしい分別をバキバキぶち壊し、ちまちました恋愛を路面に引きずり殺す。"全開全開ゴゴーゴー 環七環七環七環七フィーバー”(④「環七フィーバー」)と聴くだけでウルフのウルフたる粗暴な根性は、しびれるほどわかる。本作でさえ"鑑賞”してしまう先生方は、クソ以下というしかありません。

(『ミュージック・マガジン』96年7月号)

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