boidマガジン

2017年03月号 vol.1

Television Freak 第13回 (風元正)

2017年03月10日 18:19 by boid
2017年03月10日 18:19 by boid
家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」です。今回は現在放送中の連続ドラマから『A LIFE~愛しき人~』と『視覚探偵 日暮旅人』を取り上げます。さらに、井の頭公園での撮影を目撃していた映画『PARKS パークス』と、取材で訪れた糸魚川のことも。
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夜の吉祥寺駅(撮影:風元正)


一寸先は闇


文=風元正


 去年の5月、『PARKS パークス』の撮影現場に紛れ込んで、瀬田なつき監督の魔術のような演出に魅入られて後、なぜか、身辺に奇妙な出来事が続出するようになった。一例を挙げれば、「井手健介と母船」のメンバーのひとりが若い頃に一番お世話になった方の息子さんで、20年ぶりに呑み屋でばったり再会してびっくり、とかこれは嬉しい偶然だが、悪いことも起こる。本業の方でもかなり炎上しトラブルも多発したが、いつの間にか片付きつつあり、狐につままれたような気分である。全体として、なんとはなしに人に助けて頂いた感じであり、やはり相対性理論のエンディングテーマのタイトル通り「弁天様はスピリチュアル」で、すべては井の頭弁財天様のお力だと考えている。「かいぼり」して、自転車などのゴミを引き上げて池がきれいになり、弁天様のパワーが増しているのではないか。
 瀬田さんの現場では、井の頭公園という公共の場で、たくさんの人が同じ動作を繰り返していた。ずっと見ているうちに、夢か現実かだんだん区別がつかなくなってきた。土曜日の七井橋で、オレンジ色の鮮やかなポロシャツを着た成蹊大学ボート部の学生たちが隊列を組んで何度も横断したり、白と黒の縦じまのワンピースを着た橋本愛さんや染谷将太さん、石橋静河さん、あるいは大量のエキストラがミュージカルシーンをほぼ半日、踊り続けたり。井の頭池を手漕ぎボートに載ったカメラが右往左往したりもしていた。だだ、汗の匂いはしない。ひたすら爽やかだった。通行人もどんどん来るから、同じカットは存在しない。いったい、どういう映像になるのか、当時は想像もできなかった。
 ハラハラしながら試写を観たら、いやはや、想像を遥かに越えた仕上がりで、瀬田さんの天才性を確認できて嬉しい。まず、冒頭の橋本愛さんが自転車に乗って桜が満開の井の頭公園を走り廻るシーンなど、永遠に眺めていたいほど美しい。だだ、場面場面はあまり後をひかず、すっと消えて別のシーンが始まる。現場を見学させてもらったシーンもあっさりしていて、あの繰り返しの運動はどこへ行ったという気もするのだが、"This is the Cinema”。橋本愛さん、永野芽郁さん、染谷将太さんを始めに、物語と演出の力で出演した俳優全員のポテンシャルを引き出しており、躊躇いなく傑作と断言できる映画だった。
 『PARKS』の魅力は、たとえば赤ちゃんがハイハイしたり、笑ったりすると、周囲がパッと明るくなる無垢なる瞬間に似た、「生命の躍動(élan vital )」に充ちた映像にある。瀬田さんは、カメラを通して、生き物や自然が生命力を顕す瞬間を捉える眼を持っている。樋口さんに、瀬田さんは相米慎二、とりわけ『セーラー服と機関銃』と『ションベンライダー』の正統な後継者ではないか、と熱く説いたら、曖昧な顔をして頷いていた(笑)。
 トクマルシューゴさんが監修した音楽も素晴らしい。映画を観ている間は、作品世界と一体になっていて、風の音や鳥の鳴き声と同じようなものとして、存在を主張する感じではなかったのだが、単独で聴いたらすてきな曲揃いで、サントラ盤もとても楽しい。どの細部をとっても尋常でない映画で、早くもう一度観たい。

『PARKS パークス』 4月22日(土)よりテアトル新宿、同29日(土)より吉祥寺オデヲンほか全国順次公開


 木村拓哉主演の医師ドラマ『A LIFE~愛しき人~』は、第6話目が完璧だった。病院長の娘の女医 竹内結子と、その夫の副院長の浮気相手である菜々緒が病院ですれ違い、竹内が「私は幸せよ」と口にした瞬間、物語に一気にドライブがかかった。白衣の竹内と黒いスーツの菜々緒が2人きりのシーンは女優の存在感がゴージャスで応えられない。お気楽なお坊ちゃん外科医だった松山ケンイチが困難な手術に挑み、途中失敗しかかるが、主人公の凄腕外科医・木村拓哉の一喝により立ち直り、見事に成功させる。1話の中で、医師としての成長がはっきりわかる気になったのは演出の妙と、松山の演技力の成せる業だろう。冒頭と最後では顔つきが変わっていた。手術シーンも緊迫感に溢れており、心臓が風船のように膨らむのがリアルだった。
 とまあ、1回分を書こうとするだけでも、どうしても肩書のようなものが必要になる。主演級の俳優を揃え、それぞれに説得力のある見せ場を作ってゆくために、設定が大変なのは止むを得ない。今の木村拓哉が主演だからこそ、このような重さが発生するわけだし、視聴者にとっては普通ではありえない組み合わせが生まれるのはありがたい。ドラマのテンションが保たれているのは、やはり木村拓哉が常に木村拓哉であろうとする努力の賜物だろう。外科医が手術に失敗すれば患者は死ぬ、というギリギリの重圧はよく表現されている。そして、主役がいる空間の中へ、ほかの俳優さんたちも徐々に馴染み、リラックスして力を発揮し始めたという印象を受ける。
 大ファンの菜々緒は相変わらず熱帯植物のように毒々しく美しい。しかし、通行人に肩をどつかれて倒れ、「どうして愛してくれなかったの」と泣くシーンでは、これまでにない女らしさを全開にしていた。異常にカンのいいプロフェッショナル看護師を演じる木村文乃は、ずっとクールな表情を続けているが、それゆえ整った顔立ちが映えるはまり役ではないか。竹内結子が肩を震わせながら泣き続ける姿も愛らしく、やはり、いい男揃いだと女優は輝くらしい。
 木村の父親役で、寿司職人を演じる田中泯の、「おめえもまだまだ半人前だな」というしびれるセリフ回しを聞けたのも大収穫だった。いつか、どこか相応しい局面で口にできるよう、練習をしておくつもりである。何より興味深いのは浅野忠信で、晴れやかな男に成長した親友(木村)に嫉妬し卑劣な手段で足を引っ張り続ける男という役柄を、病院の壁をぶん殴って穴を開けたりして、ハイテンションで演じ続けている。衣装を含めて、普段ではありえない姿で、ファンとしては新鮮である。浅野の演技が最終的にどういう場所へたどり着くのか、とても楽しみである。

『A LIFE~愛しき人~』 TBS系 日曜よる9時放送(3月12日は10分拡大スペシャル) (C)TBS



 『視覚探偵 日暮旅人』は、日本で指折りのコメディエンヌ多部未華子に絶好調の濱田岳が金髪で出ているからいいに決まっているが、とりわけ秀逸なのは主人公の日暮旅人を演じる松坂桃李の眼に青白い焔が点じる瞬間である。大人しい青年が、目薬を差すと突然、人間の善悪のすべてを見通す怪物に変身する。見た目ではっきりそれが分かるのは、堤幸彦の演出の妙であり、桃季くんの存在の力だろう。もっとも、「眼を使う」たびに視力が失われ、5感のうち4感をすでに失っている探し物専門の探偵・日暮旅人はいつか失明という終末を迎える。目薬をさすたびに慌てふためく弟分の岳ちゃんの演技は真に迫っており、いつも黄昏感が漂っているドラマである。普通では見えないものを見てしまった後の、松坂のニヒルで達観した表情がなんともいえず魅力的である。
 物語のベースは日暮がいつか視力を失うというカタストロフにあるが、間を繋ぐのは例によっての堤ワールドで、ナンセンスでおかしいディティールに充ちている。上田竜也が国仲涼子の着るべきウェディングドレスを着たり、キャバクラ「全治3か月」のホステスが全員「入院中」で、包帯を巻いたりして店に出てきて客は診察中とか、肩が凝らず飽きない。多部が先生をしている幼稚園で出てくる子供たちも愉快だが、あれ、これは黒沢清の『勝手にしやがれ』シリーズじゃない、という気もする。2人組の探偵事務所という設定は当然『傷だらけの天使』だし、多彩な引用を探すのも堤演出の楽しみ方だろう。第7話の、日暮と血はつながらないが同居している娘が、毒薬を吞んで死につつある本当の母親ともさかりえと地下駐車場で最後の対面をするシーンで、子供の背のランドセルの紫色が灰色の背景の中で映えて鮮やかだった。もともと私はCGをあまり好きでないのだが、このドラマに、感情が光の樹木のように見えるというCGは効果的である。
 このドラマが面白いのは、いつか終わりを迎える、という生の儚さが日暮という主人公の中に凝縮されて表されているからだ。常に断崖の上に立っているから、ただ食事をするだけでも、愛おしい時となる。ギャグもまたしかり。日暮の視力は、やはり、失われるんだろうな……。

『視覚探偵 日暮旅人』 日本テレビ系 日曜よる10時30分放送 (C)NTV



 先月の新潟の写真は、糸魚川の大火を取材に行く途中で撮影したものだった。現場に到着すると驚くべき惨状で、火の恐ろしさを思い知った。35mの強風により火の粉が方々に散り、延焼してしまったのだ。ただ、糸魚川は何度も同じような大火が起こっているというから、地形的な問題もある。現場を歩き、細い道一本へだてて、全焼した家と無事な家が隣り合わせている場所がある。ここまで紙一重だと、たとえ焼けなくても人心地はつくまい。糸魚川の中心の、古くて趣のある街並みだったそうだが、コミュニティが元に戻るかどうか、なかなか難しいと報じられている。ほんとうに、人はいつどんな災難に出くわすか、知れたことではない。

糸魚川火事の全景(撮影:風元正)

どこに分岐点が存在するか?(同上)


 トランブ大統領は無事就任したが、アカデミー賞では世紀の間違いが起こったり、フランスではルペンの娘が大統領になりそうだったり、WBCでイスラエルチームが連勝したり、森友学園の愛国教育を記録した過去映像がどんどん流出したり、もう、何が何だか分からない。でも、「退屈な日常」というのは現実にヴェールがかかっていただけで、もともと毎日とんでもない出来事は起こっていたし、かつての「冷戦構造」的な安定の方が異常だったのかもしれない。
 だからこそ、瀬田さんの視線に倣い、世界や生命がはじまってゆく微細な瞬間へ、いつも意識を向けていたい。なにしろ、一寸先は闇なのだから。


日曜日の井の頭公園にて(撮影:風元正)




風元正(かぜもと・ただし)
1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。

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