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2017年05月号 vol.3

ファスビンダーの映画世界、其の九 前編 (明石政紀)

2017年09月22日 06:53 by boid
2017年09月22日 06:53 by boid


ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの著書『映画は頭を解放する』(勁草書房)やインタヴュー集『ファスビンダー、ファスビンダーを語る』(2013年に第1巻、2015年に第2・3巻(合本)発行)の訳者・解説者である明石政紀さんが、ファスビンダーの映画作品について考察していく連載「ファスビンダーの映画世界」。今回は1970年に製作されたテレビ映画『リオ・ダス・モルテス』を取り上げます。前回まで追ってきた『愛は死より冷酷』などの"ギャング映画三部作”と物語の基本構図は共通するものの、よりコメディ要素に溢れ現実世界の寓話にもなっている本作について、明石さんがじっくり解説してくれます。



文=明石政紀


『リオ・ダス・モルテス Rio das Mortes』(1970)


 ギャング映画の変形としての『リオ・ダス・モルテス』

「で、この映画、ぼくは好きなんだ。この映画には深刻さがないし問題提起もない。それまでのアンチテアーター映画、っていうかぼくの映画にあったようなものがないって責められたし、じっさいそうなんだけど、そこがまさにこの映画のいいところだと思ってるし、この映画がすごく素直にシンプルにシンプルな物語を、すごく素直にシンプルに、見方によって愉しくも悲しくも語ってるところがいいんだ」(ファスビンダー)[*1]
「で、この映画、わたし好きだわ。ファスビンダーさん、こんなものもつくっていたのね。この映画、とってもいいわ」(ミケ、猫♀)[*2]

 というわけでこの『リオ・ダス・モルテス』、わたしたちのお気に入りの映画のひとつともなったのである。まあとりあえずそういうことである。
 といったことはさて置くとして、この映画、これまで観てきたギャング映画とは打って変わって、構えても気張っていず、愉しく可笑しく憂いもある、おとぎ話のような映画で、初期アンチテアーター期のファスビンダー・フィルムの変わり種であり、ファスビンダーの言に反して問題提起がないわけではないのだが、ここには屈託のなさがあり、思わず笑っちゃうようなコメディ要素に溢れ、後年のトラジコメディを前触れするかのような作品でもある。
 と、思いきや、この映画の物語の基本構図自体は、以前の小物ギャング映画の変形である。つまり旧友の若者ふたりが偶然再会し、男ふたり+女ひとりの三人生活がはじまり、男ふたりはとんでもないことを企て、規範に即した予定調和的な生活を求める女がそれを阻止しようとするという物語構図は、以前の小物ギャング物『悪の神々』や『愛は死より冷酷』と同じなのである。というわけでファスビンダーのオリジナル・ストーリーかと思いきや、じつはフォルカー・シュレーンドルフの原案にもとづくもの。ファスビンダーの言によれば、
「これ〔=『リオ・ダス・モルテス』〕 はシュレーンドルフがぼくに話してくれたストーリーを発展させたものだ(・・・)。こういう話で、長いこと会ってなかったふたりの女友だちが再会して、若いころ一緒にどっかの南洋の島に行くっていう夢があったじゃないって話になって、若いころの夢や子供のときの夢は狂ってるもんだから、いろいろと障害にぶつかるんだけど、それをはねのけて、最後にほんとうに夢を実現するっていう物語なんだ。ぼくはこの話にすごく惹かれて、脚本書きはじめるときにフォルカー〔=シュレーンドルフ〕にこれを使ってかまわないかってきいたら、彼はこのストーリーをプレゼントしてくれたんだよ、言ってみればね」[*3]とのこと。
 というわけでこの映画、同僚監督のフォルカー・シュレーンドルフに捧げられている。映画では、シュレーンドルフの原案にあったふたりの女ともだちが、男に変更され、ここはいかにもファスビンダーらしく、南洋の島に行くという夢は、南米に宝探しに行くという夢に変わり、さまざまな障害にぶつかるところは同じで、最後に突然パトロンが登場して、この夢を実現することができるのだが、ここのところはファスビンダー本人の夢だった映画作りのアナロジーと言っていい。ファスビンダーが最初の長編『愛は死より冷酷』をつくろうとしたときも、パトロンが現れてポンと資金を提供してくれ、この映画が撮れたという経緯があったのである。

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