
「彼氏になりたい」収録の『ウィズ・ザ・ビートルズ』
文=湯浅学
初期ビートルズ論
ダムドが77年の初めか76年の終わりごろ出したシングルに「ヘルプ」がある。いわずと知れたスティッフのBUY6番である。もちろんパンクのずいぶん初期のシングルってことになるわけだがしかもそれがビートルズのコピーで、「ヘルプ」だろ、なんか企画ものっぽくない? プロデュースは"愛しのベイ・シティ・ローラーズ”のニック・ロウだしさ、スティッフだし。なんでも聞いたところによるとニック・ロウはダムドのファーストをプロデュースするとき、伝え聞くパンクスのイメージをできるだけ守るようにした、とか、そもそもパンクをやるために若者を集めて、バンドをでっち上げ、ダムドって名は後からレコード出す際に適当につけたものだ、っていう話を聞いたことがある。この話自体がでっち上げかもしれないが、当時英国ではパンクが風俗として悪名を高め密かに評判を呼んでいたことの証ではある。
このダムドの「ヘルプ」を聴いたイーノは、「ローリング・ストーンズの『彼氏になりたい』を聴いて以来の衝撃を受けた」と言ったとか言わなかったとか。どうせ嘘だろうが、この言葉を、プロモーション用にしろ単なる冗談にしろ考え出した人は、御祝儀ものである。音楽史的ギャグとしてかなりの冴えである。いうまでもないが、「彼氏になりたい」はビートルズではかのリンゴがぼーっとロックンロールしている曲である。
ビートルズ版「彼氏になりたい」は半ズボンから長ズボンにはきかえたばっかりでチンコの皮も半むけあるいはかぶったまんまの中学生が、ロックンロールとかシンナーとかちょこっと知って、エロ本を見てせんずり覚えて一年ぐらいで、髪をちょこっと伸ばしてみたような性と不良に少し目覚めた男の子が隣のクラスの干物屋の娘にほのかに変じゃなかった恋心を抱いてみました、あるいは地方都市のお兄ちゃんが初めて都会に出て来て食堂のおねえちゃんが必要以上に色っぽかったので、反射的にやりたいつきあいたい彼氏になりたい、と思ってしまいました、というような曲である。対するストーンズといえば、やりたくてやりたくてやりたくてやりたくてしょうがねえんだからよう俺とつきあってつきあってつきあってくんねえんだったら家に火点けるけんね、という暴走感情をそのまんま表現してしまった、いやそうとしか表現できなかったという曲である。リンゴ/ビートルズが半むけまたはかぶったまんまなのに対して、ストーンズは痛いの我慢して無理矢理むいちゃったんでヒリヒリのズルムケ赤チンコ(『がきデカ』参照のこと)なのである。
しかし両者には共通点もある。ともに曲の中心部にはボケがある、ということである。ビートルズはもちろんリンゴの歌。対するストーンズはやはり大きい音で鳴っているビル・ワイマンのベースである。このボケの存在、実はストーンズにはついこの間までつきまとっていた。むしろこのボケがあるからこそストーンズはストーンズたりえていたのである。ボケでスケベで甘ったれ。だめ男だけど不良でバンド一の年上であったビルこそ、人間の基本的業を表現しつづけるストーンズにとってまさに"ミスター・ストーンズ”だったのである。かといってリンゴが同様の、だめボケ不良のスケベの甘ったれか、といえばまったくそんなことはなくましてやリンゴこそミスター・ビートルズなどというつもりはない。むしろ、ええかっこしいだけどちょっととぼけていてメロディ・センスは親しみやすくなめらかで楽理的にも優良だけど流行には鈍感ではいられないのでやるときゃやるぜで商才もちょこっとあるやつ、ポールこそミスター・ビートルズだ、と今では思っております。
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