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2017年06月号 vol.1

Television Freak 第16回 (風元正)

2017年06月09日 00:56 by boid
家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」です。今回は現在放送中のテレビドラマから『女囚セブン』と『100万円の女たち』、『人は見た目が100パーセント』を取り上げます。
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網走刑務所の分厚い壁と桜 (撮影:風元正)



「様式美」の問題


文=風元正


 仕事の旅の途中、網走刑務所に立ち寄った。今は観光バスが止まる人気スポット。滞在時間5分ほどだったが、満開だった桜と人を圧する壁の分厚さを堪能し、驚くべき史実を知った。この地は明治23年、懲役12年以上の「国事犯」、つまり不平士族の乱や自由民権運動に関係した思想犯を集めて、北海道の原野の開拓に従事させるため開設されたというのだ。これまでの無知を恥じる次第だが、つまり凍てつく最果ての原野を切り開いたのは国家の反逆者だったわけだ。たった1年で網走から北見峠まで160kmの「中央道路」を開通させたという現場は、当然、過酷な労働と栄養失調で死者が続出する典型的な「タコ部屋」であり、筋金入りの強者しか耐えられなかったのではないか。
 してみると、『網走番外地』ほど、歴史の暗部を活かし切った映画はないかもしれない。あの雪深い中で列車が疾走する北海道のイメージは永遠に残るだろう。また、「高倉健」を「国事犯」の末裔と考えるのも、さほど奇異な連想ではない。役柄としても、ずっと北海道の刑務所の近辺から離れないし、あの陰影はただの犯罪者ではない。虚構上の人物として、本当にどんな罪を犯したのかは決して明かされないまま、何かに寡黙に耐えつつこの世から去っていった。いや、本人(=小田剛一)がどうだったか、ずっと道を外れた者を演じるのは不本意だったかもしれないが、「まつろわぬ者」の怨念を一手に引き受け続けて文化勲章まで受ける道のりは、かなり大変という気がする。文革後の中国で『君よ憤怒の河を渉れ』が圧倒的に支持されたのも、「健さん」の存在感がある普遍性を持っている証拠だろう。
 今の網走刑務所は、「刑期10年未満で年齢が26歳以上の犯罪傾向が進んでいる受刑者(B指標受刑者)を収容する短期累犯刑務所」だそうで、だいぶん、印象が明るくなっている。もとの刑務所の建物は、「博物館 網走監獄」として保存されており、こちらも観光名所である。作業所の売店の目玉商品は頑丈そうなバーベキューコンロで、分厚い鉄の質感がすごい。北海道の気候もずいぶんマイルドになり、脱獄不能の「地獄」というイメージは薄れつつある。晩年は「更生」の物語を演じ続けて、この世を去った高倉健にとって、望ましい世が訪れたのか。

刑務所の前を流れる網走川(撮影:風元正)




 『女囚セブン』が快調に飛ばしている。当然、『女囚さそり(×まむし)』を下敷きにしていて、梶芽衣子が出ている。囚人たちの入浴シーンで全身入れ墨の女親分が出てきたり、ボクサーだった南海キャンディースのしずちゃんの格闘シーンが出てきたり、第1回目は大サービスだったが、テンションは維持されている。全身整形したナース役を演じる橋本マナミが、スコップを振り回して大暴れするシーンが頭から離れない。ピンクの囚人服を着た女たちが集団で歩いたり、一癖も二癖もある女優たちが7人で布団を並べて寝る姿が艶めかしいのは、当然の効果と言うべきか。刑務所についてのマメ知識や、女たちの犯罪の再現フィルムが妙に生々しくて心に残る。
 剛力彩芽は、自らの冤罪を晴らすべく刑務所入りした舞妓はんの役。普段は感情を表に出さないけれど、格闘技や踊りの達人という設定は、運動神経の良さが活きるはまり役だろう。老老介護の末、夫を殺したという役柄で木野花が出ており、当たり前だが達者。新劇風の大仰な演技がとても新鮮である。安達祐実、山口紗弥加、トリンドル玲奈、平岩紙という女優連も、普段はありえない役柄のせいか、思い思いの流儀でキャラに成り切っていて、とても自由で風通しがよく、意外な見せ場が満載のドラマである。
 もうひとつの収穫は、異常に厳格なベテラン女刑務官役の宍戸美和公である。あの制服姿は微妙に『愛の嵐』が入っているのでは、と思いつつ、ロボットのような表情と吊り上がった細い眼をついつい鑑賞してしまう。「制服」を着て「収容所」にいるというシチュエーションは、どういうわけか、人間の本質を露わにしてしまう。新人いびりがあったり、食べ物を奪い合ったり、面会に来るか来ないかが人生の一大事だったり、生活のディティールに感心して、ついつい酒が進んでしまう。女刑務所が舞台のドラマがたくさん企画されるご時世ではないだろうが、閉鎖空間に光を当て世の関心を促すという意味で、さまざまな可能性が秘められている場だろう。女囚たちの反乱がどういうカタルシスに至るか、楽しみである。

『女囚セブン』 テレビ朝日系 金曜 よる11時15分 放送(※一部地域を除く) 6月9日最終回 (C)テレビ朝日



 売れない小説家の部屋に、出所不明の招待状を受け取った5人の若い女が転がりこんできて同居人となる。みな、100万円の家賃を払い、家主の義務は女たちの面倒をみることで、質問禁止がルール。「僕の書く小説の中では誰も人が死なない。理由は父親が人殺しだからだ」というナレーションで始まる『100万円の女たち』の設定は突拍子もないが、願望としてはなかなか秀逸だし、映像では女たちがみな魅力的で実はうらやましい。夕食は6人一緒にとるのがルールだが、元は見ず知らずの人間で年齢や職業もバラバラというわけで、緊張感の漂う不安定な食卓なのが面白い。ドラマによく出てくる「食卓」のイメージを脱構築している。「超高級コールガール倶楽部の社長」役の福島リラは部屋の中ではいつも全裸という設定であり、最初に見た時はびっくりした。小説家の父親はリリー・フランキー演じる殺人犯、というわけで、妖しさ満点の設定のドラマの主役がRADWIMPSの野田洋次郎。出ている女優さんたちも、松井玲奈をのぞけばTVの常連という感じではなく、全体としてかなりチャレンジングだが、まず画面そのものが刺激的である。これだけ背徳的でゴージャスな雰囲気を醸し出しているドラマは、ここ数年、あまり記憶がない。
 野田洋次郎は、質のいい「中二病」患者の小説家役を好演している。最初は顔と名前が一致せず、おっ、これは誰だ? と目を見張った。ミュージシャンは、俳優と育ちが違っているせいか、みな存在として新鮮で、素に近い状態の方で十分に何かを表現できている。心に闇を持つ女たちに罵倒されたり、叩かれたり蹴られたり、さんざんな目に遭わされているが、少しずつ世界に心を開いてゆく風情が良く出ている。もうひとり気に入っているキャラは、イケメン流行作家の腰巾着批評家を演じる池田鉄洋で、落ち武者風の長髪を始めに、これだけ嫌味で下司な人間に成り切れるものではない。いわゆる「文壇政治」の通念に形を与えると、こういう形になるのか、という気がしている。
 この退屈な日常のどこかに風穴が空かないか。閉塞した社会のどこかから、内心の呟きが聞こえてくる。このドラマの主人公は、大作家の娘である松井玲奈の力により文学賞を受賞し、新作が100万部のベストセラーとなって大きく人生が動くわけだが、又吉直樹や羽田圭介の例を見れば、あながち一笑に付す話でもない。リアリティのある妄想を形にしてゆくのはスリリングな仕事だろう。テレビ東京とNetflixには、ダークで官能的な世界への挑戦を続けてほしい。

『100万円の女たち』 テレビ東京 木曜 深夜1時 放送 (C)青野春秋・小学館/「100万円の女たち」製作委員会



 「女子力」とは何か、ちゃんと考えたことはない。ただ、何か危険を感じ、とにかくその領域には立ち入らず、口にしてはいけない言葉だと考えていた。しかし、家人の隣で『人は見た目が100パーセント』を見始めて、つい熱中してしまい、世の女性たちが晒されている熾烈な競争を垣間見ることができた次第である。髪型、お化粧、服装、持ち物などなど、あらゆる尺度から観察され、一瞥で判断される闘いの世界。もし、パロディ調のドラマでなかったら、痛々しくてとても正視できなかっただろう。
 八王子の製紙会社から、丸の内の化粧品会社に移籍することになった3人の女性研究者が、当然お洒落な新しい職場に順応するため、「女子力」の向上を余儀なくされる。「うさぎ顔メイク」「ストゥール」「帽子」「つけまつげ」「傘」……「美」についての課題は際限なく現れ、桐谷美玲、水川あさみ、ブルゾンちえみが「研究しましょう」を合言葉に、とにかく頑張る。3人のコンビネーションが絶妙で、研究室で鏡を見ながらあれやこれや、化粧品を塗りまくったり、小物の使い方を研究するシーンになるたび笑ってしまい、同時に、男に生まれてよかったと安堵する。
 「最も美しい顔」に選出された女優である桐谷美玲が「女子モドキ」役を演じるのも大胆だが、結果として、彼女の魅力が一番よく発揮されているドラマだという気がする。真面目だけれどいつもきょときょとしていて、自信もなくドモりがち、引っ込み思案で失敗だらけ。でも、時折、神の恩寵のような瞬間が訪れる。第5話で、朝4時に起き、髪の毛の編み込みを練習し、何度も失敗しながらついに成功した瞬間の表情は、不器用さが強調されていたせいか、輝くように明るく、とても愛らしかった。
 ブルゾンちえみは、ネタをやっている時より好きである。傘について研究していて、男の人に差し掛けられるのがいい、という結論に達し、雨の中びしょ濡れになって待ったブルゾンちえみに、ボロボロのビニール傘をくれたのは白髪のおじいさん、というシーンには爆笑してしまった。「美」ついてアドバイスをする上司・鈴木浩介も、人相風体態度がかなり怪しいけれどアドバイスは的確で、いつしゃしゃり出てくるか待ち遠しい。
 考えてみると、昔は着物で人が判断されていた。谷崎潤一郎の小説には、布地や柄の名前で溢れていて、場に相応しくない着物を選んだ女性は辛辣に罵倒されてしまう。平和な時代のルールは基本「人は見た目が100パーセント」だったし、戦国武将もおしゃれしていた。「表層」こそすべて。今さらだけど、「男子力」を磨かなければいけないのか。

『人は見た目が100パーセント』 フジテレビ系 木曜 よる10時放送(6月15日最終回放送) (C)フジテレビ



 もし、高倉健が今の新人だったら、どのような形で世に出ただろうか。あまりに状況が違うとして、「任侠映画」というジャンルがほぼ消滅しているのが大きい。高倉健は、着物、刀、入れ墨、血、雪などなど、「侠客」の様式美がもっとも似合う俳優であり、滅びゆく「古き良き日本」をどこかで象徴していた。よくしゃべる、という意味でやや異色の「網走番外地」シリーズも、常に国策に左右された北海道への魂鎮めという文脈で考えれば整合性がある。何より、社会から逸脱した者の物語が当たり役だった点が、刑事ドラマが全盛の今とは一線を画している。詰まるところ、平和な世の中というわけで、喜ぶべきことなのだが、物語の磁場としての「網走刑務所」に代わるものがどこかにないものか。今回取り上げた3作品はいずれも、現代社会の中にある新鮮な様式美を探り当てていた。

穏やかな初夏のオホーツクの海 (撮影:風元正)




風元正(かぜもと・ただし)
1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。

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