小説家・桜井鈴茂さんによるエッセイ連載「サバーバン・ブルーズを蹴散らしながら」。第17回は、歩行者の信号待ちに関する告白がなされた前回(第16回)の記事の掲載後に起こった二つの出来事と、公開中に二度も観に行ってしまったという映画『20センチュリー・ウーマン』(マイク・ミルズ監督)のお話です。
文・写真=桜井鈴茂
こんにちは。
まずは、前回、車の往来がまったくないにもかかわらずみんなして信号が変わるのを律儀に待っている光景が気持ち悪くて仕方ない、というようなことを書いたのだけど、その後日談を二つばかり。
一つ目。大学一年からの腐れ縁……とくべつ、音楽とか映画とか小説とかの好みが合っているわけではないのに(そもそもそいつは小説なんてほとんど読まない、おれのさえ読んでないんじゃないか)、すなわち感じ方や考え方が近いわけではないはずなのに、学籍番号とアパートが近かったというきっかけで付き合いが始まって、ぐずぐずと関係が続いて、そろそろ30年(!)という男と、前回ぶんがアップされた直後に、ひさびさにさしで呑みに行った。で、一軒目の呑み屋から二軒目へと移動中に、おれがいつものごとく信号を無視して(というか、信号の色はほとんど気にせず車の往来がないことだけを確認して)渡りはじめると、やけに自然な、さも当然な様子で付いてきたので「あれ? こういうの平気なんだっけ?」とふってみると、そいつはこう言った。「小学生の頃だと思うけど、なんかのインタビューで西川きよしが『車も来てへんのに赤信号でぼぉーっと待ってるのは、アホのやることや』とかって言ってるのを聞いて、子どもながらに得心したんだよね。そのまま、今に至ってる。うちの娘にもそうやって教えてるよ。時々カミさんには怒られるけど」。そいつとは(繰り返しになるけど)音楽や映画の好みがなかなか共有できず、苛々することもあったし、今でも時々苛々するし、時には口論にさえなるのだが、しかし、やはり、腐れ縁ではなく、なるべくしてなったマブダチなのだ、と腑に落ちた瞬間である。こんなところで、腑に落ちるのもどうかと思うけれど。
2018年12月号
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