青山真治さんによる日付のない日記「宝ヶ池の沈まぬ亀」第13回。共同プロデューサーを務めた『はるねこ』(甫木元空監督)のシネマ・ジャック&ベティでのロードショーが始まるタイミングで体調を崩すも、上映後に監督とのデュオライヴやトークイベントを行い、無事最終日を迎えます。これまで未見だった堀禎一監督の最新作『夏の娘たち~ひめごと~』や『ローガン』(ジェームズ・マンゴールド監督)、『メッセージ』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)、『ゴールド/金塊の行方』(ジェームズ・ギャガン監督)などのことも。
文・写真=青山真治
13、でもやるんだよとしか言いようがない
某日、書き物を終えてしばしの呆然状態。それでも行動はそれなりにしていて、映画は『スプリット』『ハロルドとリリアン』『幼な子われらに生まれ』『メッセージ』など。舞台は『名人長二』。最近見た芝居(「地点」は除くが)では群を抜いてよかった。殊に高橋惠子さんは様式美と生身の艶を兼ね備える名花の域に達していて圧倒される。決して簡単ではないはずの落語と演劇の相乗りをきわきわの線で乗り切った演出家・豊原功補に拍手。中原昌也の個展にも出かけた。初日記念の演奏は久しぶりということもあり感動した。狭い部屋で良いスピーカーで聴くと隙のない中原の音楽はとても官能的だ。官能といえば『幼な子~』を見ながら切り返しなど編集の問題をわがこととして考え込まされた。これも官能の領域に属し、たとえばロメールを見ていて、冷静にカットのタイミングを検証しているといったい何をきっかけに切り返しているのかわからなくなるが毎度これしかないという官能のきわみの編集点を見せつけられてくらくらする。そういうことをやらないでは胸を張って「映画」と言えない。そしてまた官能とは時代、というか歴史と無関係にあることだということも中原の演奏は教えてくれた。そう考えた上で、これは『名人長二』もそうだが、官能は歴史からのエラーとして生まれ、語ったり見せたり聴かせたりする行為にそうしたことが起こるのはそれが孤児のものだからだと再確認した。だからまったく褒められた出来ではない『ハロルドとリリアン』でもリリアンが孤児だった事実が彼女の業績の偉大さを決定していることだけはたしかだ。あんな資料室がほしい。『メッセージ』については「非ゼロ和ゲーム」というタームだけは収穫。大岡裁きの「三方一両損」がどこも得をする解決に代わるという話だ。経済のこととして考えると何だか不快だが人生のこととしてはどことなく展望というか覚悟を得る気がする。テッド・チャンの原作はすっかり忘れたが、偶然にもこの三か月書いてきた小説が近い内容を語っていて、これは妻が教えてくれた思考であり、おかげでいまも生き延びている。そういうことでもなければ書く気がしないし罪滅ぼしなんてできないができるだけの感謝として書いたということだ。ちなみに『メッセージ』も妻が誘ってくれなければ見なかった。
2018年12月号
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