boidマガジン

2017年07月号 vol.4

ファスビンダーの映画世界、其の十一 (明石政紀)

2017年07月28日 15:58 by boid

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの著書『映画は頭を解放する』(勁草書房)やインタヴュー集『ファスビンダー、ファスビンダーを語る』(2013年に第1巻、昨年の8月に第2・3巻(合本)発行)の訳者・解説者である明石政紀さんが、ファスビンダーの映画作品について考察していく連載「ファスビンダーの映画世界」。今回と次回では1970年製作のテレビ映画『インゴルシュタットの工兵隊』を取り上げます。原作者のマリールイーゼ・フライサーとファスビンダーの関係性、あるいは彼女の作品に影響を受けて作られた『出稼ぎ野郎』と本作の違いとは――



文=明石政紀


戯曲の映画化二作、其の二
『インゴルシュタットの工兵隊 Pioniere in Ingolstadt』(1970)、前編


 ブレヒトならぬフライサー

 20世紀前半のドイツ演劇というと、だれもが判で押したようにブレヒトの名を思い浮かべるようである。アメリカでも事情は同じようで、ファスビンダーは1975年、あるニューヨークのスノッブな映画評論家と次のような問答をおこなった。

 インタヴューアー:ブレヒトの影響はお受けになられたのでしょうか?

 ファスビンダー:ブレヒトからは、ドイツのだれもが受けた以上でも以下でもない影響を受けましたね。要するに、あまり影響を受けてないっていうことです。ドイツにはここアメリカではあまり知られてない劇作家がいて、ぼくにはそういう人たちのほうがずっと重要ですよ。たとえばマリールイーゼ・フライサーとかね。ブレヒトの重要な部分は、ぼくにもほかの人にも異化効果の発想で、ぼくの映画にはブレヒト的教育劇の性格が少しばかりありますけどね。でもありゃ無味乾燥だ。ブレヒトの教育劇がどうしても好きになれないのは、あの無味乾燥なところですよ。まったく色気っていうものがない[*1]

 じつに気の利いたご返答、同感である。
 僭越なことを言わしていただければ、わたしもブレヒトは戯曲より演劇理論のほうがおもしろい、などと勝手に感じていたものである。
 そういえば、ファスビンダーの偶像でもともと舞台演出家だったダグラス・サークも、自分と同世代のブレヒトを「古びている」、「矛盾の豊かさが失われてしまっている」などと批判し[*2]、同時代の劇作家としてはエーデン・フォン・ホルヴァート(1901-1938)を高く評価していた。ファスビンダーも、デンマークの友人ブロー・トムセンの「ブレヒトに親近感を感じる?」との質問に対し、「いや、オーストリア人のエーデン・フォン・ホルヴァートのほうだね。ホルヴァートはブレヒトとは違って、人間に直接興味を持ってたからね」と答えている[*3]
 同感である。市井の人間たちに対する批判を忍び込ませながらも愛のこもったホルヴァートの視線はファスビンダーと共通するものがあるし、あのホルヴァートの行間に漂うニュアンスといったら本当にすばらしい。
 ファスビンダーが劇団アクション・テアーターで演劇活動をしていたころ、上演を画策していたのもじつはホルヴァートだった。ところがホルヴァートの劇はどれもこれもアクション・テアーターでやるには登場人物が多すぎ、当時ファスビンダーと一緒に演出をやっていたペーア・ラーベンが、忘れかけられていたフライサーの『インゴルシュタットの工兵隊』(1929)を提案、さっそくこれを上演することになったという[*4]

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