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2017年08月号 vol.2

Television Freak 第18回 (風元正)

2017年08月11日 19:10 by boid
2017年08月11日 19:10 by boid

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中のテレビドラマから、風元さんが贔屓にしている俳優・女優が出演しているという『ごめん、愛してる』、『黒革の手帖』、『過保護のカホコ』を取り上げます。
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甲子園予選の神宮球場の早実戦は、平日でも満員だった(撮影:風元正)




ドラマは歴史の「記憶装置」である


文=風元正


 夏の甲子園の予選を7試合観戦する巡り合わせになった。炎天下、軽い脱水症状に苦しみながら固い座席に座り続けたけれど、負けて終わりの高校野球は独特の切迫感があり、予想を超える愉しさだった。上へ進んでやがては職業にしたい素質ある球児たちと、すっぱり縁を切る者たちが混在し、技量はカオス状態。でも、必ずしも前評判通りに決まるわけではない。重圧に負けて力を出し切れぬ選手もいれば、高揚を力に変えて一世一代の好投好打を披露する者もあり、まだあどけない高校生の応援団の必死の声援や涙も華を添える。自分に素質も体力もないのも知りつつ、このグラウンドに立ちたい、という幼い憧憬を思い出した。ほとんどバカである。
 勝手な連想だが、桜の刹那の美を愛でる心性とどこか似ているかもしれない。アメリカではシーズンごとに違うスポーツに取り組むのが普通で、無茶苦茶な球数を投げるエース連投などありえない。アスリート育成の場として甲子園は合理性があるとはいえないけれど、大きな注目を集める中でプレイし、ファンを味方につけて成長の糧とする強者も例外的に存在する。今回追っかけた早実の清宮幸太郎は、本当にチャーミングで才能に溢れている打者であり、今後も大成を祈りながらずっと見守るつもりである。
 今クールはたまたま、清宮のように贔屓している役者さんが多数キャステイングされた。甲子園観戦のごとく訳もなくハラハラしながら観始めてみると……。



 『ごめん、愛してる』の主演は長瀬智也。児童養護施設育ち、韓国の裏社会に入るが、路上で偶然出会った吉岡里帆を助けた後、銃弾を受け組織から用済みになる。余命宣告を受け、捨てられた母を探しに故郷の日本に帰り、伝説的ピアニスト・大竹しのぶが母だとフリージャーナリスト・六角精児に教えられ、吉岡がその息子の付き人だったことで、運命が大きく動きだす。「捨て子というのは、人の役に立たなければ生きている意味がないんだ」という切ない男。瞳が哀しい。「みんな俺に金を渡したがる」と嘯くが、他人のために命を捨てることのできる人間の怖さもある。吉岡と長瀬の2人が、ソウルの路上のねぐらや隅田川のほとりのやきとりの屋台で絡むシーンが素晴らしい。閉店時間を過ぎても酒をあおり続け、酔っぱらって無防備に寝てしまい、長瀬に背負われる吉岡の身体感が生々しい。
 吉岡が荒れる理由は、大竹が溺愛する息子の天才ピアニスト・坂口健太郎への想いが、身近にいても気取られず、自由奔放なミュージシャン・大西礼芳への恋を相談されたりするからだ。母への想いを無視される長瀬と境遇が似ており、いつしか2人は惹かれあう。とまあ、韓流ドラマが原作となるこの物語を説明するのは大変なのだが、手柄はまず複雑な設定を成り立たせたことだろう。幸薄い、深い傷を負う人間同士が出会い、それぞれの業に翻弄される。一旦、頭に入ってしまえば先がどうなるか、目が離せない。
 ドラマのテーマのひとつは、顔のアップかもしれない。長瀬は携帯の自撮り動画で死までの日々を記録している。吉岡の濡れた大きな黒目も幾度となくクローズアップされ、表情に表れる感情のニュアンスが豊かで飽きない。ソウルでひとり取り残されて、全財産が入ったキャリーバックを盗まれる出だしから平坦ではないが、吉岡の華やかな顔立ちは苦しい境遇の方が生きる。第4話の最後、長瀬、吉岡、施設の幼馴染・池脇千鶴とその息子の4人で部屋の庭先で花火を楽しむ「昭和」な風景に涙腺が緩んだ。
 坂口健太郎は純粋培養されたピアニストを好演している。演奏もうまい。今のところ、世の暗黒面を知らずに済む状況だが、周囲に破局が訪れた時にどうなるのか。見せ場はこれから控えている。大竹しのぶの名優ぶりを愉しみつつ、長瀬と親子の名乗りをする場面をワクワクして待っている。大竹の過去を知る六角精児のユニークで安いワルも愉快。吉岡の父、長く大竹の付き人を務める中村梅雀は姿を現すだけで暗い過去とサスペンスがもわっと立ち上がり、さすがの演技力である。夜、長瀬が大竹の家の前で小便している時の、白く丸い顔と見開かれた眼の虚無。因縁と謎が多数張られており、今後の期待は多岐にわたる。
 韓流ドラマは、もともと日本のドラマの引用から始まっている。たとえば、全盛時の山口百恵の「赤いシリーズ」でもいいし、『君の名は』でもいい。しかし、この国ではバブル期の頃から、シリアスなメロドラマを正面から鑑賞する態度を失っていた。斜に構えたパロディ調が行き詰まった時、『冬のソナタ』が登場してメロドラマがまた甦る。柄谷行人が「ドラマは美男美女がずっと映っていればいいのだ」と熊野で断言したの思い出した。つまりは先祖がえりしたこの作品に、私たちはどんな涙を流すことになるのだろうか。宇多田ヒカルの主題歌「Forevermore」も、聴きこむほど胸騒ぎが深まる名曲だ。


日曜劇場『ごめん、愛してる』 TBS系 日曜よる9時放送(8月13日放送の第5話は10分拡大)

 



 武井咲の容貌は、確かにOL風とは遠い。とはいえ、はまり役が銀座のママとは予測不能だった。だから『黒革の手帖』は面白い。和服姿は似合うし、接客する姿や態度も堂に入っていて、生来の美形が生きている。さすがに「最強悪女」としてはやや若い気がするけれど「銀座最年少」がミソ。何度か放映されたヴァージョンより「青春」の匂いがして、貫録十分だった4人の先輩とは微妙の色合いが違う「元子ママ」になっている。店の中で、グラスを壁に投げつけたり、花瓶をひっくり返したり、派手な修羅場が演じられるのがお約束だが、緊張してほんのりと頬が赤くなる武井の表情がいい。
 仲里依紗は名クラッシャーとして定着した。武井の銀行での同僚で、借金に悩み銀座に出ると水を得た魚。地味なOLから、口八丁手八丁で同僚の客を奪うのも平気な銀座の女へ、ド派手な変貌ぶりに驚いたが、これこそが仲の芸。こちらもかなりの「悪女」で、武井を追い詰めてゆく狂気に充ちた挙動はかなり恐ろしい。
 そして、仲が籠絡し大金を貢がせた美容クリニックの院長・奥田瑛二の愛人、高畑淳子が出色である。院長とともに、小さな皮膚科を美容クリニックにまで育て上げた看護師長だが、尽くし続ける「昭和の女」で、若い看護師には「お局さま」と馬鹿にされている。マッサージは上手いが普段はあまり自信がなく、何となく挙動不審。で、奥田と病院に対する思い入れの深さが度を越している。仲に奥田の愛人の座を奪われ、武井の策に乗り2人の仲を裂いた末、看護師長の座を去るが、どうしても病院が気になり、ドアの「楢林クリニック」という文字に頬を寄せて撫でる演技が鬼気迫った。仲も憎いが、自分が盗んだ裏帳簿を使って金を奪い取った武井もまた憎い。奥田と再会して自分の愛着に気付いた高畑の、武井に「あなたは女の幸せを知らない」という迫る説得力に圧倒された。
 伊東四朗、滝藤賢一、高嶋政伸など芸達者が伸び伸びと悪事に興じているし、武井と心を通わせる議員秘書の江口洋介は爽やかだけれど不仕合せな感じがいい。松本清張原作ドラマは「テーマパーク」のようだ。キャラクター設定からストーリーまで、視聴者に馴染み深いから、かえって大胆な演出が許され、俳優の解釈の幅も増す。このドロドロしてエグい世界観は、演じる者は若返りつつ、日本社会のどこかをずっと支配し続けている。


木曜ドラマ『黒革の手帖』 テレビ朝日系 木曜よる9時放送

 



 人の親なので『過保護のカホコ』に思い当たる節がありすぎる。学校でも家でもさんざん叱られて、手が出るのも当たり前だった自分の子供時代と比較すれば、今時は、普通に子育てしても「過保護」である。豊かな社会で少子化ならば、善悪はともあれ、もう昔風に戻ることはないだろう。毎年、親兄弟親戚がみな集まって、大学卒業を控えた娘の誕生日を祝う習慣がやりすぎかどうか、ハッピーだとも考えられる微妙な線だし、脚本の遊川和彦のたくらみは成功している。
 「カホコ」高畑充希は、圧倒的な世間知らずのまま、飛んだり跳ねたり泣いたり笑ったり、オムライス食べて大活躍である。注目すべきはとんでもなく元気なことで、後先考えずどんどん活動し、体力が尽きたらその場で寝てしまうからノーストレス。つまり「過保護」だから力が余っている。姪のチェロ奏者「糸ちゃん」久保田紗友が周囲の期待に応えようと頑張りすぎて、心身ともに電池切れ気味なのと好対照を成している。夜の街をパタパタ、すごい速度でペンギン歩きする高畑の演技は、天真爛漫な表情七変化と併せて、画面を明るく彩っている。あの運動神経は、ほかの女優には真似できない。
 竹内涼真がすばらしい。涼し気な二枚目、ピカソを目指す画家志望の苦学生役だが、ともかく真っ当なことを言う。「お前みたいな過保護が日本を駄目にするんだ」と断言。チェロは弾けないと宣告された糸ちゃんを慰めようとして見舞いに行き、逆ギレされたカホコに、「夢を目指していた人間が挫折した時は、おまえみたいに能天気な庶民に慰められるのが一番むかつくからな」と人の心理を教えたりする。純真なカホコに掛け持ち中のバイトを押し付ける黒さを見せたが、ビラ配りも完了、ピザ配りも相手先に好評だと知り、根性を見直すシーンで単なる毒舌家でないと知れる。今描いている抽象画の出来がまずいことは正直なカホコの言う通りで、設定は細部まで練り込まれている。
 「母子密着」するカホコのママは黒木瞳。イライラする役なら天下一品という役者さんになりつつある。カラフルなお手製の弁当を毎日持たせ、駅までは毎日車で送迎、コネを使っても就職できなければ花嫁修業とすべての苦痛の芽を先回りして摘む。でも、似たような母親は絶対にいる。夫役の時任三郎の穏やかなナレーションと「大事なのはいつも冷静でいることと親切でいることだ」というパウエル長官の言葉が全体のトーンを落ち着かせていたが、第4話でついにブチ切れた。
 現代家庭の悩みと揉め事をおもちゃ箱のようにぶちまけている遊川脚本には、五感と脳を刺激される。母がいなければグーグルが先生のカホコは、涼真くんの導きを得て「人を助ける仕事」を見つけられるかどうか。願わくば予定調和的な結末は避けて欲しい。

 善福寺川でみつけた合鴨の一家(撮影:風元正)

 


 時折、昔のTVドラマを見ることがある。不思議なのは、今でも面白い作品ほど街並みの変化や洋服の流行などの風俗現象がたくさん映り込んでいることだ。1966年版『若者たち』の湘南の風景や左翼性、『俺たちの旅』の吉祥寺、『傷だらけの天使』に出てくる繁華街の裏通り……数え上げればキリがない。今に至る俳優さんたちの歴史も併せて考えると興趣も深まり、昔のドラマのアーカイブが完備されていないのはつくづく残念である。時間が経てば、同じドラマでもまったく違う見方になるはずで、世相を映す鏡として重要である。高校野球ファンが甲子園の出場選手や優勝校でその年を覚えるのと同じく、ドラマ好きはドラマで時代の移り変わりを記憶している。今回取り上げた3本も、2017年の暑い夏の何やら騒々しい社会に新しい風を吹かせる個性を備えていた。

善福寺池で咲く蓮の花(撮影:風元正)





風元正(かぜもと・ただし)
1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。

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