boidマガジン

2017年08月号 vol.2

宝ヶ池の沈まぬ亀 第14回 (青山真治)

2017年08月11日 19:10 by boid

青山真治さんによる日付のない日記「宝ヶ池の沈まぬ亀」第14回。連日の猛暑、九州北部の豪雨被害に台風にと天候が荒れ続けた今夏、53回目の誕生日を迎えた青山さん。その直後、先月号の本連載でも絶賛されていた『夏の娘たち~ひめごと~』の堀禎一監督急逝の報せが入ります。精神危機と肉体危機、さらには経済危機の“三重苦”を抱えた日々の記録。




文・写真=青山真治



14、いつかきっと「またね!」と言えるために

某日、北九州方面の豪雨被害、甚だし。子供の時分、差していた傘を一瞬にして破壊される雨に見舞われた経験あり。半時後には止んだが。東京は日中猛暑とていまだ蝉を聞かず、いと寂し。DVDでフォード『四人の復讐』。乱闘シーンの凄まじさとそれに絡むことなく飄々とすり抜けていくバリー・フィッツジェラルドに驚嘆。往年のジャッキーも適うまい。現代アクションに欠けているのはこの軽妙なのだ。兄弟四人のアクションはほとんど組体操で、この揃った速度の身体能力に恐れ入る。ジョージ・サンダースもデヴィッド・ニーヴンも体操選手だ。南米の反政府ゲリラが長い階段で虐殺される壮絶に『天国の門』サム・ウォーターストン一行の出陣を想起。(ジョン・ハートはあそこが最強。)兄弟がホテルに入っていった後の縦構図で追跡者が窓沿いに奥へ、するともう一人がイン、というなんてことないショットにイチイチ痺れる。さらに、いままであまり意識しなかったがフォードからアルドリッチへの影響というのを初めて強く感じた。冒頭の軍事法廷、かなり『特攻大作戦』に近い。
某日、体力を使い果たしゲッソリしていたら、全国で大規模な反=現政権デモ。ついでに民進党前で「ノダヤメロ」コールもしてほしいところ。
某日、個人的経済破綻。あちこちで工面する。当たり前だがこの齢で体を壊すと本当に苦労するし、家族に負担をかける。仕事したいがもはや資料を買う金も払底。北九州地方の雨被害が気になり、国土地理院のドローン映像に衝撃を受けた。想像を絶する雨の威力。朝倉(旧・甘木~杷木)も日田も拙作『ユリイカ』の重要なロケ地である。現地の方々、心よりお見舞い申し上げます。
某夜、長年停滞した小説のための資料漁りも限界に来たと思ったら大物が現れた。その名は足利直冬。観応の擾乱で実父尊氏を死ぬまで苦しめ、以後消息を絶つという、まるで竹原秋幸のごとき武将。まったくのノーマーク。やはり『水滸伝』より『太平記』だったか。でもどっちも長いし高いしまた一年かかる。今回は忘れたふりをしようか、悩ましい。
某日、病院で心臓エコー検診。結果は思ったほど悪くない。午後、ハローワークへ。とりあえず小説、第一章初稿、書き上げる。約六十枚。続けて第二章に着手。
某日、というか五三歳の誕生日の前夜から当日にかけて計画的にフォード『荒鷲の翼』。涙腺決壊も当然計画的。こういう見方もあっていいだろう。本作が肯定されようと否定されようとペキンパー『キラーエリート』イーストウッド『バード』チミノ『シシリアン』が肯定されるならそれでよい。これらの作品はたぶん『荒鷲の翼』なしにはありえないのだから。巨大画面で見たかった。たくさんの方がSNSにメッセージを下さった。感謝感激の間に一日が過ぎるのもまた悪からず。
某夜、赤坂太輔から何本か電話が入っており、どうしたのかとメールを開けると、葛生賢から堀禎一が倒れたというメッセージが。しばし硬直し、どうしたらいいのかなどと考えても始まらず、ひたすら無事を祈るしかない。
某夜、川瀬陽太のツイートに反応し電話したが、やはり堀監督は逝ってしまった。その前から動かそうとしていたプロジェクトはそのまま進行させるつもりだが、どうしたものかという動揺は依然収まらない。堀くんの作品を見直したいが、トークの前に未見の誰かのために、と全部返してしまったのでそれもかなわない。闇雲にヴェネチア以後初めて『サッドヴァケイション』を見直す。ひたすら女優陣がよい。特にあおいは何というか、神がかっている。
某夜、もう何日もどうにかなっているので、文章を書くなどということはできない。葛生がツイッターに挙げた蓮實先生の授業に関する堀くんの文章に『荒鷲の翼』が出てきて、またしても動揺。闇雲に『シシリアン』を見直す。ラストのドン・マジーノとアドニスの対話確認。What's next? - There's nothing next, nevertheless here.しかしチミノから自分への影響というのは計り知れない。特に編集。
某朝、奇妙な夢を見た。こんなにはっきり記憶できる夢を見ることももう何年もなかったので書くと、山田さんのところから持ち帰った高さ70センチほどの白いダンボオル箱があり、それには長年書いてきた文章用の資料が入っていたはずなのだが、なかなか開けようとせずにいると、妻が家の裏にできた壁がへんだというので見に行くと妙に湾曲していて隣家に難詰したいのだが誰もいず、部屋に戻ると箱が横倒しになって開いていて中には犬や虎やなにかのぬいぐるみと遊ぶ3歳くらいの見知らぬ子供がいる。慌てて山田さんに電話するが、そんな子供は知らないと山田さんは笑っている。電話を切って再び箱の中を見ると子供の髪は真っ白になっていた。この間、何度もこむら返りを起こしていたので、夢うつつが続くなかでのことだった。
某日、プロデューサー甲斐真樹とともに福岡・北九州へ。最良の旅ではあるが、ロケハンとしてはギリギリの行程。甲斐の「脈の速さ」との折り合いのつけ方がさらなる問題だったが、どうにか保ってくれた。怒り出すと手の付けられなくなる人をどう笑わせるかという事案にはかなり頭脳を使うのだ。ともあれ、戸畑提灯山笠の体感気温40度超の中の崇高な美を味わえただけで幸福であったことは間違いない。
某日、妻が『嫁も姑も皆幽霊』北海道ツアーに出かけて、どうしていいかわからなくなるので、只管自宅謹慎。何やら若者たちが出入りしていたが、そんなこともなくなると打つ手なし。結局、堀くんのことばかり考えている。または、石川淳まつり、始まる。
某日、多摩美卒業生たちが素敵なデザインのパンツをプレゼントに誕生日を祝ってくれる。年々、こういうことがうれしいものになっていく。帰りそびれた圭祐と剛士がうちへ。剛士は知らぬうちにかなり呑んだらしく、突如リバース。圭祐はしきりに「俺が悪かった」と謝りながら世話を焼くのが、可愛かった。翌日は甫木元と電話。高知にいるという。やつも大変な人生だろう。夜、恵投いただいた廣瀬純『シネマの大義』(フィルムアート社)を読始。「奇跡」とか「永遠」なんか、と小ばかにしてきたが、やはりそうではない、と考えを改めることにした。こうした理念というのはやはり必要なことだ。それを私は「またね!」という平生の挨拶によって作中に実現させよう。などと思いを刷新していたらその翌日、今度はこちらが五か月ぶりの低血糖発作でダウン。買い物に出て路傍の家の塀越しに首を伸ばした夏芙蓉の花々をのんびり愛でつつ帰宅した途端、二時間気絶。発熱もきついが、これはまた全然違う。何しろ夏は信じ難いほど汗まみれになるのに頭は冷えきっていて、大げさでなく生命の危機を感じる。本当に「またね!」になりそうだ。そしてその後半日はまともに指が動かないのでこんな文を書くのもひと苦労する。それでも夜、『ツイン・ピークス The Return』第二章。この二十五年(いや、『砂の惑星』を入れればそれ以上)のリンチの歩みは地獄のようだったんだろうと画面にほだされ続ける。これでいいというところに来るまでの苦しみは計り知れない。あのネット上のインタビュー番組の先にこれがある。本当に素晴らしい。それにしてもクーパーさん、大変なことになったなあ。
さらにテレビ前でぼんやり眺めていると深夜ドラマ『居酒屋ふじ』に京造卒業生谷口恵太が登場、主人公のバイトする配送センターの一人だが、あるシーンで画面奥からキャメラ方向を見ていてふと顔を落とすそのタイミングが絶妙で、感動。このドラマ、スタッフキャストに助監督時代からの方も含めてやたらと知人多し。こちらはこういう仕事からお役御免になって久しいのが寂しくもある。続けて日本映画専門チャンネルにて三宅唱『密使と番人』。唯一の出演女優、石橋静河の絶妙な存在感のせいか、かつての大映作品にしか見えない。それでいいかどうかはべつにして。さらについに『Playback』。いいと思いますよ、こういう感傷。ただ、明け方に見たテレビ版『新・座頭市』の、勝新と撮影・牧浦地誌の仕事に接するにつけ、やはりすべて出直すべきではないか、と土下座。
七月後半は経済危機と精神危機と肉体危機の三重苦を抱えて何もできず。未来に下駄を預けるばかり。その最後の日にジャンヌ・モローとサム・シェパードの訃報。

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