boidマガジン

2017年08月号 vol.3

大音海の岸辺 第41回 (湯浅学)

2017年08月20日 00:34 by boid

大著作集『大音海』の編纂を兼ね、湯浅学さんの過去の原稿に書き下ろしの解説を加えて掲載していく「大音海の岸辺」第41回です。今年は幻の名盤解放同盟(湯浅さん+根本敬さん+船橋英雄さん)による『ディープ・コリア』刊行30周年。「ディープ・コリア再訪の旅」プロジェクトも進行しており、本連載でも全4回にわたって大韓民国の音楽について書かれた原稿を再録しています(これまで第39回第40回で掲載)。第3弾となる今回は1995年に執筆された、大韓メタルや“この世で最も地面に近いハウス”ポンチャック・ディスコなどを紹介した18本の原稿をドドンと放出。さらに書き下ろし解説では執筆当時の状況を振り返ります。

金秋子「遅くならない内に/ヴェトナムから帰ってきた金上士」




文=湯浅学


韓国の音楽とヴェトナム戦争
米国に次ぐ人数を派兵した大韓民国の場合


 大韓民国政府が南ヴェトナムへの派兵を決定したのは1965年の1月8日だった。同月の26日には国会でこの派兵案が早々に可決され、大韓民国部隊の第一弾(工兵隊を中心とする約2千人)がサイゴンに着いたのは2月25日、アメリカ軍がドンホイを爆撃し始めてから18日後のことであった。
 表向きは、アメリカからのサイゴン政権支援要請に応えての派兵ということであるが、韓国政府の狙いはもちろん、派兵に伴い外貨の獲得と韓国軍の軍備強化(質・量的増強)を同時に成しうる、という点にあった。要するに国力の増強、つまるところ北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への牽制でもある。
 65年から73年までの8年間に渡って韓国は、のべ40万人もの兵を送り込んだ。当然それにともなって建設、運動関連技術労働者、軍事物資をさばく商社が、次々とヴェトナムへ乗り込んでいった。
 経済効果は絶大だった。ヴェトナム戦争は、66年から72年の7年間で約10億ドルの外資を韓国にもたらした。韓国内はヴェトナム特需に沸いた。工業面でも重工業の発展が促進され、企業や個人の海外進出のはずみにもなった。軍事面ではアジアにおけるアメリカ軍との協力関係がより強いものとなり、御自慢の精神力に最新の軍事技術が加わって、北朝鮮にとっては見過ごせぬどころか、脅威以外の何ものでもなかった。当然朝鮮半島における南北対立は緊張が増した。北朝鮮は民族解放戦線へ義勇軍の派遣と武器や工業物資の援助を行なって韓国に対抗した。
 韓国内では、国民の士気を鼓舞しようと、軍歌や、ヴェトナムに派兵された部隊名を歌い込んだ「猛虎は征く」や「我等は青龍だ」などの新創作軍歌=陣中歌謡がラジオやテレビで盛んに渡されていた。
 61年のクーデターで軍事政権を確立して以来、大統領の朴正煕(パク・チョンヒ)はヴェトナム参戦でさらに勢いをつけ、69年には大統領三選を認める改憲法案さえ強行採決して、70年代にはさらに軍事独裁をゴリ押しした。反政府闘争が激化すればするほど、“総力安保体制”の名目の下に権力は増強され、弾圧は強まった。
 陣中歌謡がたれ流される中で、ヴェトナムからの帰還兵を歌った金秋子(キム・チュジャ)の「ヴェトナムから帰ってきた金上士」が69年の晩秋にヒットした。マーチング・ドラムがSE的に使われるイントロから陽気に歌われるこの曲には、一聴、帰還を喜ぶ故郷の人々の心情が表現されているようである。
 しかし金上士は胸を突き出し、勲章をぶらさげた威圧的なおらが村の英雄である。村人は金上士の帰還に大喜びだが、その姿に苦笑を浮かべる“私”には、やるせなさとシラケが漂っている。作詞・作曲・編曲は、当時、大韓民謡にR&Bとサイケデリック・ロックを融合しようと大胆極まりない作法を展開していた申重鉉(シン・ジュンヒョン)である。
 申重鉉は後に作品が発禁処分になったり、自らも大麻でパクられるなど、大韓ロックの父というにふさわしい(?)我が道を行く大人物であるが、「ヴェトナムから帰ってきた金上士」にも、笑いの中に密かに反戦の意志が込められている。哀愁をデトロイト・サウンドで表現したり、悲恋をアシッド感たっぷりの変拍子のロックで描いたり、ヒット曲のセオリーを端から捨て去って活動した申は、この金秋子の他、パール・シスターズや長玄(チャンヒョン)のプロデュース(作詞・作曲を含む)で70年代初頭にヒットを連発した。保守的な大韓芸能界だが、ハミ出し者ときたら破天荒にハミ出してしまうのも、心の奥に反骨の灯を燃やしつづけるのも、また大韓人気質というものだ。
 ヴェトナム戦争によって南北の軍事緊張は高まった。ヴェトナム解放後もその緊張は数年間(朴大統領が暗殺される79年まで)続いた。この間に一時は韓国、北朝鮮ともに軍事費が国家予算の三割を占めるという事態が引き起こされた。“特需”のツケは完済されたのだろうか。

(「ミュージック・マガジン」1995年5月号)

 

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