boidマガジン

2017年09月号 vol.3

映画川『新感染 ファイナル・エクスプレス』(降矢聡)

2017年09月23日 01:38 by boid

今週の映画川は、降矢聡さんが現在公開中の『新感染 ファイナル・エクスプレス』(ヨン・サンホ監督)について書いてくれました。ソウル発釜山行の高速鉄道の車両内で感染した者が凶暴化(ゾンビ化)する謎のウイルスの蔓延が引き起こすパニック映画である本作において、「列車」という装置はどのような役割を果たしているのでしょうか。
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文=降矢聡


 列車とは階級をあらわにする装置であったことを現代の我々に思い起こさせ、それゆえに“革命”の契機にもなりうることを示したのが『スノーピアサー』という映画であった。
 日本の等級制時代の区分けよろしく、車両をつなぐ扉を境に明確な序列がなされているこの映画は、しかしその区分にしたがって各々に役割を分け与えることで、“秩序”を維持している。しかもその列車は世界中をぐるりと周遊することのみを目的としている代物である(列車の外は極寒の死の世界であり、人間に残された空間は、延々と走り続ける列車の内部のみなのだ)。つまりここでの“秩序”とはなにかを為すために(どこかの目的地へとたどり着くという、かりそめのゴールの為に)維持されているわけではなく、“秩序”を保つことこそが最大で唯一の目的とでもいうような“秩序”のための“秩序”という無限のループが覆っている。だから、“革命”の名のもとに、列車の最後尾から先頭車両までからくも踏破した末に待っているのは、先頭(出口)なのではない。出発点であった最後尾へと戻ってしまう構造が明るみになるだけなのだ。
 現代社会の寓話を列車という舞台に託し、一本の直線的な空間が、実はメビウスの輪のようにぐるりと繋がっているということを『スノーピアサー』は語った。そうしてこの映画は、直線上に続く縦の扉ではなく、ただの壁だと思われていた横の扉を爆破することで、円環に終止符を打つだろう。最後尾=先頭という構造を持つ『スノーピアサー』には距離など存在しなかったともいえるだろう。

 『スノーピアサー』と同じく、ほとんどが高速列車の内部で展開する『新感染 ファイナル・エクスプレス』においても、重要なキーとなるのはやはり扉である。しかし、本作は『スノーピアサー』のような扉を開き先へ進むことの不可能性(先頭から最後尾へと円環するだけで徒労に終わるだけである)ではなく、ごくシンプルに分け隔てること、そして距離を可視化するために機能しているかのように見える。
 そもそも本作はゾンビ映画として制作されており、ゾンビ映画の基本構造が人間であるものとそうでないものとの境界の戦いであることはいうまでもないだろう。その空間的な境界は、通例では物資、資源が豊かな空間を中心に形成されていくが、「釜山行き」という直裁な原題を持つこの映画においては、ソウルから釜山までの半日にも満たない時間のなかでの出来事ゆえに、食料といえばせいぜいゆで卵くらいで十分である。


 いくばくかの籠城、そこに流れる無為の時間、その倦怠のあり様こそを描くのがゾンビ映画だった。映画にとってはほとんど死んだ時間を蘇らせることこそが要だ。そうして資源がつきるとともに籠城は終わり、なにがしかの目的のために(資源を求めるためだが)動き出すだろう。しかし本作は最初から籠城することを拒否しているように思える。ある車両から、ある車両までの道のりを踏破すること、それ自体がこの映画に課せられた使命のようなのだ。

 この映画にあるのは純粋な距離であり、その距離をただただ縮めねばならぬという切迫である。『スノーピアサー』のように、踏破した先にもまたもや振り出しに戻ることもなければ、倦怠の時間を描き出すこともない。だから本作で重要なのはいかにして踏破すべき距離を作り出すのか、という点につき、それがただちにこの映画のエンジンとなっているかのようだ。
 釜山行きの高速鉄道KTXに乗り込む人々にそれぞれに焦点を当てて、人物紹介を兼ねながら別々の車両にいる人々の動きによって、主人公ソグと娘のスアンに距離を作り出す見事といってよい手さばきはどうか。その後も列車内部や途中下車するテジョン駅の構造を活かして、近づいては離れ、近づいてははなればなれにを積み上げていく。扉をあけた分だけ、目的地へと近づき、閉められた分だけ離れていくという、極めて単純で力強い力学だけが果てしなく続いていくのだ。それらはすべて扉の開閉の演出と組み合わされ、いわゆる人間ドラマ、人間的成長も盛り込んだ、実によく出来た走行である。
 しかし映画はどこかで終わらなければならない。こうしてこの映画のクライマックスは、あえて離れるという逆向きの力学を導入することによって用意されるだろう。ただひたすら前進していくこの地獄のような列車(それはそのままこの映画自体だ)を止めるのは、走行方向とは逆向きのダイヴである。

 

新感染 ファイナル・エクスプレス  Train to Busan
2016年 / 韓国 / 118分 / 配給:ツイン / 監督:ヨン・サンホ / 脚本:パク・ジュソク / 出演:コン・ユ、チョン・ユミ、マ・ドンソク、キム・スアン、チェ・ウシク他
絶賛公開中
公式サイト




降矢聡(ふるや・さとし)
映画ライター、シナリオライター。GUCCHI'S FREE SCHOOLの"教頭”として日本未公開作品をWEBで紹介するほか、上映イベントの企画・運営などを行う。配給を手がける『キングス・オブ・サマー』(ジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督)がアップリンク渋谷で公開中。また、『アメリカン・スリープオーバー』(デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督)のBlu-lay+DVDが発売中。10月21、22日(土、日)、12月2日(土)に開催される「ほぼ丸ごと未公開!傑作だらけの合同上映会」を共同主催。

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