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2017年09月号 vol.4+10、11月号

宝ヶ池の沈まぬ亀 第16回 (青山真治)

2017年10月14日 17:56 by boid

青山真治さんによる日付のない日記「宝ヶ池の沈まぬ亀」第16回。夏の間ずっと“砦”に籠もって続けていたシナリオ作業もひと段落し、久しぶりに映画館や観劇に出かける時間ができたようです。記されるのは坂本長利さんの一人芝居『土佐源氏』、そして『ダンケルク』(クリストファー・ノーラン監督)『パターソン』(ジム・ジャームッシュ監督)『散歩する侵略者』(黒沢清監督)のことなど――
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文=青山真治



16、金木犀だけでは足りなかった

某日、一時帰京した甫木元の運転で佐野へ。収穫はまるQさんの「和風ラーメン」。スープよし、麺よし、チャーシューよし。しかし本当の目的は『土佐源氏』公演。現在88歳、1185回目となる俳優坂本長利の一人芝居。とはいえ枯れた風格とか大ベテランの妙とかいうものとはまるでちがう。語り手の乞食になりきる、というのは当然だが、完璧なコントロールともまた一線を画す。ひたすら瑞々しい。会場の古民家・坂原邸は間もなく取り壊されるそうだが、客席となるその土間は約60名ほどですし詰め。ゆえに開演まで暑くてしかたなかったのに、俳優が姿を現すや、瑞々しさに心奪われ、涼しささえ感じる。しかもつねにどこかに狂気を孕んで油断ならない。終演後、御挨拶した坂本さんは矍鑠の一語に尽きた。上演のみ合流した広田智大と東京まで戻り、LJで大木さんにご報告して帰宅。何やら騒然とした状態の部屋に不穏なものを感じつつも、ついに扇風機を止めて眠る試み。オチは女優の朝帰りであった。
某日、相変わらず面白い高橋洋ブログだが、自分が44、45歳の頃どうだったか思い出そうとしてすぐに最も思い出したくない頃だと察する。まったく映画が撮れず、小説を書いても集中するのが難しく、唯一の救いはパリで撮った短篇『赤頭巾』だけだった。そしてその後に繋がる最大の収穫は、演劇と洋さんや多くの演劇人との出会いだと思われる。それも女優が蒙を啓いてくれた。2007年から2010年までの苦労とともにいまがある。深夜、日が変わり南浩二と谷啓の命日。911は女優と暮らし始めてすぐのことで、その直前にオリヴィエ・アサイヤスと会わなければ『赤頭巾』はなかった。縁とはつくづく不思議なものだと腕組み。
某日、チビチリガマ再び破壊さる。そういえば靖国に爆弾しかけた韓国の若者はどうなったのだろうか。あれほど大山鳴動したのだからこの事件も同様に、とならないのがこの国の政府官憲だ。おそらく担当の江崎君は発言停止だろうが。雨がつらいので溜まった洗濯を実行に移す。すべて干しきってぼんやりしていたら雨も上がり、出かける。まずは洋さんブログにつられて近所のロイホでステーキ。まさか自分が200gぽっちの肉でこれほど、と思われるほど元気になり、六本木へ移動。クリストファー・ノーラン『ダンケルク』。初めてノーランで痺れた。相変わらずハンス・ジマーはやりすぎでうるさいし、砂浜で垂れた糞はちゃんと見せろ、とか、せっかく「ロールスロイス製のエンジンだから見なくても音で分る」と台詞まであるんだからスピットファイアの音をちゃんと聞かせろ、とか、エンジン停まった無音のさなかで続く戦闘をもっと描け、など穴だらけだが、細かいことを言えばきりがない。それぞれ伏線を回収する愚直さによってこれまでのノーランの合衆国映画に対する妥協じみた生半可な皮肉屋ぶりとは見違える。やればできるじゃないか。カート・ラッセルに煙草を吸わせてみせたカーペンターみたいな至芸は皆無だけど、それでもヘタな人物造型に走ることなく、戦争とは無差別大量殺戮であるという現実だけがこれ見よがしにひた走るのがよい。好戦映画の体裁が細かく裏切られていくイギリス人独特のニヒリスティックな視点はそれなりに様になる。Uボートを恐れる生き残り(演出ぬるいけど)やギブソンを生贄にしようとしたハイライダーズの一人までが本国に辿り着くのはなぜか。船長の次男の友人が最後に「目が見えない」と呟き、線路脇で毛布を配る老人が盲目であるのはなぜか。『重力の虹』や『マリアンヌ』の系譜に身を置くことにかろうじて成功していると思う。表面は宮崎駿と大差ないかもしれないが、とにかく戦争が怖くてしょうがないと思わせる映画は久しぶりだ。何があろうと絶対に水が流れ込む船室になんか閉じ込められたくないし、撃墜されて海に落ちたくもない。まあ、私は空中戦がたまらなく好きな人間なのだが。それにしてもマーク・ライランス、史上カメレオン俳優と言われた人は数あれど、もしかすると究極ではないか。見ている間過去作を全く思い出せず、わが記憶力を疑う。いずれにせよ誰彼なく顔という中心の定着する以前に運動が時間を運び去る様が何しろ気に入った。盲目とは無差別とそのこととの両義だ。
某日、神泉で打合せ後、ドゥマゴで休憩、からのジャームッシュ『パターソン』。見終えてロビーに出ると新聞評が壁に貼ってあり遠目に、平穏な日常を淡々と、という見出しが読める。……どこが? もっとも宣伝部としてはこの方向で差別化しないと人が来ないという強迫観念もあるだろうからしかたない。ニュー・ジャージー州パターソンなんて危なくて住んでいられない貧困都市であって、治安の悪さは映画の中でいくらも語られている。裏通りの詩的少女に声をかけるのもそういう意味だし、バスの客はみんなやばい話しかしないし、天真爛漫な奥さんの自由がアラブ人コミュニティに守られた上でのことだと容易に想像がつくし、もちろん恋に破れた男から拳銃を取り上げる瞬時のアクションは主人公が軍隊あがりであることの証であり、だからこの不能の詩人はシェルショックなのかとつい穿った見方をしてしまう……といった陰惨なバックボーンばかり浮かぶがだからといって、どこから「淡々とした日常」が出てくるのか、と首をひねってはいけない。いわば世界じゅうの地方都市、桶川みたいなほんの田舎町でさえ近い状態だと考えたら、これもまた「淡々とした日常」だと言わざるをえないわけだ。うちだって「淡々とした日常」において猫が物を壊す。まあ屁理屈だが。そういう屁理屈のシニシズムとジャームッシュは向き合う。そして永瀬君を投入し、まっさらのノートを主人公に渡す。Waterfallを前にしたこの美しいシーンに心底感動した。浅野君の方がよかったのでは、とかは言わない。中で最も親密な気持ちを持てた愚痴をたれ流すインド人(アラブ人?)の管理職にほだされ、帰り道に目黒駅前のインド料理屋に駆けこみやや辛めのキーマ・マタールを。美味。
某日、そしていよいよ『散歩する侵略者』を見ることになるのだが、冒頭から金魚で面食らうのを涼しい顔を装って躱し、その後の「真治」「シンちゃん」の応酬に耐え抜いた。それだけでも大変だったが、これはもうジェリー・ルイス級に笑えて泣ける娯楽大作なので、その通りに楽しむしかない。見事な演出による俳優陣のレベルの高さは言わずと知れたことだが、今回は特に格闘の演出をほとんど指定通りに実現できたと思われ、胸が空く。昨日のアダム・ドライヴァーのアクションならこの中の誰もができるだろう。クライマックスは若い二人と桜井の逆『ラスト・ラン』、ホテルでの『スペース・バンパイア』、病院での『サイコ』、と乱れ打ちで来るわけだが、このエンディング、監督自身は「苦い結末」とインタヴューに答えているけれど、どうもハッピー・エンドと受け取りたくなった。ともあれ二人は共にいることができるのだから。鳴海の「ひとりにしないでよ」という最も切実な求愛の言葉は成就したのだから。愛という概念が失われたのにそれで成就といえるかどうかなどとは問うまい。それは言葉の罠というものだ。『岸辺の旅』ではアクションで繋いで人が消えたが、ここでは消えない。アクション繋ぎがここまで有効活用された例も初めてではないか。さらには桜井の結末など正に思いの丈を成就した感しかない。それらが同時に作家・黒沢清の成就かどうかはさておくとして。桜井の演説中に画面外で天野君が移動して背後に回ったことを指差しのみで示す極めてアクロバティックな演出には思わず手を打ちそうになった。見終えてマークシティの和幸で定番のロースかつを食し、続けてヴァーホーヴェン『エル』を。もちろん面白いし『ホワイト・ドッグ』の老人と同レベルの「唾棄すべき人間」としてある「隣の女房」の造形は流石だし、ラストの墓参のしみじみとした浄化に心から感動したが、帰り道渋谷から清水行きという珍しいバスに乗れる幸運にも恵まれ、道すがらも帰宅してもそうだそうだこうだああだと『散歩する侵略者』が頭に渦巻いて離れない。いつか黒沢さんに感想を述べることができたら嬉しい。
某日、WOWOWで『予兆』。黒沢ファンは喜ぶだろう。しかしそれとこれとは別の話だとしか思わない。もちろんそんじょそこらのものと出来がちがうのは言わずもがな。
某日、北沢タウンホールという名前が嫌いではない。建物じたいも使われ方は別にして悪くないと思う。その地下にある劇空間「B1」で松本勝と鄭龍進が芝居をやるというのでS社A君とともに出かけた。その前に「くいしんぼ」で300gステーキ。味はそも期待せず。で、『ガラスの怪物』という劇そのものは実は私にとってどうでもいいのだが、十年以上のつきあいの勝と龍のコンビネーションが絶妙なものとなっていることを確認できて大変満足した。深夜まで痛飲。龍のプロデュース能力には棄て置けないものがある。勝が遊ぶように演じると、何か見事なものを見ているという勘違い(笑)まで起こるが、その場を作ったのが龍ちゃんである。この友情に喝采。今後また長い時間がかかるかもしれないがいつか一緒に何かやれるといい……とかいうと、また十年か!と二人が怒る(笑)。

龍と勝


某日、気づけば一週間、シナリオ直しに刻苦勉励、ようやくキャストに読ませることのできるところまで辿り着いた。この間テレビにてあれこれひどいものも見たしそれなりに心に触れるものも見たが、日本人は少女漫画がホントに好きなんだな、という以外は割愛。唯一、高田漣の新譜を聴くために聴いた四枚のアルバム、特にいわゆるメジャーデビューということになる『アンサンブル』の良さに惚れこんだことは特筆しておきたい。名曲がいくつかあり、中でも「七月」の後半、バンジョーが加わるあたりは鳥肌ものであった。
某夜、中目黒にて高校時代の友人と数年ぶりに。数年ぶりだが久しぶりとさえ思わず、先週も会ったかのように会話が進むのが普通。仕事と体調の話、低山トレッキングの話。
某日、脱稿ボケというべき時間の訪れを締めるべく、ある対談を読み、想像をはるかに超えて動揺してしまったので、なぜか『遊星からの物体X』と『クリスティーン』を連続で見る。両方、何度目かは不明。異星人の反射的攻撃とか魔物の過剰な怒りとかに抗するにはほとんど慈愛と同等のやる気のなさしかない、とカーペンターは語っているように思われる。のらりくらりと言った方がいいか。どちらに与するのかわからないのがカーペンターのいいところ。悪夢は終わらない。全く関係ないが、この日衆議院解散。まわりまわって自分が石破と同じ考えとなり他の可能性を受け付けないことに、ただ呆れる。本放送を見逃した『予兆』第二話を再放送で。病院の待合室の三人の芝居、窓外からの引き寄りとアオリの2カット、この構成できる監督、いま世界的にいないと思う。さらに斜めに交わった四つ辻の、中年女のプライドを吸収する場面も引き寄りが絶妙。みすたぁの超絶技巧、ここにあり。クレジットを見逃したが、これも編集は高橋幸一氏だろうか。この人とみすたぁの相性はかなりいいと『セブンス・コード』以来感じられていた。
某日、すでに届いていたジェフ・ニコルズ『ラビング』DVDをようやく。野心的な演出ではあるのだが、どうもサイズが中途半端な気が。助産婦の母の仕事を手伝う主人公が家のバルコニーからバケツの汚水を外に捨てる。これ自体優れた設定だが、どうも中身を少しでもわからせたいということか、寄り過ぎている。中身のことなど気にせずグンと引くべきではなかったか。……といった浸れなさがところどころ。カーレースなど魅惑の部分は多くあるのだが、いずれもサイズというか被写体距離が問題となっている。それにしてもノーランが『重力の虹』の前日譚をやったかと思えばニコルズが『メイソン&ディクソン』の後日談で、あとPTAは小説そのものを、ゼメキスは『重力』の同時代を、などなどここへ来て作家どものピンチョン好きの蔓延はちょっとどうなのか。
某日、朝ドラ『ひよっこ』最終回。有村架純という俳優の独特の良さに気づかされた連ドラだった。萩原哲晶とかニーノ・ロータとかのテイストの音楽の優れたドラマだった。あと、これはスピンオフがあるような気がする。
某日、ついに大河に菅田将暉が全面的に登場した。それはいいのだが直虎が龍雲丸を追って堺に行く日は来るのだろうか、と一般の視聴者として余計な世話を焼く。外出すれば金木犀の匂いが辺り一面に散らばっている。ここへ来て様々な人と会い、様々な話をして、様々な仕事をしたが、去年の今ごろも同じように金木犀をかいでいたことには変わるところはなく、そのときはそれだけでやっていける気さえした。だがダメだった。もしもいまのように語らい、進んでいれば、心身ともに無事だったとしか思えない。金木犀だけでは足りなかったということだ。
某日、そして高田漣最新アルバム『ナイトライダーズ・ブルース』届く。ただただ傑作。

(つづく)

 






青山真治(あおやま・しんじ)
映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)など。
「キネマ旬報」で篠崎誠監督と「トビー・フーパー追悼対談」をやりました。

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