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2017年09月号 vol.4+10~12月号

先行きプロトタイピング 第1回 (今野恵菜)

2017年11月08日 17:42 by boid
2017年11月08日 17:42 by boid

YCAM[山口情報芸術センター]の映像エンジニア、デバイス・エンジニアの今野恵菜さんによる新連載『先行きプロトタイピング』です。今年3月より1年間、研修としてサンフランシスコにある科学館Exploratoriumにて新作展示とワークショップの開発に携わっている今野さん。その模様&滞在記を不定期にてお届けします。


ワークショップ制作スペース Tinkering Studioにてプロトタイピングをする私


文・写真=今野恵菜

調理用の水切りザル、たくさんのストロー、スパンコールのついた布の切れ端、グリル用の網、和紙、木片、ゴム風船、サランラップの芯、ペットボトル、フレネルレンズ板の破片…私の目の前には大きなテーブル、そしてそのテーブルの上には、一見無関係そうな素材が所狭しと並んでいる。私たちに課せられたミッションは、この素材から面白い音を引き出すこと、そしてその音を集めることだ。皆真剣に、素材を組み合わせて簡易な打楽器や笛を作ったり、収録用のマイクで素材をこすったりなぞったり、接着剤とテープで素材をマイクに直接(!)くっつけたりしている。そして時折、お互いに自分の作った「新しい変な音」を聞かせて笑い合うのだ。


Tinkering Studio ワークショップ実施エリアの様子


もしここがExploratoriumという、サンフランシスコにある科学館の制作スペースで無ければ、「大の大人が無数のゴミと戯れながら、新たなゴミを量産している」という、ちょっとアレな状況にしか見えないかもしれない。しかし、これはれっきとした新作ワークショップ制作のための作業であり、れっきとしたExploratoriumのスタッフの、そして私の今の仕事だ。 プロトタイピングという言葉をご存知だろうか?元々はソフトウェアの開発方法を指すIT用語だったが、昨今様々な場面で口にされる言葉なので、聞き馴染みのある方も多いと思う。「何かをつくる際に、それをなるべく安価で簡単な方法で素早く形(プロトタイプ)にし、それを元に周囲からのフィードバックを得ながら軌道修正を行い、発展させていく"ものづくりのプロセス"」を指す言葉だ。他の言葉で言い換えれば、トライ・アンド・エラー、試行錯誤などが近いだろう。あらかじめ決まった道を真っ直ぐ突き進むのではなく、コミュニケーションを通じてたくさんの寄り道しながら、余分な要素を削ぎ落とし、より良い要素を吸収して磨き上げる。柔軟性と瞬発力が必要となるプロセスだが、端から見ると「何遊んでんの?」と言われてもしょうがない状態になりがちだ。
プロトタイピングは私にとって、最も辛く苦しい、それでいて最も楽しいモノづくりの工程であり、そしてここExploratoriumでは、まさにこのプロトタイピングが、毎日同時多発的に行われている。


Exploratorimの外観


私は元々、「YCAM繁盛記」を連載している杉原永純氏と同じく、山口情報芸術センター(通称 : YCAM)に勤めている。山口市の真ん中に位置する摩訶不思議な施設複合施設で、メディア・アート作品の制作スタッフ/イベント開催時のテクニカルスタッフとして、日々これまで人類が一度も頭を悩ませてきたことがないようなヘンテコな課題を、コンピューターのプログラムや電子工作、ビデオやカメラなどの映像機器、電鋸やレーザーカッターなどの工作道具を駆使して解決してきた。例えば「公園のなかに地獄を作る」「目に見えないサイズの水滴をコントロールする」「先端がくっつくと光る棒をつくる」「車のワイパーをインターネット越しに操作する」など。書き出してみると、なんとも説明の難しい奇妙な仕事ばかりだが、こういった仕事の1つ1つが、YCAMで行うアート作品の展示や、パフォーマンス、イベントなどを陰ながら支えている。
そんなYCAMは、今まさに「変化の時」を迎えている。最先端のアーティストを招聘し、尖ったメディア・アート作品の制作を続ける一方で、アイデアから最終的なアウトプットまでYCAM主導で行う『オリジナルプロジェクト』の比重が大きくなりつつあるのだ。プロジェクトの中には「バイオテクノロジー」「スポーツ」「まちづくり」「リハビリテーション」など、これまでアートと交わる機会の少なかった領域とのコラボレーションも多い。精力的にアート作品を作り続けたアートセンターであるYCAMが、それらの領域とアートを融合させることで、より豊かで、より沢山の人に繋がる場所になろうとしている。そんな折、私はExploratoriumでの研修のチャンスを得たのだ。
Exploratoriumは、1969年の開館以来、ハンズオンと呼ばれる手法に代表される「体験型の展示」を数多く生み出してきた、世界中の科学館やミュージアムのお手本とも呼べる施設だ。館内には約650個を超えるオリジナルの展示が所狭しと並び、2015年からはTinkering Studioと呼ばれるオリジナルワークショップを行うためのコーナーも設置されて、施設内はいつも、来館者の好奇心と興奮から発される熱気に満ち溢れている。


霧の彫刻家/ビデオ・アーティストとして知られる中谷芙二子さんが、Exploratoriumで
アーティスト・イン・レジデンスを行った際に制作した作品(屋外展示)


興味深いのは、この施設のスタンスだ。Exploratoriumは施設内の標語として「科学、芸術、そして人間の知覚のミュージアム(Museum of science, art and human perception)」という言葉を掲げている。初めから科学と芸術は分けられることなく語られ、新しい展示やワークショップを考える際も、「科学的な原理や事象」「目や耳を引きつけるビジュアル/サウンド」「アイロニックな可笑しみやブラックジョーク」などの要素が全て並列で議論されるのだ。要するに「面白くて、伝えたい事柄がきちんと伝われば、どんな方法を使っても、何をしても良い」のである。この「手段を選ばなさ」は、時にそのあまりのワイルドさで私を驚かせる。突然パフォーマンスとしてボランティアスタッフによる牛の目玉の解剖ショーが始まったり(来館者のこどもたちは恐れることなくこのショーに熱狂している!)、「ハン・ソロの気持ちを体験しよう!」という名目で、『スターウォーズⅤ 帝国の逆襲』の炭素冷凍を模して、来館者に圧縮袋の中に入る体験が提供されたりするのだ。この「手段を選ばなさ」こそが、この施設のコンテンツをよりたくさんの人と繋げている、と私は考えている。


牛の目玉の解剖のデモンストレーションの様子


この施設での制作スタイルも独特で、とにかく時間を贅沢に使う。Exploratoriumで作られるコンテンツは、制作の比較的に早い段階から「これは未完成(プロトタイプ)ですよ」というエクスキューズ付きで一般の来館者向けに公開される。そして「来館者からのフィードバックを受け取る」「アップデートする」「コンテンツ(仮)のアップデートバージョンを公開する」「また来館者からのフィードバックを受け取る」「アップデートする」「コンテンツ(仮)のアップデートバージョンを公開する」のサイクルを、何度も何度も、チームがそのクオリティに納得がいくまで繰り返し続けるのだ。言葉を変えれば、来館者を巻き込んで、施設全体でコンテンツをプロトタイピングし続けているとも言えるだろう。


展示制作スペース、通称SHOP


私は今、展示のアイデア出しから開発までを担当する「Exhibition Developer」というチームと、オリジナルワークショップの開発および運営を担当する「Tinkering Studio」というチームの両方に参加し、新作展示とワークショップの開発に加わっている。それらの活動を通じて、「たくさんの人に繋がるコンテンツ作りの勘所」をつかみ、YCAMの変化をより良い方向に持っていくためのヒントを探そうとしている。
…とだけ言えば、私は職場の発展に貢献しようとする優秀で献身的なスタッフであろう。
もちろんこの気持に全く嘘はない。が、正直なところ私が今「ものすごく自分の身の振り方に悩んでいる」という事も、一年間の期限付きでYCAMを離れ、ここExploratoriumに来た大きな理由のひとつだ。YCAMでの仕事は刺激的で楽しいし、同僚も変人で興味深い人たちばかりだ。しかし私はそんな同僚たちと比較しても「ここぞ!」という特技や専門性を持たず、必要に迫られた結果「少し電子工作ができる」「少しコンピュータープログラムが出来る」「少し映像機器に詳しい」というだけである。様々な領域のことを少しずつつまみ食いしてきた結果、なんとも中途半端な人間になってしまったのだ。ただただ「プロトタイピングと、映画を観るのが好きな人」というままに、もう若さにあぐらをかいて「新人です!」と言える年齢でもなくなってしまったし、大変個人的な事情ではあるがパートナーのような人もいないので、そういった意味での「安定した未来」の見通しも効かない。少し遅めに来たモラトリアムの渦中にいた私は、環境を変えて、自分がこれまでしてきた事、そしてこれから考えるべき事を見つめ直す必要を強く感じていたのだ。
つまり、このプロトタイピングのメッカのような場所Exploratoriumで、私は私を送り出してくれた職場に報いるためのフィードバックをかき集めながら、自分の人生のプロトタイピング(試行錯誤)をしようとしているのだ。自分で書いていても実に図々しい話だと思うが、立ち止まっている時間はない。幸運なことに、Exploratoriumでの活動は、日々私に様々なことを思い起こさせてくれる。「そもそもなぜメディア・アートという新しい領域に身を置いてみようと思ったか?」「なんで手を動かして『ものをつくる』のが好きなのか」「なにに大きく影響をうけているのか」…例えば「私の"何かを作り続けたい"というモチベーションに一番大きく影響しているのは、偉大な過去のメディア・アートより、こどもの頃から好んで見てきた映画である」などだ。
ここでは、こういった仕事的な新しい発見と、それに伴う個人的な感情との両方を拾い上げながら、日々のExploratoriumでの活動と、テクノロジー系アラサー女子の大分遅い自分探しの悲喜こもごもを記していきたいと思う。


今野恵菜(こんの・けいな)
山口情報芸術センター [YCAM] デバイス/映像エンジニアリング、R&D担当。専門分野はHCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)など。2017年3月よりサンフランシスコ Exploratorium にて研修中。

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