boidマガジン

2017年09月号 vol.4+10~12月号

Television Freak 第21回 (風元正)

2017年11月09日 16:33 by boid
2017年11月09日 16:33 by boid

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中のテレビドラマから、『刑事ゆがみ』『この声をきみに』『奥様は、取り扱い注意』の3作品を取り上げます。
※この記事は読者登録をされていない方でもご覧いただけます

畠山直哉「陸前高田市高田町 2012年6月23日 ♯1」 (撮影:風元正)




テレビドラマは「大人」の愉しみ


文=風元正


 横浜トリエンナーレの会期に間に合った。『ブレードランナー2049』を丸ピカ爆音で堪能した翌日で、案の定、巨大な「瞳」をモチーフにした作品もあったりした。現代美術はアイディア勝負、もはや「M-1グランプリ」や「ゴングショー」と同じ領域の勝負になっているが、クリスチャン・ヤンコフスキー(独)のインスタレーション「Heavy weight history(重量級の歴史)」が出色だった。試合用のユニフォームを着た重量挙げのポーランドナショナルチームの巨漢選手たちが何人も出てきて、ワルシャワに残る社会主義体制下の歴史的大人物の銅像を持ち上げるパフォーマンスを繰り返す。古舘伊知郎の10倍滑舌とノリがいい謎の中年スポーツアナウンサーが、「ロナルド・レーガンは冷戦時代と同じくびくともしません!」とか実況中継を続けてゆく。レーガン像は台座が地面と接着されているから当然動かないのだが、「歴史の重みです!」という絶叫が被る。今や忘れ去られた労働者の英雄、ルドヴィック・ワリンスキー像は持ち上がるのだが、観衆の声に応えて2人まで選手を減らしたり、もう滅茶苦茶。笑いながら見ていると、隣のおばちゃんは「これが芸術?」と狐につままれたような顔をしていた。そっちも、愉快。
 畠山直哉が震災後の故郷・陸前高田を撮ったパノラマ写真、Chim↑Pom の“Don’t Follow the Wind”は、福島第一原発の事故による帰還困難区域で今も開催されている展覧会の模様を360度VRゴーグル(オウム真理教のヘッドギア的な)で見せる展示など、日本勢も頑張っているものの、アイ・ウェイウェイ(艾未未)やザオ・ザオ(赵赵)など、中国のアーティストに国としての勢いを感じた。旧共産圏がエキサイティングなのは、なぜだろう? フィリピンのマーク・フスティニアーニの「トンネル」も秀逸だった。

クリスチャン・ヤンコフスキー「重量級の歴史」 (撮影:風元正)
 
マーク・フスティニアーニ「トンネル」 (撮影:風元正)
 



 『刑事ゆがみ』がツボに嵌った。毎週、楽しみで仕方ない。弓神適当(ゆがみ・ゆきまさ)という名前のフリーダムな刑事を演じる浅野忠信が絶品なのは、もう言うまでもない。煙草は吸い放題、愛読書は競馬新聞で、昼食はいつも相棒の羽生虎夫(はにゅう・とらお/神木隆之介)に、これみよがしにポケットを叩き「ああ、財布忘れた」とたかる。違法スレスレの捜査がお得意で、フツーに付き合っていれば人格破綻者。でも、細部に対する観察力は天才としか形容しようもなく、意表をついた手法で事件を解決に導く。インタヴューを読んだら、浅野は弓神というキャラを好き放題演じているようで、頑張っているのはむしろ後輩刑事の「腹黒君」神木の方かもしれない。たぶんアドリブだらけの無茶苦茶な先輩に「童貞」と笑われ、おっパブやAVを探す現場を写真で抑えられながら、よく喰いついてメゲない。
 第2話が切なかった。中学の国語教師(水野美紀)が強姦未遂され、犯人に報復しようとした教育実習生が頭を強打し意識不明のまま入院している。水野は事件を忘れたいと捜査協力を拒み、実習生を見舞おうとするが、母親は決して会わせない。暴行された部屋の細部と実習生に対する異様な執着から、弓神は事件の底にある感情に気付いてゆく。残された足跡から捜査線上に浮上した下着ドロ(斎藤工)は、羽生が追及しても決して認めず独自の美学を披露し、「バーカ、バーカ」と罵り合うシーンが痛快だった。やがて、浮いた話にまるで縁のない独身の中年女教師と輝かしい未来が約束された実習生の運命の交錯が明らかになってゆく。
 水野が演じた女の孤独と官能が真に迫る。抑えられない激情の真相に近づいてゆく弓神の視線は限りなく優しい。弓神は真っすぐに事件解決に向かう羽生の若い情熱を巧みに使うが、手柄と出世は後輩のものになりそうだ。弓神と同期の女刑事で、上司の菅能理香(稲森いずみ)も水野と似た悩みを抱え、ふっと見せる陰影がチャーミングである。「百合回」と話題になった第4話の指輪の使い方の巧みさにも感服した。
 名前の通り、弓神は現代社会の「ゆがみ」を映す鏡である。視線は人情の深い処まで届き、今時珍しい大人のドラマに仕上がっている。放映分では、弓神がなぜ天才的な閃きを持ちながら偽悪に徹するのか、理由がよくわからないが、願わくば、幼少時のトラウマとか持ち出して簡単に回収して欲しくない。謎は謎のままでいいと思う。


『刑事ゆがみ』 フジテレビ系 木曜よる10時放送

 



 『この声をきみに』は、竹野内豊が「結び目理論専攻」のサエない数学者を演じる。大学では授業が退屈なことで有名な准教授。学部長に命じられ「話し方教室」に足を運ぶが授業の邪魔ばかりして、講師の麻生久美子と最悪の遭遇をする。竹野内は心に「ぽっかりした空洞」を抱えており、数学だけが埋めてくれているのだが、他人は入り込むことはできない。妻のミムラと男女の子供2人がいるものの、一方的に離婚を申し渡され別居中の身で、弁護士を通してしか家族と話ができない。
 とりわけ男にとって、コミュニケーションは永遠の課題である。オバさんのように、どうでもいい話ができない。かといって、芸人のようなおチャラけた振る舞いもできず、沈黙が友となってゆく。人の感情が見えず、ギャクのひとつも言えない不器用な主人公は、男性一般の悩みをすべて集約したような人格である。ところが、「朗読」に出会って「声」の力を知り、見違えるような変貌を遂げる。
 「ファム・ファタール」麻生久美子が、圧倒的に魅力的である。朗読の先生として、まったく協調性のない竹野内に距離を置くが、反発しながらも知らず知らずに惹かれ合う。成熟した穏やかさが塩梅のいい主宰者の柴田恭兵をはじめ、「漁師だけに」が口癖の杉本哲太、妙に情熱的な片桐はいり、トランスジェンダーを告白する戸塚祥太など、教室のメンバーの個性がしっくり噛みあっている。何より、朗読のシーンが素晴らしい。伊藤比呂美訳「今日」、中原中也「サーカス」、中川李枝子「くじらぐも」……テキスト選択の趣味がいいし、杉本の朗読した東海林さだお「天ぷらそばのツライとこ」は立ち食いソバ愛好家としても文句のつけようのない出来だった。まったく息子を認めない竹野内の父親・平泉成が文句をつけず黙ったのも納得ゆく。
 役者さんたちの朗読はそれぞれ目覚ましく、演技者としての実力を思い知った。とりわけ竹野内はとてもいい声をしており、テキストに感情移入して、現実に新鮮な光が射すのを知るうち、「人生を変える」一歩を踏み出してゆく。物語としては、変化に気付いた妻ミムラがどういう結論を出すか、ハラハラしてしまうとして、大森美香の脚本は繊細な心の動きまで丁寧に描いていて、大人が十二分に堪能できる快作である。もうすぐ最終回、登場人物たちと別れるのは淋しいが、結末が楽しみだ。


ドラマ10『この声をきみに』 NHK総合 金曜よる10時放送

 



 『奥様は、取り扱い注意』は、無邪気に楽しい。たぶん、ある種のファンタジーとして捉えるのが正解なのか(オジさん向き?)。綾瀬はるかのアクションへの地道な取り組みが実を結んだのも慶賀すべきだ(『精霊の守り人』はいいドラマです)。セクシーになった広末涼子、表情が多彩になった本田翼、どちらも最近実は好調だったので、3人揃うとハッピーな感じがする。演出は、けっこう芸が細かい。かなりの高級住宅街が舞台であり、フツーのテレビドラマのセットと比較して、部屋がだだっ広くてモノが少なく、家族間の距離感が遠い。それゆえ、さまざまな「悪」が入り込む余地があるような気になる。
 綾瀬はるかの鍛え込み方には脱帽だ。第3話、いじめを受けている主婦とトレーニングをはじめる際のウエア姿とジョギングの足どりだけで、もう只者ではないと知れる。フツーの主婦の中で、目立たぬよう「元特殊工作員」の目つき、体捌きを見せる瞬間の緊迫がゾクゾクもので心地よい。武器としての包丁使いは完璧だが料理下手という設定もお約束だが、ちゃんと切れていないキャベツを見てがっかりする顔つきが愛らしい。第4話、ディスコの中の闘いを筆頭にアクションもキレ味鋭く、主婦の暮らしに飽いた3人が朝まで街を歩き通して朝日を見る、ささやかなロードムービー的な展開も解放感があった。
 とはいえ、金城一紀脚本。隠し玉がありそうな気がする。最大のキーは西島秀俊で、IT企業の社長だが、なぜ一目惚れに応じたのか、間抜けな人ではない。「奥様」たちの危機が、より深刻になりつつあり、街もこのままの平和は続かないはず。どのキャラクターが覚醒を見せるか、期待は高まるばかりだが……。「奥様は」といえば「魔女」と「18才」。どちらも無理目な設定を最大限に生かすことにより、コメディとシリアスの両面の顔を立てた名ドラマだった。「、取り扱い注意」も、このテンションを維持したまま、駆け抜けて欲しい。

 

横浜中華街のハロウィン (撮影:風元正)



 『ワイドナショー』で、松本人志が「攻めた企画ができない」バラエティ番組の現状を嘆いていた。チャレンジしたら金と手間がかかるけれど、褒めるのはコアなファンだけで視聴率は取れず、という話らしい。東芝『サザエさん』スポンサー降板という噂が流れるなど、社会の動向を眺めるにつけ、制約の大きい今後のバラエティ界に劇的な変化があるとは思えない。文脈はあまり重ならないと思いつつ、横浜トリエンナーレの百花繚乱ゆえの混沌や、『ブレードランナー2049』のイメージが「今では陳腐化」という評価があるのを見ても、観客の要求水準が限りなく上がり続ける難儀な世の中でもある。ただ、「作家主義」が絶滅寸前の映画界と比較すれば、テレビドラマはまだまだ、作り手の個性が保たれている。今クールの話題作『ドクターX』、『コウノドリ』、『陸王』もまた、それぞれ高い水準を保つエンタテイメントだった。ドラマはテレビの創造性の最後の砦かもしれない。

神代植物公園のバラ (撮影:風元正)





風元正(かぜもと・ただし)
1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。

関連記事

映画は心意気だと思うんです。 第5回 (冨田翔子)

2018年12月号

無言日記 第38回 (三宅唱)

2018年12月号

宝ヶ池の沈まぬ亀 第30回 (青山真治)

2018年12月号

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

2018年12月号

【重要なお知らせ】 boidマガジンは下記URLの新サイトに移転しました。 h…

2018年11月号

【11月号更新記事】 ・《11/25更新》三宅唱さんのによる「無言日記」第37…

2018年10月号

【10月号更新記事】 ・《10/30更新》冨田翔子さん「映画は心意気だと思うん…