boidマガジン

2017年09月号 vol.4+10~12月号

樋口泰人の妄想映画日記 その56

2017年12月12日 19:57 by boid

boid社長・樋口泰人によるboidの業務日誌ときどき映画&音楽&妄想日記。今回は11/1から10までの日記です。4回目となる「新千歳国際空港アニメーション映画祭」にて普段とは違うアニメ作品の音調整、開催中の「丸の内ピカデリー爆音映画祭」にて片渕監督、黒沢監督とのトーク、そして「爆音映画祭 in 109シネマズ名古屋」での音調整など、引き続き各地での爆音上映行脚。その間に大貫さんの個展や『バンコクナイツ』のメイキング・ドキュメンタリー『映画潜行一千里』試写へも。


文・写真=樋口泰人

新千歳から丸の内ピカデリー、そして名古屋へと爆音が続く。身体的にはつらいが、それなりに面白い。場所が違えばすべてが違う。うまくいくときもあればいかないときもある。世界のデジタル化、グローバル化によってどこでも同じ、すべて均一で失敗は許されない、という状況があまりに露骨に顕在化して、世界はますます息苦しい。そのあたりを緩く笑ってやり過ごして楽しく生きたいとは思うものの、現実的には、息苦しさの中で対応していかないと生きていけないくらいには充分世界は残酷である。「それでも生きていければいい、というくらいでやっていくのが一番」だと、友人の編集者は言っている。ほんのちょっとの覚悟、勇気のようなものがあればいい。


11月1日(水)
新千歳国際アニメーション映画祭での爆音上映。朝から1日爆音調整。とにかくアニメは普段ほとんど観ていないので、すべてが新鮮である。
『銀河英雄伝説 わが征くは星の大海』。80年代の作品で、絵柄やセリフなど当時の香りが充満しているのだが、それゆえ今ここのリアルとはまったく違うものとして観ることができる。そしてそれゆえ、そこから今ここのリアルを顧みることもできる。後半の「ボレロ」が延々と流れ続ける戦闘シーンが圧巻、という情報を与えられていたのだが、確かに。こういった激しいシーンに、それとはまったく似つかわしくない優雅な曲を流す、というのは80年代のはやりだったような気がする。記憶に残っているのは具体的な映画ではなく、「ロックマガジン」に載っていた、主宰の阿木譲氏の文章である。『スカーフェイス』だったか『アンタッチャブル』だったかの銃撃シーンにマリ・ウィルソンだったか、彼女も所属していたコンパクト・レーベルの誰かだったか、いやもっと別の誰かだったか、とにかくその場にそぐわない静かな曲を流すのがいかにクールか、というようなことを書いていた。だからどうだとは思わなかったが、いろんな映画のあのシーンにこの曲、あのシーンにはこの曲という具体的なイメージが次々に湧き上がった。北野武さんの初期作品で、サティみたいな曲を使ったやつがあったが、あれは何だっただろう?

『ユーリ!!! on ICE』はスケーターの物語ということもあって、フィギュアスケートの競技シーンでの音楽合わせ。テレビ用の作品ということもあってマスター音源の状態が心配されたのだが、案外いい音になった。アニメの世界ではロシア人も日本人も当たり前のように平気で日本語で会話を交わすということに何の抵抗もない、ということにあらためて驚く。実写の映画では決して越えられない一線をアニメでは軽々と越えてしまうその軽やかさに感動もするが、一方で越えられないギリギリのところをギリギリまで突き詰める実写の可能性と不可能性とのせめぎあいこそ感動的なのだという気もする。2、3年前にアナログばか一代で新たにデジタル・リマスターされたビーチボーイズのアナログ7インチを聴いたときに本当にいい音になっていてすごいと思ったのだが、一方でオリジナルの7インチでは、デジタルならできるのに当時の機材ではできないことがあり、ただ、それゆえにさまざまな工夫と試行錯誤の果てに出来上がった音の危うさと優雅さは何ものにも代えがたいものがあるのだとも思った。それ以上できない限界のその先を夢想する力がそこに生まれているのだ。わたしたちは、その夢想された「その先」を聴く。

ユーリー・ノルシュテイン作品集は、さまざまな時代に作られた短編集なので、さすがにひとつのイコライジングで上映するのは無理。作品ごとに微妙に変えながらの上映することにしたのだが、全体として印象的だったのは、どの作品にも音のレイヤーが見えるような気がしたことだ。重ねられたセルそれぞれにそれぞれの音が付いていて、そのそれぞれの音の重なりが見えてくるという感じか。たとえば雨の音が場内全体に響くのではなく、もっと薄っぺらな雨の音がスクリーンにペタッと貼りついて、その前に人々の話声があり、またその奥にさらに別の物音があって、それらの3層の音がその場の空間を構成する、というような聞こえ方。ノルシュテインの作り出す画面の視覚情報がそのような聞こえ方をさせるのだろうか。

『夜明け告げるルーのうた』は作品全体の音響というより、主人公たちのバンドの音をメインに調整。とにかくこの音がガツっと聴こえてこないと物語に芯ができない。物語のスイッチでもあるような音。それが完成した時に物語は終わるわけだが、しかしその音によって観ている側の物語のスイッチが入る。製作者たちの聴かせたい音ではなく、みている側の背中を押すような音と言ったらいいか。この物語自体がそんな風に作られているのではないか。観る側に夜明けが訪れるかどうか。それがすべて。与えられる物語ではなく、観る側がその後を生きるような物語。

『マインド・ゲーム』はboidマガジンにも連載してもらっているロビン西さんの原作でもあり、音楽は山本精一さん。アニメでも越えがたいでたらめの限界をサーフィンするような映画である。音響もものすごいのだが、爆音にしてみると、当たり前のことだがセリフの響きが映画全体のでたらめをまとめ上げている。セリフの映画。まずは声をしっかり聴いてもらえるように。音楽は後からついてくる。声の幻影、木霊のような音楽。あるいはその逆なのか。あの音楽やでたらめな世界が生み出した幻影があの人物たちであの声だったとしたら。

昼は土居くんに誘われて豚丼を食った。どこまで行っても豚丼だった。土居くんは確実にデブになっている。

夜はスープカレーを食ったはずだ。




11月2日(木)
原稿を書いたり打ち合わせをしたり。夜はレセプションで、こんな時しか会えない方たちとあれこれ話をした。


11月3日(金)
『銀河英雄伝説』の朝の回で、爆音上映のことやこの映画の聴きどころについて話す。わたしとしてはこの映画の優雅さと緩やかな時間の感覚を味わってほしいというバランスにしたわけなのだが、若者たちはもっと強烈な爆撃音のようなものを期待していたかもしれない。
そして帰京。搭乗前には、ターミナル内の市場にて恒例の寿司を食った。今更、この寿司屋のシャリのうまさに気がついた。帰宅後、お土産に買ったチーズケーキを。北海道はとにかく乳製品がうまい。お土産には海産物より絶対に乳製品だと思う。余計なお世話だが。

 


その夜、かつて観逃して以来もう一生観ることはないだろうと思っていたヴェンダースの短編「アラバマ:2000光年」を思わぬ形で観ることになった。

やっていることは先日観た新作の『アランフエスの麗しき日々』と基本的に変わらない。人がいて、ジュークボックスがあり、音楽があれば時間が流れる。窓があれば風景が広がる。そして映画が生まれる。この時間と空間だけがあればそれで十分だ。カウリスマキの『希望のかなた』だってただそのことだけをやり続けているのだと思う。


11月4日(土)
休む間も無く事務所にて某作品のミーティング。アイデアが出ては消え出ては消え。物語の中心がぼんやりとして、そのぼんやり感が面白い作品だからこそこの作品なのだが、それを映画化しようとすると果たしてこれで人は観にきてくれるのかという、大いなる疑問符が湧き上がる。だが観てほしいのはそこなのだ。

ミーティング終了後神楽坂某所で行われている大貫さんの個展へ。大貫さんはご存知の方もいるとは思うが、念のため説明しておくと、東京でアートや実験映画の活動をしたあと渡米してニール・ヤングの元で彼の作る映像作品の編集などを手がけている人。boidが『グリーンデイル』の配給をした時に知り合って、以来いろんなやり取りをしている。大貫さんの作品はいつもパソコン上で見るばかりでなかなか現物を見る機会がなかったのだが、今回の展示もかつてパソコンでは見せてもらったもの。ようやくの出会い。分断された五輪マーク、そしてロングピースとショートホープの長いつながりを今見ることの新鮮な驚き。それらが醸し出す高度成長期日本の夢と希望が時を経て、今この日本の姿となった象徴としての東京に住む者として、さまざまな思いが身体中を駆け巡る。以下、大貫さんによる作品の解説文より。
「ピースはアメリカの著名な工業デザイナー、レイモンド・ローウィによってデザインされ、当時、年間150億本を売り上げる爆発的な商品でした。戦後以来、平和主義を掲げる日本でこの煙草が日本人の手ではなくアメリカ人の力を借りて生まれたのは皮肉な事実です」

 

 

 




11月5日(日)
妻に誘われて中野サンプラザ裏の公園で行われている羊祭りというのに行く。要するに羊の肉を使った料理の屋台が公園中に立ち並び、秋の終わりの1日を羊で満喫しようという催しである。だが人だらけ、その上にどの料理も高い。確かにうまいのだが、屋台でこの金額はちょっとというものばかりだった。もっと早い時間に行けばリーズナブルな屋台もあったのかもしれないが、昼過ぎに出かけるグータラな人間たちに残されているのどかな時間と空間はなかった。




11月6日(月)
夜、丸の内ピカデリーにて『この世界の片隅に』の片渕監督とのトーク。その日、片渕さんはすでに2本のトークを終えての来場とのこと。そういえば数日前に、『この世界の片隅に』は1本の作品でこなしたトークの数がギネス級、というような記事を読んだ。たしかに映画に描かれていない背景の広がりはいくら語っても語り尽くせないものがあるとは思うが、それだけ聴く人たちがいる、というのが驚きである。この日も丸ピカの400席を超す座席は完売。この日の話は集まった方々にとってはすでに聴きなじんだ話なのかそれとも毎回、片渕さんは何かを変えながら新しい語りをしているのか。せっかくの爆音映画祭なので音のことについてあれこれ尋ねてみたのだが、もしかするとこういった語りについて語ってもらった方が、『この世界の片隅に』の世界をさらに広げることになったのかもしれない。




11月7日(火)
昼は下北沢で、ソニーが出しているハイレゾプレーヤーについての取材を受けた。テーマを設けてハイレゾで配信している10曲を選び、それをハイレゾプレーヤーで聴いてみて感想を語る、というもの。取材の大きなテーマとしてはCDとの違い、ということではあるのだが、さすがにアナログばかをやっていると、ついレコードと比較してしまう。しかも兜田オーディオ特製のカートリッジ、真空管アンプを通しての音と。どうやったってハイレゾに勝ち目はないのはわかっているのだが、聴いてみるとなかなかいい感じでもある。マスターさえちゃんと作れば十分楽しめる。ただブルートゥース接続をするとまだ全然情報量が追いつかず、ヘッドホンとは有線での接続しかない。それくらい違う。実際に何を選んで何を語ったかは12月後半と1月半ばにソニーのハイレゾのページにアップされるようなので、そちらにて。わたしに与えられたテーマは、映画、であった。まあ、映画の中でかかる印象的な曲を選んだ、というわけである。

夜は丸ピカにて『悪魔のいけにえ』、黒沢さんとのトーク。黒沢さんには火曜の夜で300人集まったら大成功ですと伝えてあったのだが、250名ほど。これでも十分すぎるほどありがたい。バウスの時代だったら入りきれなかった。とにかくこのでかいスクリーンでのチェーンソーはもう、それだけで涙ものなのだが、今回の丸ピカの機材セッティングが絶妙で、本当にいい音が出る。空気を震わせるチェーンソーと叫び声に包まれての極上すぎる上映となった。黒沢さんには、『悪魔のいけにえ』の予告編を黒沢さんが作るとしたらどのようなものになるか、というのと、トビー・フーパーと黒沢清の映画の中の家の問題についての質問をした。ふたりの作り出す「家」は、どの映画をとってもあからさまに異様であり当たり前のように異様であり、異様であることに驚くより先にその異様な当たり前に飲み込まれてしまう。まるでいつどこの時代にどの家をとってもそれくらいの空間は当たり前に広がっているだろうと言わんばかりである。こんな家を見せてくれる監督は世界にふたりだけではないかとさえ思う。そんな思いを黒沢さんに伝えてみた。


11月8日(水)
今後のboidマガジンに関する打ち合わせ、その後YCAMから杉原くんがやってきて、来年のYCAM爆音に関する打ち合わせ。いろんなことが決まる。帰宅すると猫様が微笑んでくれた。




11月9日(木)
stillichimiyaのMMMこと向山正洋監督による『バンコクナイツ』のメイキング・ドキュメンタリー『映画 潜行一千里』。この日の試写までに仕上げが間に合わず、未完成のヴァージョンを。音はまだ整音前で、セリフは途切れ途切れ、いろんな音が生のままゴツゴツとぶち当たってくる。見ているうちにそんなことはどうでもよくなった。メイキングであることもまたどうでもよくなった。そこに移された/映された時間と空間の重なりが巨大なノイズとなって身体の中に入ってくる。試しに、書籍版の『バンコクナイツ 潜行一千里』を延々と読み上げるだけ、というサントラを作ったらどう見えるだろうかと思った。上映後、MMMには、整音しなくてもいいんじゃないか、と告げて新幹線に乗り、名古屋へ。

新幹線の中は相変わらずの酔っ払い天国で、いつかと同じくまたもや酔っ払いたちが封を切ったビール缶を転がして、足元に泡が漂うのであった。

そして爆音映画祭 in 109シネマズ名古屋。『ゼロ・グラビティ』『キングスマン』『ベイビー・ドライバー』『キック・アス』『ドント・ブリーズ』。

前回より会場が広くなったため、調整はそれなりに難航。その中で『ゼロ・グラビティ』は格別の音になった。丸ピカの爆音の時も唖然としたのだが、この映画はこれくらいの音量で見るのが適音。普通に物語に没入できる。こういう映画にもっと人が来てくれたらいろんなことがやりやすくなると思うものの、公開時は大ヒットしたわけで、数年前の記憶が世界全体からすでに消えかけているという消費の速度の速さにぼんやりとした。終了は午前5時前後。前回は夏だったのですでに世界は明るかったが、今回はまだ暗い。

 




11月10日(金)
昼は爆音本番、夜は明日のための調整。『デッドプール』『プロジェクトA』『この世界の片隅に』『ガールズ&パンツァー』。思った以上に調整に苦労する。終了は夜明け間近。外に出ると長距離バスの降車場では、バスから若者たちが次々に降りてくる。大きなライヴでもあるのだろうか。




樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。映画『PARKS パークス』はソフト&レンタルリリース。『めだまろん/ザ・レジデンツ・ムービー』『DARK STAR/H・R・ギーガーの世界』公開中。年内最後の爆音上映は、パルテノン多摩(12/15-16)にて。

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