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2017年09月号 vol.4+10~12月号

Television Freak 第22回 (風元正)

2017年12月15日 17:22 by boid

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在フジテレビで放送中の“月9”ドラマ『民衆の敵』や、テレビ東京の深夜ドラマ『セトウツミ』、そしてメディアの加熱報道が続く相撲界の問題を取り上げながら、テレビの現在を見つめます。
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フジテレビの敵


文・写真=風元正


 ドアを開けた瞬間、妙な胸騒ぎのする日がある。電車が止まったり、やや大きめの地震が起こったり、交通違反を取られたり、喧嘩や意味のない揉め事に巻き込まれたり……。とりわけ多いのは交通事故との接近遭遇で、車の流れが不規則だと思ったら、事故車が道端に止まっていて警察の事情聴取が行われている。オフィスから家まで、20kmほどの帰路の間、4件の事故に出くわしたことがあったし、高速道路では車が追突しトランクが跳ね上がるように開く瞬間を何度も目撃している。貰い事故は防ぐのが難しい。深手を負わずやり過ごせてきたのは悪運の賜物としか言いようがない。
 もともと不穏な動きをする車や人が街に出ている日だからトラブルが多発するわけで、勝手に「特異日」と呼んでいる。原因はよくわからないし、善悪も超越している。恥ずかしながら、忘れ物や落し物は多く、慌てて捜し廻るムダな時間が長い方だが(たいてい発見されるから日本はすごい!)、個人のバイオリズムとはあまり関係ない。つまり「世界の機嫌が悪い」日があるということで、たとえば日馬富士の引退も、火種は大量にあったにせよ、悪い偶然がいくつも重なった「特異日」が原因のような気がする。最後の対戦相手が貴乃花部屋の貴景勝というのも、出来過ぎた冗談みたいではないか。



 フジテレビはずっと身近な局だった。1984年6月22日、『笑っていいとも』の「テレホンショッキング」に有吉佐和子が出演した日は忘れられない。会社に行こうと家を出るつもりが、有吉が喋り続けており、CMが終わっても有吉は席を立つ気配がなくタモリは困惑し切っている。こちらは二日酔いで話の内容は頭に入らなかったが、静かだけれど異様なテンションが伝わってきて、画面から目を離せなくなり、練馬の家へ橋本治さんの感想を聞きに行ったりした。
 『笑っていいとも』は生放送で観客もいるから、常に放送事故の可能性を孕んでいる。「テレホンショッキング」も、制作サイドは「仕込み」だったと明かしているが、携帯が普及していない時代、あの真昼間に電話に出られる出演者の知り合いの有名人を探すだけで簡単ではない。番組の発足当時は緊迫感が漂っていたが、その理由は「特異日」的なものを呼び込もうという意図が潜んでいたからだろう。『いいとも』最終回、明石家さんま、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、とんねるず、爆笑問題、ナインティナインが「奇跡の共演」を果たした瞬間まで、番組の趣旨は一貫している。とはいえ、「想定外」でないと知ればシラけてくる。『オレたちひょうきん』の「タケちゃんマン」と「アミダばばあ」の闘いもよく覚えているが、あの唐突さも『いいとも』のハプニング性と同じではないか。古市憲寿をトップに、炎上覚悟の「暴言」による「放送事故」的な事態を呼び込もうとする現在の『バイキング』や『ワイドナショー』まで、演出ポリシーは一貫性しており、フジ特有の個性であろう。
 もうひとつの特徴を挙げれば、旬のタレントを引っ張ってくることに全力を傾けること。「時の人」は番組の中で「磁場」として機能する。最も相性が良かったのはSMAPだろう。とりわけ木村拓哉が格別で、月9だけでも『ラブジェネレーション』『あすなろ白書』『プライド』『空から降る一億の星』などなど挙げればキリがない。松たか子ヴァージョンの『HERO』は、細部までよく練り込まれていて、ドラマとして完璧な商品だった。バラエティにしても、本当の看板番組は『めちゃイケ』『みなさんのおかげでした』ではなく『SMAP×SMAP』だろう。終盤の展開は厳しかったとはいえ、『いいとも』と同じく消えると寂しい番組である。そして、真打はもはや帰ってこない。
 今クールの月9は、木村拓哉が出るという噂があった。内幕は知らぬが、放映されているのは『民衆の敵』(タイトルはイプセンの戯曲から)。森田健作県知事のいる千葉市がモデルだという「あおば市」議会を舞台に、夫婦で職を失った40代高校中退の妻・篠原涼子が「950万円」の議員報酬を目当てに市議に立候補する。その主夫が田中圭。同期当選の高橋一生、友人の新聞記者の石田ゆり子、市政のドンに古田新太。千葉雄大、前田敦子、余貴美子など、いい役者が揃っていて、亀和田武や朝日新聞のコラムなど擁護する意見も出ているが、中身はやっぱり視聴率通りで、かったるい。
 はたして、産休で記者から外されていた石田ゆり子がいう「突拍子もないこと」は、「うちの息子、卵焼きをステーキだと思って食べているんです」という演説をする主婦が繰り上げ当選し、やがて「みんなの幸せ」を政策に掲げて市長になるシンデレラストーリーなのか。素人(=「市民」)こそ正義、というイノセンス好みは、『オールナイトフジ』風のありがちな物語という気がする。当然「小池ブーム」の便乗企画で、自民党の新人議員教育室や豊洲市場移転問題や猪瀬直樹の都知事辞職などを思い起こす展開を盛り込み、ニューポート開発反対運動の座り込み現場が辺野古そっくりだったりするが、すべてが生煮えの印象で、書割りにしか見えない。政治の世界が「トレンディドラマ」調に「パロディ」化されており、どうにもバブル臭が濃厚である。
 まるで退屈なドラマではないから、もったいない。とはいえ、主演級がみな政治家に見えず、ヒラヒラ軽いのが致命傷である。篠原涼子は小池ファッションを意識したパンツスーツ姿がお決まりだが、幼稚園の父兄参観のようで本家の貫禄には及びもつかず、表情がとても幼い。「マジか?」とか、言葉遣いも乱暴だし、足を大きく開いて座ったりするのがお下品。高橋一生は『直虎』の「政次」と同じパターンの表情をしているが、このドラマでは空回りしている。なぜ政治家一家の御曹司がホテトル嬢と安アパートで逢瀬を繰り返し沢田教一への憧れを語ったりするのか、屈託の理由はスルーされたまま。胸の谷間を強調した着こなしの篠原、無防備に床に倒れている高橋など、妙にセクシー調なのも扱いに困る。テンコ盛りのネタが消化し切れていない点で、最近のフジの真木よう子『セシルのもくろみ』や窪田正孝『僕たちがやりました』の失敗と似ている。古田新太が『僕たち』の中のヤクザの親分とそっくりなのは笑えるが。
 もとより、第1回の放映日が衆議院の選挙日程とかぶり、「忖度」してズラしたケチがついたドラマの悪口を並べてもあまり意味はない。しかし、フジの「もう一歩」感は、視聴者としてもどかしい。唯一好調らしい『バイキング』も、MC坂上忍が「視聴者」「納税者」を連発し始めて興醒めだし、独自ネタは週刊誌頼りでただコメンテーターを集めて「生発言」をウリにする路線には食傷気味である。老人(私も……)しかテレビを見ていない時間帯はお金をかけないのかな。『ノンストップ!』のはしゃぎ方が完全に嫌になり、『ワイド!スクランブル』の橋本大二郎、大下容子コンビの安定感を待ち望む日常である。
 練達のVTR職人を揃える日テレ、1話完結の警官・医師モノなら盤石のテレビ朝日、正面切った人間ドラマに強さを発揮するTBSと民放各局を並べた時、フジはどうするのか。そういえば、お台場の社屋は立派だが、会議室以外、ちょっとした打ち合わせに使える店がほとんどない。フジが去っても、風情と活気がいや増す河田町界隈を見るにつけ、街場の賑わいはメディアにとって大切ではないか、と思う。フジテレビの敵は、結局、フジテレビではないか。ホリエモンがフジを買収すればどうなっていたか、想像すると楽しいが、この辺で陰口は止めておく。



 ここまで書いてみて、気付いたことがある。昔のフジの雰囲気は、今はテレビ東京に移っているのかもしれない。「生」的なドキュメントを重視する遺伝子は似ているが、テレ東はフジ的な「仕込み」によるハプニング待ちよりアグレッシブだ。金をかけなくとも、『湯けむりスナイパー』『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』『孤独のグルメ』『東京都北区赤羽』などなど、退屈な日常をひっくり返そうとする技を繰り出す勢いは他局の上を行っている。『池の水ぜんぶ抜く』を未見なのが残念だが、今クールのドラマ25の『セトウツミ』は最高である。自意識過剰のインテリで友達のいない内海想(高杉真宙)と、止めサッカー部でお調子者の瀬戸小吉(葉山奨之)という2人の高校生が、放課後の川のほとりで、やたら豊富な語彙を駆使し、宇宙論や太宰や中也も引用しつつ、大阪弁で会話するだけの話だが、もう爆笑。あのコンクリート製の短い丸太で組まれた階段が出てくるだけで笑ってしまう。
 私はハツ美ちゃん(片山友希)が大好きだ。とりわけ第3回は素晴らしかった。ハツ美ちゃんはセトに告白するが、好きすぎて直接話しかけらずウツミを通訳にする。しかし、ハツ美ちゃんは徹底的にセトを観察していて、学校の人気者の「あざとい人」樫村さんが好きなことも知っていて、ウツミに言うが「自主規制」。セトに喋るよう迫られ、我慢できず「樫村さんは内海くんのこと好きやから!」と叫び、セトが「はっきり言うたな。結構なタブーを。かなりの腹式呼吸で」と返す瞬発力。やっぱりダメだ、あの面白さ、説明できない。ただ、学校と家の間に、スクールカーストや格差社会から自由な2人がいて、いつの間にか周囲に仲間が集まってくる川辺は、まるでテレビ東京の今みたいだ。あの川辺は特殊な「磁場」であり、何かが起こっても「特異日」的なネガティブさを内包していない。「炎上」商法とも一線を画す何かだ。ポリティカル・コレクト全盛の世の中に完全対応している会話力にも脱帽である。イマドキの若者の心理を勉強させて頂きました。
 もちろん、深夜枠とゴールデンの論理は交わるものでもない。キー局はなかなか冒険できないと知りつつも、フジは2013年春、『ピカルの定理』が深夜からゴールデンに移り、驚くほど退屈になった頃から、何かが変わった。もとより、視聴者にとってテレビはただ楽しくて、有益であればいいだけだ。これからも各局、野心的な作り手がどんどん出てきて欲しい。



 私は朝青龍のファンである。あれほどの格闘技の天才は見たことがない。足を痛めて休場中、中田英寿らとサッカーをやった時の身軽さには驚嘆した。朝青龍は相撲と似て非なる別の格闘技をやっていたと思うが、汚い技は使わなかった。たぶん、運動神経が圧倒的で、相手の動きがノロく感じられたからだろう。しかし、今のモンゴル勢には朝青龍の余裕は感じられない。白鵬のエルボー立会いは反則だし、日馬富士はレスリング的なシューターである。稀勢の里の左ひじを狙った2017年春場所13日目の立会いの鋭さは忘れられない。当時、稀勢の里は左腕でモンゴル勢を制圧しつつあったが、一番の武器の弱いひじを相撲取りの体重で狙うとは……。とうてい相撲の技とは呼べず、同じ土俵の上で別のルールの闘いが行われていると言う他ない。日馬富士はプロレスでも強いはずだ。今回の騒動も、モンゴル勢が貴乃花親方の許容できない異種格闘技をやっていることが根本にあって「特異日」を生んだのだろう。
 同じ土俵上の異種格闘技はいろんなフィールドで闘われている。たとえば、アマゾンはサーバー事業がメインでネット通販では赤字を出す方が有利な業態だから、同業他社やリアル店舗は太刀打ちできない。『陸王』演出の福澤克雄プロデューサーの得意技は顔芸のアップだが、映画のスクリーンで同じことをすればデカい顔にげんなりするだけで画面は保たないだろう。稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾が出演したAbemaTVの『72時間ホンネテレビ』が話題になったが、画面のクオリティはテレビとは別物であり、地上波とネットの論理は交わらない。ただ、視聴者は今より分衆化してゆくだろう。似て非なるものが競合し、すべてが小分けになってゆく中で、メディアのルールが加速度的に窮屈になり、いつでも「特異日」を生みかねない葛藤に充ちている。
 この面倒な世界に若くして順応し、勝手なことをまったり喋り続けているセトとウツミの2人に倣いたいものだが、「土俵」はどんどん狭くなってゆくようだ。それでも、川は流れ続ける。ちょっと早いけれど、Merry Christmas!





風元正(かぜもと・ただし)
1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。

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