boidマガジン

2017年09月号 vol.4+10~12月号

【特別無料公開】空族『バンコクナイツ 潜行一千里』(河出書房新社)/第1章・その4

2017年12月26日 21:13 by boid

2017年2月の公開から多くの話題を集めた空族の最新作『バンコクナイツ』。boidマガジンでは「潜行一千里」と題して全44回に渡ってその撮影の模様をお伝えしてきましたが、11月30日、同連載に大幅な加筆修正を加え、河出書房新社より『バンコクナイツ 潜行一千里』として刊行されました。その発売を記念して、boidマガジンでは本書の一部を全4回で無料公開してまいりました。今回はその最後の掲載です。巨大ケシ畑への潜入を途中で断念した翌日の出来事、さらに初めてバンコクのタニヤ通りに足を踏み入れた時のことがトラツキの入電により報告されます。
この続きはぜひ書籍『バンコクナイツ 潜行一千里』で、さらに12月16日(土)より新宿K's cinemaで公開中の『バンコクナイツ』のドキュメンタリー『映画 潜行一千里』(向山正洋監督)も併せて、アジアと日本をチョッケツして描き出される現代の“闇”とその底で煌めく抵抗の根拠地を、その目で確かめてください。
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『映画 潜行一千里』より



文=空族(富田克也、相澤虎之助)



第1章 娼婦・楽園・植民地より  その4


仏暦2551(西暦2008)年2月xx日  トラツキからの入電

 カーツヤが山中に倒れ、我々偵察部隊は山からの撤退を余儀なくされた。メコン川のほとりの休憩所のような小屋で一晩を明かし、お互いの体調が復活するのを待っていると早朝からここら一帯を包んでいた霧が次第に晴れてきた。
 霧の向こうからミスターAとモン族のオヤジが手を振りながらこちらに歩いてくる。「お前ら、昨日は大変だったな。体は大丈夫か?」ミスターAの問いかけに、カーツヤは、まだ青い顔をしてはいたが、「OK、歩けるよ」と親指をたててジェスチャーで返し、私とツヨシも笑顔で返す。ジャリの混じった山道を黒い豚の親子連れが我が者顔で横切っていく。三匹の子豚が親豚の後をチョコチョコと一生懸命に付いて行くのを見ていると、俺たちもミスターAに付いて行くしかない、今日こそはケシ畑に行くんだと、疲れた体に気合いが入っていくのが自分でもわかった。
 ミスターAの運転でこの日のレコン任務はスタートした。しばらく走った後、彼は山間の小さな村に入ると車を停めた。
「この村にケシ畑があるのか?」
 と聞くとミスターAは、
「違うよ。でも、いいから付いてこい」
 とニヤリと笑う。センパイ、もしかしてまたヤー・バーですか? 好きですね……あきれながら歩いていくと、ミスターAは村の中の小さな掘っ立て小屋の前まで来て「ちょっと待ってろ」と言って入り口のスダレを上げて中の誰かと二言三言交わしている。その姿を外から眺めていると、彼は満面の笑みで振り向いて「OK、入りなさい」と我々を手招きした。通り過ぎる村人たちもにこやかな表情で挨拶をしてくるので、我々は村人に挨拶をしながらスダレを上げ、その小屋の中に入った。小屋の中は茅葺きの窓からかろうじて自然光が入ってはいるが、全体としては薄暗く、あまりよくは見えない。土間にはホコリだらけのゴザがひいてあり、そのゴザの上に一人の男が寝そべっていた。次第に暗闇に慣れてきた眼でよく見てみると、寝そべった男の横に映画や写真で見たことがあるブツが鎮座している。竹でできた阿片のパイプと阿片用のランプだった。ミスターAが男に話しかけると男は虚ろな眼でゆっくりとうなずく。私は男の着ている服に見覚えがあった。黒いビロードの生地、胸元と袖にはカラフルな紋様の刺繡──モン族独特の服だ。壁には結婚の記念写真なのかモン族の衣装で着飾った男とその妻であろう人物が写っている。アジア版クリスチャン・ラッセンかとでもいうぐらいに背景を合成した写真だった。そう言えばこの村に来る前にミスターAにせびられてネタ代を渡していたが、この小屋に入ってそれはヤー・バーではなく阿片の代金だったことに気が付いた。ずっとタカられているから何が何だかわからなかったが、ミスターAはこの村で阿片を分けてもらっていたのだ。
 ミスターAは眼をキラキラさせながら「昨日話したとおり、今は収穫期だからフレッシュな阿片が吸えるぞ」とラップに巻かれた茶色い阿片に何か白い粉を混ぜ始める。その粉は何だ? と聞くと中国製の頭痛薬で阿片を吸うと煙の吸い過ぎで頭が痛くなるからはじめから頭痛薬を阿片に混ぜて一緒に吸うのだと言う。いや、まったく良くできてますなと思いながら二人が準備しているのを見ていると、これがなかなかに複雑だ。竹製のパイプの先端に付いている円形の台座に阿片を仕込み、アルコールランプに火をつける。薄暗い小屋に小さなランプの灯りがなんとも言えない風情を醸し出し、パイプをランプに近づけて棒のようなもので台座の阿片を巧くイジりながらまんべんなく炙っていく。ジジジと音がして阿片特有の甘い香りがほのかにし始める。モン族の男は本格的にパイプを吹かし始めた。鼻から大量に吹き出された煙はまるで龍の如く、まさに『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』や『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』等の映画で見た光景そのままであった。私が8ミリカメラを向けてカメラで撮っていいか、とジェスチャーで聞くとミスターAはうなずいた。阿片を吸っているモン族の男はカメラを向けようが何しようが、阿片以外は特に興味がない、という態度で私が撮るに任せている。その後、時間にしておよそ三〇分ぐらい経っただろうか、モン族の男がひとしきり我々の持参した阿片を吸い終わってからおもむろにパイプを差し出した。この人、全部吸っちゃうんじゃないかと不安げに見守っていたミスターAと我々は、ああよかった、とホッとした表情で顔を見合わせ、胸をなでおろしたのであった。
「ここでは、このモン族の男が阿片マスターであるからして、まず一番はじめにご賞味いただいて、ということなのだ」
 と妙に納得して各人が順番にパイプをまわし始める。そのあいだじゅう、近所のおばさんやおじさんが小屋をのぞきに来て「いいねえ」とか「あとで来るよ」とかニコニコしながら話しかけてくる。村にとって、今は阿片の収穫期であり、本当にめでたいことなのかもしれないなと思いながら、私は紫煙の中をたゆたっていた。

 こうしてフレッシュな阿片を存分に堪能した後、我々はいよいよケシ畑があるといわれる村に到着した。そこそこ大きな村で、入り口の立て看板には、英語でODAがこの村を支援している、と謳われている。ミスターAは、モン族のオヤジと一緒に、村の真ん中にある集会場のようなところで、村長と交渉を始めた。二人が話している間、我々は外で放し飼いになっていた鶏や豚と遊ぶ。村には小さな木造の学校があって、子どもたちが手作りのコートでバレーボールをしている。もちろんみんな裸足で、泥だらけになって転げ回っている。見るからに楽しそうだった。三〇分ぐらい経った頃だろうか。村長の小屋から出てきたミスターAは、青い顔をして戻ってきた。彼はいきなりカーツヤの肩を叩き「危なかった! お前はラッキーボーイだった!」と興奮しながら捲し立てる。状況が飲み込めない我々は「え? 何がですか?」と訊くと、ミスターAは言った。
「昨日の話だ。昨日あのまま山に入っていたら俺たちは殺されていたかもしれない。昨日、俺たちが向かったケシ畑の山で男が二人殺された。今は収穫期だからケシの徴税人が山に来ていたんだ。ところが、ゲリラか山賊かはわからんが、徴税人をよく思っていないやつらが徴税人を殺して金とブツを奪って逃げた。その犯人を追って向こう側からアーミーが二十人ほど山に入っていたらしい。もし、俺たちがあのまま山に向かっていたなら山賊かゲリラ、もしくはアーミーに遭遇していたに違いない。どちらにしてもヤバかった! 俺たちきっと殺されていた! お前の腹のゲリがラッキーだったんだ! お前はラッキーボーイだ!」
 ミスターAは何度もカーツヤの肩を叩き、信じられないといった顔つきで大きなため息を落とした。なんということだ。カーツヤのゲリがゲリラとの交戦を防いだのだ。
 思わぬ事態に、我々もあっけにとられたが、しかしケシ畑の撮影はどうなったのか? ミスターAに訊くと、ケシ畑はこの村から三時間かかる場所にあるが、村は外国の支援を受けているから撮影はやめて欲しいと村長が言っているらしい。阿片栽培をやめた村にはODAなど外国からの支援が降りる仕組みになっているのだ。それはそうだろう。我々がこれ以上ケシ畑を撮影することに拘れば、村の人々に迷惑をかけることになる。そして昨日の思いもかけない事件……我々は背中に流れる冷たい汗をそれぞれに感じながら、この国での作戦撤退を即時決定したのであった。
 国境の街フェイサイに戻った我々は、最後まで我々にネタ代をたかるミスターAとモン族のオヤジに別れを告げ、国境であるメコン川を越え、タイのチエンコーンに入った。こうして“バビロン作戦”第二次アジア視察のうち最大の任務は終了したのであった。

 バンコクに戻り帰国前最後の夜。我々はパッポンストリートにいた。ゴーゴーバーの横にあるオープンテラスのカフェで隊員たちは全員、放心したかのようにストリートを見つめていた。お土産売りの声や、刺青だらけの客引きがストリップ・ショウを誘う声にまぎれて、これから出勤するゴーゴー・ガールたちが店のおばさんと笑い合いながらソムタム(パパイヤ・サラダ)を食べている。私は街の喧噪を眺めながら「東南アジアを旅する者はみなここバンコクに足跡を残してゆく……」などと感傷的な気分に浸っていた。横を見るとツヨシの頰に一筋の涙が伝わっていた。シコウもヒトシも押し黙ってビールをチビチビやっている。その時、まだ傷の癒えぬカーツヤがやつれた顔でポツリと言った。
「白いごはんと……みそ汁が……食べたい」
 山で倒れたカーツヤは、その後ほとんどの食事がのどを通らなくなってしまい、フルーツや軽いパン程度の食べ物しか摂取できずにいた。作戦中はカーツヤに限らず隊員全員が腹を下していたので、我々のJ・レーション(日本食)への渇望は、この時ピークに達していたに違いない。するとヒトシが、
「そうだ、タニヤに行けばJ・レーションが食べられる。すぐ隣だからタニヤに行こう!」
 と提案した。
「それはいいですね! きっとみそ汁が飲めますよ」
 とベテランのシコウも賛成した。日本人専門の歓楽街タニヤ通り。その存在を私も噂には聞いたことがあったが、実際に行ったことはなかった。安いゲストハウスをウロウロしている私のような人間にとっては縁のない場所で、お金のある日本人駐在員やサラリーマンが行く場所だと思っていたのである。
 いざ、タニヤへ──我々はパッポンストリートの隣にあるタニヤ通りへ、最後の力を振り絞って向かった。
 タニヤ通りに一歩足を踏み入れると、眼前には異様な光景が広がっていた。私は一瞬、ここがどこかわからない錯覚を覚えた。きらびやかなネオンと看板に見慣れた文字が無数に躍っている。日本語だ。スリウォン通りからシーロム通りまでまっすぐにのびる一本のストリート、タニヤ通りは、バンコクに居るのにまるで日本の新宿や銀座のクラブ街に瞬間移動してしまったような奇妙な気持ちを私に抱かせた。
 我々は、ひとまず「桃太郎」という店に入って和食を注文し、待望のみそ汁の到着を待った。運ばれてきたみそ汁は黄金に輝いていた。ああ、助かった。山から下りてきたような出で立ちで、泥とホコリにまみれた軍パンとTシャツ姿のむさくるしい隊員たちが、一杯のみそ汁をありがたそうに啜っている姿は、他の客からはさぞかし不憫に見えたことだろう。だがその時の我々にとっては一杯のみそ汁が楽園であったのだ。

「お前、ソイツと朝まで?」
 しかし、幸せに浸っている我々の耳に、いきなり下卑た笑い声が飛び込んできた。
「いやあ~コイツよく見たらアレなんでソッコーで済ましてまた戻っちゃおうかな、なんて」
「いいじゃん! 俺もそうすっかな、ガハハハ」
 隣の席から日本のおっさんたちが横にタイの女の子を座らせて酒を飲み、大声で話しているのが聞こえてくる。
 みそ汁の補給を終えた我々は、瞬時に偵察隊員としての精神に切り替わっていたのは言うまでもない。声を潜めたヒトシが、行こう、タニヤは俺が案内する、と告げるとさっとレジまで歩いていくので、我々は続いた。歩いていると通りの両サイドに着飾った女たちが並んで座り笑いながら日本語で声をかけてくる。

──シャチョー! 遊んでー。
──女の子いっぱい居るよー。

 どう見ても社長には見えないボロボロの我々にも優しく声をかけてくれるので思わずフラフラっと寄っていきそうになるが、それでは逆に彼女らにとって迷惑になる。ヒトシに付いて行くと「まずはこのビルからだ、行こう」とクラブのたくさん入った雑居ビルのエレベーターに乗り込んだ。エレベーターに乗り合わせたひとりのタニヤの女を見てヒトシが、
「おお! 久しぶり! 俺のこと覚えている?」
「覚えてるよー、久しぶり!」
 と日本語で喋り始める。彼女の名前はウェウと言った。どうやら以前ヒトシが地元の先輩にタニヤに連れてこられた時に一緒に飲んだ女性らしい。ヒトシはウェウと冗談を言い合ってその場は別れを告げ、我々に言った。
「俺の地元の先輩はタニヤしか行かない。何故ならここはタイでも日本語が通じる街だからだ。さあ店を覗いてみよう」
 ヒトシが雑居ビルの中にあるひとつのカラオケクラブのドアを開けて我々は中に入っていった。
「いらっしゃいませー!!」
 数十人の女の声が一斉に鳴り響く。入り口に巨大なひな壇があり、ズラッと並んだ女の子たち全員がこちらを見て手を振っている。一体なんなんだここは……。無数の女の子たちの視線に小汚い隊員たちは恥ずかしさのあまり目を合わせることができず、お互いの顔を見合わせて下を向く。ヒトシが笑顔で「日本語できる人ォ!」と女の子たちに問いかけるとみんな「ハーイ!」と手を上げておいでおいでをする。「また来るよ!」と言って店を出るヒトシ。背後から「スケベー!」「ケチ!」とはやし立てられながら我々も店内を後にした。ヒトシがこちらに振り向いてつぶやいた。「これがタニヤの流儀だ。こうやって一軒一軒の店を見て廻るんだ」
 ビルを出てストリートに出た我々は、心を落ち着かせながらもう一度ゆっくりとタニヤを見渡していた。ここはどこだ? ここはタイ、バンコク、アジアの要衝でもある国際都市。近年東南アジアの好景気の波に乗って発展し続けるこの街に、昔から存在している日本人専門の歓楽街タニヤ。きらめく日本語のネオンの下で、中年の観光客が女の子と腕を組んで通りの向こうにひっきりなしに消えてゆく。私は『花物語バビロン』の頃から、ゴーゴーバーやビーチで我が者顔でふるまうファラン(欧米人)を見ると、よそ様の国に来て何やっているんだ、と憤りを感じていた。しかし、わかってはいたが、自分の国もそうだった。この明白な事実をまざまざと見せつけられた瞬間だった。その時カーツヤが言った。
「この街は必ず撮ることになりそうだ」
 私も即座にうなずいたのは言うまでもない。こうして我々の本作戦は決まった。CN“バンコクナイツ”、そう“盤谷の夜”だ。オーヴァー。

 
 

『バンコクナイツ 潜行一千里』
著者:空族(富田克也、相澤虎之助)
定価:1,600円(税別) / 発売日:2017年11月30日 / 仕様:46判並製、304ページ / 出版社:河出書房新社

“楽園"はどこにあるのか――
バンコクの日本人向け歓楽街・タニヤ通りに導かれ男たちはインドシナの奥地へと迷い込み、アジアと日本を貫く“闇"に出会う……。
映画『国道20号線』や『サウダーヂ』などインディペンデントな制作・上映スタイルをとりながら圧倒的な支持を集める映像制作集団・空族。バンコクとインドシナ半島を舞台にした彼らの最新作『バンコクナイツ』は公開と同時に多くの話題を集めている。そして今、彼らが『バンコクナイツ』へと至る十年間にも及ぶインドシナ半島への潜入が、本書を生み出した。日本とアジアをチョッケツし、“闇の底"で煌めく抵抗の根拠地を描き出す!

 

『映画 潜行一千里』
2017年 / 日本 / 122分 / 監督:向山正洋 / 撮影:スタジオ石(向山正洋、古屋卓麿)/ 音楽:DJ KENSEI / 整音:山崎巌 / 出演:スベンジャ・ボンコン、富田克也、相澤虎之助、川瀬陽太ほか / 製作:山口情報芸術センター[YCAM] / 企画・配給:空族
構想10年、タイ・ラオスオールロケ!
東南アジアを縦横無尽に駆け抜けた映画『バンコクナイツ』のドキュメンタリー

12月16日(土)より新宿K's cinemaにて公開中

『映画 潜行一千里』 予告編

 

 



空族(くぞく)
映像制作集団。2004年、“作りたい映画を勝手に作り、勝手に上映する”をモットーに、『空族』を名のりはじめる。常識にとらわれない、毎回長期間に及ぶ独特の映画制作スタイルを持つ。作品ごとに合わせた配給・宣伝を自分たちで行い、作品はすべて未ソフト化という独自路線をひた走る。

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