boidマガジン

2018年01月号

樋口泰人の妄想映画日記 その58

2018年01月11日 19:34 by boid

boid社長・樋口泰人によるboidの業務日誌ときどき映画&音楽&妄想日記。山口の書店での映画トークイヴェント、堺と松本での爆音映画祭があった11月21日から30日の日記です。各会場の特性に合わせた音調整についても。




文・写真=樋口泰人

爆音のツアーが続く。おかげで日常のいろんなことがどうでもよくなっているような気もする。もともと不安定だった体調も、さらに不安定になる一方で、それに対しても無関心になり始めている気もする。いいことなのかどうかはわからない。ただ問題は、レコードを聴けないことだ。イヤホンやヘッドホンじゃ物足りない。小さなノイズも含めて身体の芯から温まるようなあのレコードの振動に、身体を任せたいと願う。爆音の調整もますますそんなレコードのまろやかな音を求め始めている。


11月21日(火)
山口2日目。昼、散歩していると、象に挨拶されたり、猫様ににらまれたりした。

 


その後、Bookstore松にて、昨夜の続きというか2回目の雑談会。初めての人と昨夜からの流れの人とが混在するので、昨夜とはまた違う感じの雑談となった。boidの苦労話とか、映画の配給宣伝の裏話とか。単に映画を観る、という側だけにいるとわからない、映画をプレゼンテーションする側のさまざまな事情を。それぞれの映画を観る、ということに関しては裏事情など知っても何の役にも立たないが、例えばそれでも観たい映画が観られないときにではわたしたちはどう動いたらいいのかどこに向かって何を言ったらいいのか。そんな実践的実用的な知恵として役立ててもらえたら。今、映画とともに生きるということがどういうことなのかを考えるヒントにしてもらえたらいいのだが。




11月22日(水)
大阪・堺へ。新大阪から30分くらいで到着するのに、すでに地の果てに来た気分満載。海と倉庫街。駐車場で野外爆音をやっても、だれからも苦情は来ないと思われる。


MOVIX堺は爆音調整用の時間を昼の時間帯でとってくれたので、深夜ではなく日のあるうちからの調整開始。『マクロス』『シン・ゴジラ』『マッドマックス』『ベイビー・ドライバー』『ワイルド・スピード』2本。音が気に入らず、スピーカーの設置を変えてもらう。初めての場所での爆音は、ベストな音に出てもらうまでがひと苦労である。しかし外の風景と『マッドマックス』『ワイルド・スピード』といった映画の親和度は高く、映画館が次第に外に膨らんでいく妄想が沸き上がる。室内にありながら野外の風景へとつながり広がっていく、そんな視覚の暴走に身を任せられるような感じにできたらと思う。

調整終了後、堺市内に戻ったものの勝手がわからず、食事処を求めて深夜の堺で路頭に迷う。




11月23日(木)
朝からの本番前に堺駅周辺を散歩。川と海の街であることはよくわかった。


そしてコーヒーを飲んだスタバのレシートに刻まれた777の金額。いいことはあるのだろうか。


駅前からMOVIX堺までバスが出ているというので乗ろうとしたのだが、1時間に2本くらいしかなくて間に合わず。タクシーで。しかし爆音のために初めてMOVIX堺へと向かうお客さんはいったいどうするのだろう? 帰りのバスも限りがある。劇場の立地もアクセスもわかっている人はいいが、そうじゃなく来てしまった人たちはきっと唖然とするに違いない。わたしもこの件はツイートしたとは思うのだが、こういうことを丁寧に繰り返し伝えていけたらと思う。面倒くさがりのわたしにはできることではないので、もどかしい。気持ちばかりが前のめりになる。

本番後、夕食は昨夜の失敗に懲りて、駅のどちら方面に行ったらちゃんと食事ができる場所があるかを調べて無事おいしい海の幸を堪能。


そして堺の川や港には、謎の人が立っていた。

 




11月24日(金)
平日ゆえ、本番は夕方から。それまでは調整。『キングスマン』『デッドプール』『キック・アス』。調整終了後は、シネコンの隣にある温泉に行った。夕方の駐車場はどこか日本離れしている。




11月25日(土)
朝の駐車場は昨夜とは違った表情を見せる。山梨育ちなのに免許も持っていないわたしはこういう時後悔するわけだが、休日に単にだらだら車を運転して無駄な時間を過ごせたらと心の底から思う。免許を取ってアメリカに移住してだらしない日々を過ごす。何をするでもなくぼんやりと、窓の向こうに日が沈んでいくのを眺めている。よどんだ時間をたっぷりと身体の中にため込んでいく。そんな贅沢と言えば限りなく贅沢な暮らしを妄想するばかりである。そんなことはもう「できない」という諦めが「もしかしたら」という可能性を置いてきぼりにして、いら立ちが募る。いつもしているじゃないかと言われそうだが、時々大人げないことをしたいと思う。『ワイルド・スピード』の爆音が、そんな思いをさらに増幅させる。




11月26日(日)
諸事情あり、というかもうほとんど疲れ果てこれ以上は無理ということもあり、映画祭の終わりを待たず、夕方には東京へ戻る。しかし新大阪からの新幹線チケットがほとんど売り切れていて、青ざめる。日曜の夕方の新幹線を甘く見ていた。そして2週間ぶりに帰宅したわけだが、猫様たちは相変わらずであった。

 




11月27日(月)
久々の事務所。山積みの仕事。税務関係、配給の報告書類などが遅れまくっている。

CARLA THOMAS『THE QUEEN ALONE』。67年のアルバム。半数以上の曲がアイザック・ヘイズによるもので、アレンジもカラフル、その分、ボーカルの存在感が際立つ。まさにクイーン・アローンな感じ。そしてもはやかつてのようにはいかなくなる次の時代の到来の予感がアルバム全体に貼りついている。この年、アトランティックはワーナー・ブラザーズ=セブン・アーツに買収され、それに伴ってスタックスも体制の変容を余儀なくされる。


DORIS DUKE『I'm a Loser』。ジャケ裏の解説には、「このアルバムを聴く女性たちはすべて、自分の失ってしまった過去に思いをはせ感情をゆすぶられるだろう」というようなことが書いてある。男性歌手に例えれば、自分のしでかした過去を嘆きまくるO.V.ライトみたいな感じだろうか。女性たちに対する世界の目がもっと優しければ、つまり男女平等だったなら、彼女の歌はもっとヒットしてもっと何枚もアルバムを作ることができたはずだ。




11月28日(火)
昨日の続き。絶望的に疲れ果てている。夜は倉林君の店「壱年茶虎」に再び。年末で1年の回転期間が終わり、西荻の店が閉じられてしまう。わたしが行けるのはおそらく本日が最後。井手くん、風元さんと。この日倉林君から、茶虎では中華料理独特の油通しをしてないという秘密を聞いた。あの独特の味わいとのど越しの良さ、胃の中に入った時の軽さはそういうことなのかと納得した。来年からは吉祥寺の北側での予約制の店に戻るそうだ。

 

 




11月29日(水)
ソフィア・コッポラ『ビガイルド』。ドン・シーゲルの『白い肌の異常な夜』と同じ原作の映画化だが、このタイトルだと全然ピンとこない。ただ、原作は『ビガイルド 欲望のめざめ』というタイトルで邦訳されているから、原作との結びつきという意味ではこのタイトルでいいのかもしれない。内容の方も、まさにタイトル通り「異常な夜」となってスクリーンをゆがませたシーゲル版に比べて、こちらは女性たちの視線と足音が作り出す劇として綿密に構成された大人な映画となっていた。こうなってくるとシーゲル版が邪魔でさえある。あのねじれた視覚が邪魔をして、この映画を素直に見ることができないと言ったらいいか。映画の歴史と記憶を踏まえる体を取りながら、実はそれらを抹殺しようとでもしているかのような過激さ。「大人な映画」というのはそんな意味でもある。ソフィア・コッポラはマジでクリント・イーストウッドを殺しにかかっているのではないか。頼もしすぎる。シーゲル版と比較しても無駄、バカな大人のやることだと女性たちの白い衣装が語っていた。エル・ファニングはここでも居場所がなかった。




11月30日(木)
松本へ。新宿から中央本線特急あずさで2時間30分ほど。山梨出身の私にはなじみ深い街だが、しかし実際に訪れたのはこれで3、4回目。甲府に比べがぜん文化の街である。何がそう思わせるのかよくわからないのだが、甲府の雑な空虚感のようなものが松本には感じられない。寒いが荒涼感はない。爆音会場のまつもと市民芸術館はとにかく馬鹿でかい建物である。小ホールと大ホールをつなぐロビーで、直線200メートルの走路が取れるのではないだろうか。長らく東京に住んでしまった者としては、このスケール間に呆然とするばかりである。


午後から調整を始める。シネコンと比べて会場の吸音はそれほどでもないので、いい感じの箱なりも含めホッとする。今のシネコンの吸音性の高い会場のつくりだと、スピーカーから出た音がそのまま耳に届くので製作者としてはコントロールがしやすいのかもしれないが、その分思わぬ響きにうっとりするようなことはない。意図せざることは無駄なことだと言われているようで、ぐったりする。お前の意図など知ったことか、という気持ちは実は十分にあるわけで、製作者も観客もだれも思ってもいなかったような音が聞きたい。アナログばか一代ならカートリッジを変えるだけ、いやカートリッジ内のリード線を変えるだけでもう、製作者の意図を飛び越え、聴き手の欲望などものともせず、音が勝手に動き出しそこに込められた音楽を目くるめく何かへと変える。時間の生き物と言ったらいいか。わたしたちはたった3分ほどの曲が流れる間に果てしない旅をすることになる。爆音上映も、いわばカートリッジを変える、リード線を変える、というようなことであるわけだが、それには会場の助けもいる。ある程度の反響が必要なのだ。大きなボリュームで飛び出した音が会場の壁にぶつかり響きあい、コントロール不能な動きを見せる。その重なり合い、混ざり合いの中から思わぬ響きが聞こえる。音の影と言ったらいいか。それが目の端をよぎる。その記憶がいつまでも映画に貼りつく。ただそれだけでいい。映画の「シミ」のようなものとして、音の記憶が残る。吸音性があまりに高いとそれらの「シミ」は排除される。だから壁の反響のある会場に来るとホッとするのである。もちろんあればいいというものではないのだが。

調整は順調に進んだ。ただ、会場の小ささもあって、音の広がり感には欠ける。大きな音にするより少し小さくしたほうが、音は広がる。そういう場合は小さくするほうを選ぶのだが、せっかくの初めての爆音映画祭ということもあり、音量をどの程度にするか、その落としどころが非常に難しかった。『STOP MAKING SENSE』は本番中にも3段階くらい下げてもらった。


樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。年明け最初の爆音上映は、1/12-2/2に約4週間開催する丸の内ピカデリーアニメーション爆音映画祭と、大阪にて1/16-17開催の爆音上映”GLAM ROCK NIGHT”@梅田クラブクアトロです。

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