boidマガジン

2018年01月号

樋口泰人の妄想映画日記 その60

2018年01月26日 12:17 by boid
2018年01月26日 12:17 by boid

boid社長・樋口泰人によるboidの業務日誌ときどき映画&音楽&妄想日記。年末からの高熱が続いてほぼ寝たきり状態の年明けだった社長。「アナログばか一代」新年会で聴いた湯浅さん、直枝さん、井手さんによるライヴ、そしてPhewさんのライヴや『リバーズ・エッジ』『レディ・ガイ』『ツイン・ピークス The Return』『ウィンストン・チャーチル』などについて書いています。




文・写真=樋口泰人

最悪の年明けだった。熱のため身体じゅうの関節が痛い。痛すぎて眠れない。解熱剤を飲むと少し治まるので、とにかく飲んで眠って体力を回復するしかない。思うことあってもう20年くらいはほとんど口にしていなかったにんにくを食べ始めた。料理に入っていると匂いが気になってダメなのだが、丸ごとなら大丈夫。しかも風邪のため嗅覚を失い、味覚も弱まり、丸焼きのにんにくは芋のようだ。とはいえ嗅覚の欠落した日々は何と味気ないことか。透明のベールに覆われての暮らし。この世界にいながらこの世界とは別の場所にいるような、居場所のなさを身体感覚として実感する。食欲もわかない。生きる喜びをまたひとつ奪われてしまった。




1月1日(月)~3日(水)
ほぼ寝ていた。無理やり起きて初詣には行ったが、それだけだった。あまりのことに、20年くらいまともに食っていなかったにんにくを食うことにした。昨年の夏に某神社の神主からにんにくを食いなさいというお告げを受けたこともあって何となく近づいてはいたのだが、ここまでひどいことになると逆にいい機会。アルミホイルに包んで一片を丸焼き、というので毎日食ってどうなるかを実験。



1月4日(木)
アナログばか一代新年会&湯浅さんの誕生会。ぎりぎり何とか下北沢に行くことができた。DJゾンビという湯浅さんの命名そのままな感じ。この日はレコードを選ぶという自主性を発揮することはほぼできず、とにかく近場にあったもので何となく聞きたくなったものをあれこれまとめて持って行った。ただそれだけ。記念すべき新年の1曲目はスーサイドにしたのだが、いきなり回転数を間違えた。まあ、そんなものである。気合い入れても空回り。

湯浅、直枝、井手3名のライヴは本当にゆったりした時間が流れた。永遠にこんな時間とともにありたいと思った。レイドバックしているわけではない。何かが生まれるために必要な、そして生きていくために必要なかけがえのない緩やかさ。永遠に引き延ばされた最強の一瞬と言ってもいい。何か本当に、一年の初めにとんでもないものを見てしまったという感覚。具合悪くなったらすぐ帰るつもりで言ったのだが、結局最後までいてしまった。

 

 




1月5日(金)
boid初仕事。boidマガジンの今後についてのミーティングもあり。体調はまだ半分回復くらいだが、それくらいでいい 。



1月6日(土)
5日までにという締め切りの原稿がふたつ手つかずのまま。さすがに連休明けには出さないと、ということで書き始める。「映画芸術」のための『リバーズ・エッジ』レビュー。いろんな思いが重なって、まったくレビューにならなかった。製作者の方たちには大変申し訳ないのだが、作品を見て思い出したり思い浮かんだりしたいくつもの断片を繋げていった。この妄想日記の続きみたいなものということになるかもしれない。この映画にはちょっと合っていなかったようにも思えたのだが、世武裕子さんの音楽が気になった。なんというか、「映画音楽」という文脈にとらわれない映画音楽を作ることのできる人、常に映画に寄り添いつつしかし確実に離れた場所から映画を動かすことのできる音楽を作れる人なのではないかと、そんなことを思った。昨年のクリスマスの日に会った某監督に、大推薦した。




1月7日(日)
「現代思想」用の原稿を。『レディ・ガイ』について。ウォルター・ヒルの長年のファンの方たちの評判はどうなのかまったくわからないのだが、わたしは本当に面白く見た。12月の日記にも書いたのだが、すでに何かがすっかり変わってしまっているのにもかかわらずそんなことなどなかったかのように動くしかない現代社会のシステムに向かって、小さな物語を投げかける。あり得ない設定で興味を引きつつ、しかし物語自体は3人の女性たちの小さな心の変化を描くだけだ。そんな小ささで世界は変わらないと誰からも言われそうな小ささの中に育った希望の物語。3人の女優たちが本当にいい。



のんきな猫たちに癒された。




1月8日(月)
ようやくテレビ画面を見られるようになったので、引きこもって『ツイン・ピークス The Return』をまとめて見た。物語とは直接関係ないとも思われる何でもない会話や何にも起こっていない時間が最高すぎてのけぞった。これが家庭で観られるなら、もはや映画館など必要ないのではないかとさえ思った。ちょっとしたイヴェント機能付きの鑑賞の場所としてしかもはや映画館などあり得ない。そんなことさえ言いたくなった。いや、テレビで見てもこれくらいの一瞬の永遠のような時間を見せられるくらいの映画を映画館で見ることができたら最高なのだということなのだが。しかしそこには全18話という物語自体の長さもかかわってくるはずだ。映画ではそれはさすがにできない。『はるねこ』のような映画も18話でやるともっととんでもないことになるようにも思える。1本2時間と考えたら全18話で大体6本。6本連続のシリーズものという枠組みで企画をスタートさせたら可能性はある。というかまあ、とりあえずテレビシリーズをいろんな人が作り始めてくれたらということでもある。それだけで映画は変わる。いや、『ツイン・ピークス The Return』を見る限り、すでにすっかり変わってしまっている映画に、ようやく実際の映画が追いつくことになるはずだ。そのことの遅さにいら立ちが募る。




1月9日(火)
連休があったので実質的な仕事始めだったのだが、まだ全然体力回復せず。ぼんやりと1日が終わる。




1月10日(水)
経理関係の社長仕事は何とかこなしたが、あとは無理。早く帰る。




1月11日(木)
昼から3つほど打ち合わせあり。夜は丸の内ピカデリーのアニメ爆音の調整。この時のために体力を温存していたのだが、でもなぜかやはり爆音を聴くと元気が出る。しかも丸の内のスピーカーチューニングはいい感じで、それぞれの作品の調整もサクサクと。と喜んでいたら、機材トラブルいくつか。音響機材は本当にいろんなことが起こる。いつも同じ機材で同じ場所で何度もやっていても、そのたびに何かが変わる。それに付き合うかどうか。のんびり待つしかないのだが、効率を求め始めるとやはりすべてデジタルで、ということになるのだろう。もちろんだからと言って原因不明の何かが起こるのは避けられない。音自体がルールやコントロールからどこか少しだけ外れたところに存在しているのだと思う。

この夜はアニメはもちろんだが、同時に上映する中島みゆきのライヴ3作品の調整に気を使った。音楽物は確実にわたしよりファンの方がそのミュージシャンの音をわかっている。だから部外者として部外者の耳によってちょっとだけアクセントをつけられたらと思うのだが、うっかりすると大変なことになる。とにかくそのミュージシャンの音を聴く。その音楽が欲しがっている音を見つける。今更ながらいつからか中島みゆきはシャンソンがベースになっているのだということがよくわかった。日本のエディット・ピアフ。ようやくそれで音が決まった気がした。終了、6時ちょっと前。帰宅時には夜明け間近の藍色の空に月がくっきりと光っていた 。






1月12日(金)
帰宅するとさすがに腹も減り、朝食を食い風呂に入るとすでに9時前で、目覚めは13時過ぎ。あまり眠れなかった。ぼんやりと事務所で仕事をし、深夜の爆音調整に向かって音が出た瞬間から元気になる。そんなものだ。なんだろうか。調整に向かうまでは本当にもう帰りたくて仕方がないのである。帰って寝たい。身体を休めたい。ぐったりである。ただただひたすらそんな状態。本当はこの日スーパーデラックスでダウザーがライヴをやるので行く予定でいたのだが、全然どうにもならずのぐったり。だがとにかくようやく丸ピカにたどり着き、音が出た瞬間から身体が引き締まる。しかもそれぞれの作品がちょっとしたことですごくいい感じになる。ツイッターにも書いたのだが、いつもアニメはほぼ観ないわたしだが、こうやっていい音になって目の前できらきらと輝いている作品を観るとそれだけで楽しい。単に純粋なお楽しみとして、目と耳が喜んでいる。これで人生が変わる人もいるのかもしれないが、それほど大ごとではなく、もっと普通に、何となく、暇つぶしでもいいくらいな感じでフラッと映画館にはいる楽しみ。特に大したこともしない何でもない人生にも立派に価値はあるのだと同じような意味で、ここにも普通の映画がある。気持ちよいくらいの大画面で、どこでも聞けそうでどこでも聞けないいい音が聞こえてくる。それだけのことが嬉しい。トラブルもなかったので、午前3時前には終了。




1月13日(土)
オールナイト上映があるので調整は休みだったのだが、TOHOシネマズ六本木での相対性理論のPVやライヴ映像特集上映の上映前トーク。一昨年末のYCAMでのライヴ映像もあり、その翌日に行ったPV爆音上映がきっかけとなって始まったこの特集上映なので、それらの経緯の話などをした。しかし、チケットは先行発売の時点で即完だったとのこと。これらの映像もいつか東京でも爆音でやれたら。YCAMのライヴ映像は特によかった。本番もものすごくよかったのだが、こうやって残った映像と音は、また格別。なんだろう。魔法のようでもある。多くの人に観てもらいたい。




1月14日(日)
爆音のおかげでようやく体調も回復してきたので、夜の爆音調整の前にスーパーデラックスでのPHEWのライヴへ。開始が18時30分で、20時からは丸ピカで爆音調整だから、長くても最初の1時間くらいしかいられない。それでも久々のPHEW。しかし相変わらずスーデラの受付がスムーズではなく、開始20分前くらいに着いたのだが長い列ができていて、入場できたのが18時40分。もちろんライヴはまだ始まっておらず、奥の方にいた長嶌とPHEWと、いつものように病気話を。ライヴが始まったのは20分遅れくらいだったろうか。本日のメインのヴォイスパフォーマンスは後半なのでそれはまったく聞けないことが判明したが、PHEWのシンセのみの演奏での30分は、PHEWや自分や自分が聞いてきた音楽のさまざまな歴史がその場から立ち上がってきて、しかしそれが懐かしさや思い出としてではなくこれから先にあるもの、未来的な何かに化身して目の前に現れ、かつてそれらを聴いていた時の、今ではすっかり忘れてしまっていた感情や欲望や希望をたたき起こして新しい一歩を踏み出させるような、そんなさわやかな刺激に満ちた演奏だった。わたしは会場の端で聴いていたのだが、反対側の端から聞こえてくる音もしっかり聴こえ、音の空間が次々に出来上がってくる音響設計が、そんなことを思わせたのかもしれない。あとから知ったのだが、スーデラにあるマルチチャンネルスピーカーをフルに駆使しての演奏、音響設計だったとのこと。長嶌の設計によるものらしいのだが、いつかYCAMでマルチチャンネルの爆音システムを作ってもらって、長嶌にはそのための映画音楽、音響設計をやってもらってYCAMでしか観られないマルチチャンネル爆音上映とかやれたらと思う。



爆音調整の方は、PHEWのライヴの影響でとにかくもっともっといい音をというハードルがさらに高く上がったのだが、『夜明け告げるルーの歌』『マインドゲーム』『パプリカ』など、十分にそれにこたえてくれた。『パプリカ』の平沢進さんの音はPモデルをデビュー当時から聞いていたわたしとしては何度上映しても涙もので、しかもこの環境。何とも言えない気持ちになった。




1月15日(月)
早く起きられたら『泳ぎすぎた夜』の試写にと思っていたのだが、目が覚めたら12時でどう頑張っても無理。諦めて15時30分からの『ウィンストン・チャーチル』に。ゲイリー・オールドマンの太りっぷりやチャーチルそのものになったビジュアルと、『ダンケルク』とのかかわりがどう描かれているかなど、いくつかの興味はあった。だが映画は普通に面白く、イギリスの面白いテレビドラマを見ているようだった。面白いシナリオをそのまま実写にしたという感じか。最初から最後までいい感じで登場するタイピスト兼秘書の女性が何が特別な活躍とかするのかと思ったのだが、さすがにそうはならなかった。そして問題のゲイリー・オールドマンは、特殊メイクの老け顔ですでに身動き取れず、表情はずっとメイクのままといった感じ。だがその分声の演技がさえわたっていた。目をつむって声だけ聴いているのが正解ではないかと思えるようなわかりやすくもあり、充実してもいる声の変化がこちらの心をとらえる。さすがにイギリス人俳優。『リンカーン』のダニエル・デイ・ルイスを思い出すが、たぶんダニエル・デイ・ルイスよりも通俗的でわかりやすい。そうでないとシド・ヴィシャスの役なんてやれはしない。だから、なぜか、シド・ヴィシャスがチャーチルの物まねをしているようにも見えて、最後に「マイ・ウェイ」とか歌いだしたらどうしようとかとも思ったりもしたのだった。そういえばダニエル・デイ・ルイスはポール・トーマス・アンダーソンの『ファントム・スレッド』で引退宣言をしたのだという。




樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。2/2まで丸の内ピカデリーアニメーション爆音映画祭開催中。1/27(土)にuplinkにて「爆音映画祭2018 特集タイ|イサーン」プレイヴェント Soi48モーラム・レクチャー&『花草女王』上映 を開催します。

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