boidマガジン

2018年02月号

樋口泰人の妄想映画日記 その61

2018年02月02日 12:02 by boid

boid社長・樋口泰人によるboidの業務日誌ときどき映画&音楽&妄想日記。今回は1月16日から31日までの日記です。梅田クラブクアトロでのグラムロック爆音ではライブハウスならではの極太音で、丸の内ピカデリーでのアニメーション爆音では適音に音調整。試写では『リメンバー・ミー』『L for Leisure』『マンハント』『悪女』そしてイーストウッドとスピルバーグの新作も。新たなプレーヤーに浅川さんからの改造カートリッジも加わりレコードを聴く環境は完璧に。




文・写真=樋口泰人

ようやく少し体調が戻ってきた1月後半。気が付いたらもう1月が終わる、という浦島太郎状態で、身の回りもガンガン変わっていて、まあ今年はひとりで勝手にやらしてもらうしかないよなあ、という気分でもある。それはそれで気持ちよし。「ロックは60から」と、ワイヤーの東京公演のブルース・ギルバートを観た大竹伸朗さんがつぶやいたが、あのときのBGは本当に何の衒いもなく普通に、さらっと、当たり前のようにギターを弾いて轟音を渋谷クアトロ中に響き渡らせていた。強がるわけでもなく、ただそこにある何かにちょっと手を加えるだけで物事は大きく変わる。あの轟音は今でも脳内で響き渡っている。




1月16日(火)
大阪へ。梅田クラブクアトロでの爆音上映。その前に急きょboidで配給することになった宮崎大祐監督『大和(カリフォルニア)』の関西宣伝の件で打ち合わせ。さまざまな関西映画事情も聞く。東京では4月7日から新宿K’sシネマにて公開が決まっている。タイトルだけ見ても想像がつきにくいかもしれない。だが神奈川県大和市のことを知っていれば、腑に落ちるタイトルである。「厚木基地」と呼ばれているアメリカ海軍と自衛隊が使用している基地は、大和市と綾瀬市にまたがっているのだ。つまり、大和の中のアメリカの物語であり、大和とアメリカがどう関係するか、その関係の中から生まれる何かを見つめる物語である。「ヤンキー、貧困、基地、ヒップホップ」とかってキーワードを並べるとまるで空族の映画のようでもあるのだが、こちらは、日常のさりげない主人公たちのやり取りの中でどこまでも引き延ばされていくかのような何でもない時間が流れる。気が付くと頭の上でジェット機の音が聞こえている。ドン・キホーテの店内が夢の国のように見える。

そして15時過ぎからクアトロにて爆音調整。『ジギー・スターダスト』と『ボーン・トゥ・ブギー』の2本を。梅田クアトロの音はライヴハウスらしい極太の音が出て、それだけでうれしい。とにかくどこでも聞くことのできない、ここだけの音。どちらの作品も元々の温室がそれほど良くはないため、音を上げると高音が若干ひずむ。そこも含めて、ああ、ロックを聴いたという気分になる。あらゆるものがレミー・キルミスターのベースのような音が基本、ということである。たぶんきっと大和市にも、頭上はジェット機、地下からはレミーのベースが響いているはずなのだ。とにかくこの2本の爆音はすごかった。地に足が付いた。1年じゅう、ここで上映したいとさえ思った。エルトン・ジョンも狂っていて、『キングスマン:ゴールデン・サークル』に登場した小林幸子みたいなエルトンを、ピアノひとつで吹っ飛ばしていたし、でもだからこそあのエルトンもオーケーなのだと、ピアノに向かう丸まった背中が語っていた。泣けた。


1月17日(水)
本日もクアトロでの上映があるのだが、諸事情あり尼崎へ。阪神の方ではなくJRの尼崎方面。こちらはまったくの人工都市な風景が広がっていて呆然とする。その後京都へ。3月に行う京都みなみ会館での爆音上映の打ち合わせなど。終電ちょっと前の新幹線で東京に戻る。


1月18日(木)
昼からWWWの事務所にて、タイ爆音の最終打ち合わせ。ようやくタイムテーブルが決まる。普段は映画の上映など行っていない場所なので、映画館とはできることが違う。休憩時間などの設定、爆音調整の準備時間、ライヴのセッティングなど、細かなことを確定させないと全体のスケジュールが決まらないのだ。本当は年末には確定させて前売り券も年明けすぐに発売という予定だったのだが、まあそうは思い通りにならない。

夜は丸の内ピカデリーにて爆音調整。『宇宙戦艦ヤマト2202』の4本を。1作目はセリフのバランスに苦労した。2作目以降は1作目とは音のバランスが違っていて、楽に調整できた。しかしどれも予想外に面白く、というか後を引く作りになっていて、これは観始めたら最後まで止まらないだろうなあという、ファンたちの心理を知ることができた。アニメだからこういう作り方ができるのか、実写だとそれは無理なのか。いずれにしてもこれで今回の丸の内ピカデリー爆音映画祭の上映全作品の調整が終わる。ツイッターにも書かれているのだが、爆音と言いつつ、本当に適音なのである。これくらいがちょうどいい。爆音感を感じられない爆音上映こそ爆音上映の極み。贅沢極まりない上映である。


1月19日(金)
前夜に爆音調整があったのにもかかわらず、朝9時からの予定を入れてしまった自分を恨む。税務署へ。社長はつらいよ、というところである。その後、『リメンバー・ミー』試写。期待が大きすぎた。以前この日記にも書いたアメリカ版のポスタービジュアルを見て以来、頭の中では完全にジェリー・ガルシアのギターが鳴り響いていた。限りなく澄んで透明で、宇宙の果てから聞こえてくるようなギターが脳天から足元へとわたしの身体を貫いて、一瞬のうちに死者の国を一望する。そんな映画だと思っていた。いや、そんな映画を妄想する私が悪いのだが、普通に面白い映画だった。歌も音も普通に楽しめた。だから問題ないのだが、せめて『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』くらいの狂ったアレンジをしてくれていたら。またどこかで『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』を爆音上映できたらいいのだが。




1月20日(土)
12月半ばにプレーヤーが壊れて以来まったくレコードを聴けていなかったのだが、ようやく新たなプレーヤーが届く。今回は前回の反省から、同じ中古でも現行品の中古を。定価の3分の1以下の金額で仕入れたのだがそれでも貧乏人にとっては痛い出費で泣きそうなのだが、数万でこれから楽しい人生を送れるのだと考えたら全然安い買い物である。レコードも同様。何もリアルタイムで、いいものすべてを聴く必要はまったくない。30年後、40年後に出会う音楽があったっていいのだ。しかも1000円以下でも手に入れられたりする。若いころの不勉強は案外老後に大きな楽しみを残してくれる。もちろんそんな音楽との出会いを受け止められるかどうか、そこが一番の問題なのだが。

Laura Lee『Two Sides of Laura Lee』。ゆったりとした中音域ととろけるような高音のギターにストリングス。ローラ・リー独特のハスキーな声がそれらの上を舞う。ありがたい、としか言いようがない。モータウンのウィリアム・ウィザースプーンの見事なプロデュース。ミュージシャンとプロデューサーの運命的な出会いって、こういうことを言うんじゃないだろうかとさえ思う。72年のリリース。






1月21日(日)
サラ・ダッシュ、ノナ・ヘンドリクス、パティ・ラベルによるLABELL『Moon Shadow』。これも72年のリリース。この時点でキャリア10年ということになるのかな。もう何でもやれる。ザ・フーからキャット・スティーヴンス、それから自身の手による曲。特に9分以上にも及ぶアルバム・タイトル曲の大胆な展開には、作者のキャット・スティーヴンスもあきれているんじゃないだろうか。でもこれくらい平気でできる。こんな人たちと仕事がしたい。いや、どんな仕事かと言われると困るのだが。





そしてこの後に続くノナ・ヘンドリクスの「Touch Me All Over」がまた絶品で心を鷲掴みにされる。

Lou Rawls『You’re Good For Me』。68年のキャピトル・サウンド。録音スタジオの空間がそのまま目の前に出現したかのような、音の広がりと響き。ストリングス、コーラス、ドラム、ピアノ、ギター、ベース。どれもが今そこにあってそれぞれの場所を保ちつつ、ほかのすべてと溶け合ってひとつのものになる。同じころ、デトロイトほかで暴動を起こしていた黒人たちは、このアルバムをどんなふうに聞いたのだろう。そしてサンフランシスコに集ったヒッピーたちには、この音は届いたのだろうか。




1月22日(月)
雪。午後から弱まったのかと思っていたら、細かい雪が大量に降っていて、あっという間に積もった。雪の中清里から客人が打ち合わせにやってきて、清里の地ビールを持ってきてくれた。空族の野望の実現のため、どうやればなんとかなるのかという話。楽しいが、死ぬほど金がかかる。客人は雪がやばいからと急いで帰ったのだが、あとから聞いたら10時間かかったそうだ(通常なら3時間ほど)。





夜は、井手くんとビーサンのライヴに行く予定が、それも雪のために中止になった。高田馬場駅は入場制限との知らせもあり、副都心線の西早稲田駅から帰宅。むちゃくちゃ混んでいた。こういう日は遅くまで遊んでいた方が正解、という話もあって、事実そうだったのだが、寒すぎてとにかく帰宅してぬくぬくしたかった。

帰宅後は遠藤麻衣子監督『TECHNOLOGY』と『KUICHISAN』のサンプルを観た。ガレル初期、ロバート・クレイマー、ジャームッシュ『パーマネント・バケーション』、ベン・ラッセル、ベン・リバースなどを思わせる映画の境界線にある映画だった。だがそれらより確実に「語り」への意思はあるように感じた。「語る」上でどうしてもこうなってしまう、自らに働きかける「映画」からの語りの要請を受け入れて形にするとこうなる。これまでの映画の語りのルールを壊すのではなく、さらに進化させるとこうなる、というような新しいやり方を徹底して精度を高めたうえでのサンプルのひとつと言ったらいいだろうか。あらゆるものに対する距離感が絶妙だった。その距離感によって、ルールの隙間をするりと抜けていく、そんな爽やかさえ感じた。


1月23日(火)
恵比寿映像祭で上映される『L for Leisure』の試写。前夜の遠藤麻衣子さんの作品を思い起こさせもする境界線の映画。映画の境界線を意識しつつその出入りを楽しんでいるような冷静さと余裕を持つ。この映画の背景には、アメリカの新しい映画が脈をなしているような、そんな風にも思えた。実験映画の系譜だけではない、ウェス・アンダーソンやさらにはリチャード・リンクレイターにまで連なるような。これ1本でも相当視界が広がった。アメリカの自主制作映画における町山智浩くんみたいな人がいてくれたら、さらに視界が広がりいろんなものが見えてくる気がするのだが。

その後、事務所に戻り春からリニューアルを考えているboidマガジンの打ち合わせ。アメリカのヒップホップの流れを見ても、無料配信というのはいい。もちろん書き手は大変である。だがそれに乗れるかどうか。2年後、3年後には必ず何かへと繋がっていく。それがboidマガジンのギャラだと思う。それを信じられるかどうか。信じられるやつらがまずは集ってくれればいい。3年後には爆音を超えるboidの主力になる(きっと)。


1月24日(水)
土居くんとすでに1年半後の企画についての打ち合わせ。もう訳がわからない。そしてタイ爆音で招聘するミュージシャンたちのヴィザの最終書類ができたとの知らせが来て、弁護士と打ち合わせ。

夜は久々のジョン・ウー『マンハント』。まったく前情報なしに見たのだが、日本を舞台にしていた。福山雅治主演ということも全然知らなかった。福山雅治は10年ほど前から大いに気に入っていて、確か黒沢さんにもいつか福山雅治主演でお願いしますと推薦していたのだが、やはりいい。ほら、やっぱり、とか深夜ひとりで頷いていた。だがそれ以上にこの映画は、最後のハッピーエンドに主人公たちがたどり着くまでに死んでいった女たちの映画だった。彼女たちの痛みと悲しみなしにはこの映画はあり得ない。ひとりひとりを抱きしめたい。まさかジョン・ウーの映画でこんな思いを抱くなって思いもしなかったが、世界中の多くの監督たちが、男たちが作ったこの世界の終わりを実感しているのに違いない。もちろんそこには男たちのロマンティックな思いも十分に込められているのだが。




1月25日(木)
朝、ヨーグルトの中にイチゴを入れようとしたらこんなのがパックの奥から出て来た。これは「当たり」なのか「ハズレ」なのか。



『悪女』という映画を観た。ネット上で、トンネルの中のオートバイのアクションシーンが話題になっている映画だ。映画全体を観ると、そのオートバイシーンはほんの一部。それも前半にあって、クライマックスでもない。序章のようなものであり、映画を観てもらうためのご挨拶のようなものでもあった。それくらい派手なアクションシーンは盛りだくさんなのだが、中盤は完全にメロドラマになっていた。どこか『シェイプ・オブ・ウォーター』にもつながる、運命の列車が走り出してしまった感じ。「悪女」というタイトルの意味は分かりかねたのだが、国家が作った厳格なルールの中で生きざるを得ない者たちが次第に、自身の思考と行動を獲得していく。そのための時間が中盤にたっぷりと取られている。静かに、回り道をしながら、戸惑い逡巡しながら時間が流れる。アクションはその回り道する時間の添え物のようでもあった。




1月26日(金)
わたしにとってシル・ジョンソンといえば何と言っても「Annie Got Hot Pants Power」なんだけど、そのシングルはちょっと前に手に入れたので、「Is It Because I'm Black」を。ホット・パンツ・アニーがイケイケのジョンソンならこちらは、ダークすぎるジョンソン。プレーヤーが変になったかと思わせるくらいには遅い。ギターの入り方が絶妙すぎて胸がちぎれる。乾きすぎたスネアの音が涙を誘う。テンション高くてもダークでも、結局はご機嫌すぎてありがたいとしか思えない。いつか『ベイビー・ドライバー2』が作られる時がくるとしたら、主人公の保護者的立場だった聾唖の老人が、老人ホームでシル・ジョンソンをかけてみんなを踊らせてるシーンとか入れて欲しいと願う。そういえばシル・ジョンソンが流れる映画はあったのかと思い出そうとするのだが、簡単には思い出せない。確かドイツ映画のレストランの物語の中で流れていたはずなのだが、タイトルは記憶の彼方。
とはいえ、「ドイツ映画」「レストラン」「ビターズエンド」という記憶の断片をネットに投げると即行で『ソウル・キッチン』という答えが返ってくるからすごい。確かにその映画である。



そういえば日曜日(21日)に高円寺を散歩していたら見つけた中古屋で、ルーサー・イングラムの『Let's Steal Away to the Hideaway』を買ったのだった。76年のアルバム。A面1曲目のタイトル曲が流れ始めた瞬間から胸が締め付けられる。演奏のバランスが絶妙で、天と地の巨大な広がりの彼方からルーサー・イングラムの歌声が聞こえてくる。圧倒的に小さな個人の小さな声が集まって、時を経て現在に振り降りてくるといったらいいか。盤質も良好。980円で極上の幸福を手に入れた。




1月27日(土)
いくつかの原稿を仕上げ、夜は2月のタイ爆音のプレイヴェントのためアップリンクへ。『花草女王』の上映とそのモデルにもなった、タイの人間国宝もーラム歌手チャウィーワン・ダムヌーンさんについてのレクチャー。映画がめちゃくちゃ面白いので満席の会場がたっぷりと温まっている。トークではsoi48がチャウィーワンさんとモーラムの歴史を教科書的な語りではなく、ゴシップも含めた裏話を軸に次々に語り、あっという間に1時間がすぎた。当初は40分くらいという予定が、おそらく80分くらいになったのではないだろうか。この日のわたしの結論としては、チャウィーワンさんがタイで大ヒットを飛ばすスターだった頃からはすでに50年ほどがすぎてしまったが、でも今からそれを聞くのでも全然遅くない。3000年後の人から見れば、2000年代の50年なんて完全に同時代。誤差にもならない。モーラム聞いて、我々は3000年後にぶっ飛べばいいのである。それだけのことだ。






1月28日(日)
ナンシー・シナトラ「シュガータウンは恋の町」を手に入れる。まあ、どこの中古レコード店でも結構売っている日本盤で珍しくもなんともないのだが、盤質がいいのに当たることが少ない。ナンシー・マニアのわたしは気になると買うのだが、ついに満足いく盤質のものに出会えた。日本盤はアメリカ版に比べて迫力には欠けるが、盤質がいいとそれぞれの楽器の音が際立ち、それに伴ってナンシーのやる気のない歌が逆にこうでなければいけないと言いたくなるくらいに、胸に突き刺さってニヤニヤするばかりである。



ミカ・カウリスマキ『ティグレロ 撮られなかった映画』のサンプルを見る。ジム・ジャームッシュが監督のミカ・カウリスマキとともにサミュエル・フラーをブラジルへと連れていく。かつてダリル・フォン・ザナックの資金でシナリオハンティングまでしたものの頓挫した映画の、舞台となるはずだった場所を、40年ぶりに尋ねる、というストーリーである。ドキュメンタリーだが、フラーとジャームッシュとの会話は絶対にフラーの演出があったはず。いや、フラーが語り始めると現実だろうがフィクションだろうが、とにかくそこで何かが起こり山があり谷がある何かしらストーリーが出来上がるのだ。ということをあからさまに冒頭から見せてくれる。そして最後にはそれがジャームッシュに引き継がれるという流れ。この作品が作られた25年前、フラーがシナリオハンティングをしたそれからさらに40年前。つまり65年の月日が流れる。30年後に見たら95年の月日が流れるということだ。そうやって永遠につみかさねられていくはずの時間が、この映画にはあらかじめ仕込まれている。もちろんそれこそがフラーの映画の面白さにもつながっていくのだが、ジャームッシュとミカ・カウリスマキという同世代の当時の若者が、自ら喜んでその時間の渦巻きと入ったら引き返せない堆積の中に足を踏み入れていく。終始ラモーンズのTシャツを着ていたジャームッシュがラヴリーだった。


1月29日(月)
イーストウッドの新作『15時17分、パリ行き』とスピルバーグの『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』。もう、何年に1度あるかどうかという豪華試写2本。贅沢すぎ。この2本だけで今年1年を過ごしてもいいとさえ思う。イーストウッドの方はまだ内覧試写で、観たことを呟いてもいいが、内容に関してはまだNGとのことなので追ってどこかで。ただかつて観たことないイーストウッド映画の断片がいくつも散らばっていたとだけ言っておく。すごすぎてのけぞった。しかし例によって地下鉄を乗り過ごし、しかも駅の出口を間違えて、試写会場までいい歳してダッシュ。このアタフタぶりは死ぬまで治りそうにない。

スピルバーグの新作は前情報だけで言えば、現実の新聞業界を舞台にした政治サスペンス、みたいなことになるのかもしれないのだが、で確かに、70年代始めのベトナム戦争の行き詰まりを背景にした政治と報道との息詰まるようなやり取りがあるのだが、それ以上にこれはひとりの女性の物語だった。夫の死によってワシントン・ポスト紙のオーナーという責任を負わされてしまった女。夫さえ生きていれば、何も考えず男たちの言うがままに人生を送り、それはそれで楽しい人生となったはずの女が、オーナーとなった故にいつしか自身で考え、決断し行動を起こすようになる。ツイッターにも書いたのだが、サークが提示してそれを観たファスビンダーが夢想したような、自ら思考する女性の映画。しかもそのように教育されたのではない人間が戸惑いと逡巡の末、爽やかな決断をする。決断の理由はとてもシンプルだ。あーだこーだ言う男たちの言葉は彼女のシンプルさと小ささによってすべて崩れ落ちる。男たちが大声で語った壮大な物語は消えて、その大きさの中で戸惑うばかりだった女の小さな決断が世界を変える。そこには映画の中でかつて描かれたはずの数えきれない女性たちの幸せだったり不幸だったりする人生が詰め込まれているように見えた。『幸せをつかむ歌』のメリル・ストリープといいこの映画の彼女といい、かつてはどうにも好きになれなかったメリル・ストリープにこんなに心動かされる時が来るとは自分でも思いもしなかった。人は変わる。六本木ヒルズ脇のビルからはエアコン室外機が出すのだろうか、雲のような水蒸気が空に向かっていた。






1月30日(火)
この日も試写に行く予定が、昨日の2本でもうすべてがどうでもよくなりこんな時に観てもあの2本と比べてばかりいてろくなことにならないと言うことで、事務所にて溜まっていた仕事を。boidの事務所は2階にあって、1階が通常の事務所だったり個人宅だったりしたらそこでも暖房をするので、床下からも自然に温まって来るのだが、なんとboidの事務所の下は倉庫兼写真撮影スタジオみたいなところで、普段は人がいなかったりする。つまり、階下からは暖気ではなく冷気が事務所を襲う。いろんな対策を試みてはいるのだが、未だ目立った効果なし。石油ストーブ、ガスストーブあたりを導入しないととマジで思う。

夜はEDDIE FLOYD『down to earth』。タイトル以上に荒々しい。バックのMG'sの面々が地中から死者たちさえをも呼び起こそうと大騒ぎしている。われわれは死者とともに生きている。騒がしくもバカバカしくもあるその振る舞いを、彼らの音が祝ってくれる。何しろ1曲目から、完全に行かれてしまったとしか言いようのない始まりを持つ「People get ready」なわけだから。




1月31日(水)
月末だと言うこともあってか、金曜日気分であった。今日働けば明日は土曜日。たとえ仕事があったとしても他人のペースではなく自分のペースで仕事ができる。それだけでも違う。月曜日にマジで走ったせいか腰も痛い。でも水曜日だった。
昼に、札幌から丸の内ピカデリーの爆音を観にきた客人と昼飯を食うことになり、銀座に来た時に普通に行く店に連れて行って欲しいと言うのでナイルレストランへ。あのムルギーカレーは一度食っておいたほうがいい。と言うことだったのだが、なんと休み。3月まで従業員がインドに里帰りとの貼り紙あり。この寒さから避難したのだろうか。愕然としたのだが、カレーつながりで「スイス」のカツカレーを。いつもレジを仕切っていたおばあちゃんの姿が見えなくなって寂しい。

事務所に戻ると浅川さんから改造カートリッジが届いていた。壊れていたモノカートリッジの修理も済んで、そちらも同封。すでに家に帰りたくてたまらなくなる。しかも寒い。とは言えいろんなことが起こる。トラブルも発生。いくらなんでもそれは勘弁してくださいという企画も降ってくる。男の子たちの凌ぎ合いからはさっさと手を引くに限る。わたしはやらないよ。



その後、「俚謡山脈」名でDJ活動をしているふたりがやってくる。boidマガジンでの新連載の話。もちろん民謡の連載となるのだが、どうして彼らが民謡にはまったか、その出会いの話がむちゃくちゃ面白かった。連載はそこから始まる。その人なしでは今の彼らはない、という民謡界の最重要人物の命日が3月なので、その命日に連載第1回をアップして、そこから2年くらいかけてその人物が残した巨大な遺産に行き着くまでをひとつの形にして、その後その遺産をどうするかと言う展開へと繋げられたらという話になった。
彼らの紹介文としてはここがわかりやすいだろうか。
https://www.m-on-music.jp/0000149774/

2年後への想いを馳せつつ1月が終わる。カートリッジがいい音を出しすぎて、もうこれ以上書くことはない。皆既月食だった。帰宅途中の人々が道端で立ち止まり、スマホで空の写真を撮っていた。やってみたがうまくいかなかった。





樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。2/2(金)まで「丸の内ピカデリーアニメーション爆音映画祭」開催中。2/10(土)よりはじまる「新宿ピカデリー爆音映画祭」の見どころを井手健介さんと紹介するトークショーを、2/5(月)20時より爆音映画祭のfacebookページにてライヴ・ストリーミング配信。2/8(木)にはアナログばか一代も。

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