boidマガジン

2018年02月号

樋口泰人の妄想映画日記 その62

2018年02月20日 12:27 by boid

boid社長・樋口泰人による2月1日~8日の業務日誌ときどき映画&音楽&妄想日記です。新しいカートリッジが届いたばかりなので引き続きレコード三昧。映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』(冨永昌敬監督)『スリー・ビルボード』(マーティン・マクドナー監督)『ワンダーストラック』(トッド・ヘインズ監督)、そしてNetflixで配信中の『DEVILMAN』(湯浅政明監督)のことも。




文・写真=樋口泰人

2月1日(木)
昨日届いたカートリッジがあまりに良くて、昨夜はあれやこれやとレコードを引っ張り出してただひたすら聴いていた。このカートリッジで手持ちのレコード全部を聴き直したいくらいである。それくらい根本的な部分で音が違う。キャスリーン・ビグローの『デトロイト』のおかげでやっぱりテンプテーションズいいなあと、このところずっとテンプテーションズのアルバムを聴いていたのだが、先日は『WISH IT WOULD RAIN』を買った。だが、あのハスキーな声の高音が単にひずみにしか聴こえず、おそらく盤質も相当悪かったに違いないのだが、もう、耳をノイズキャンセリングマシンみたいにして、オリジナルを想像しながら聴いていたという次第。こんなことならCD買ったほうがいいじゃないかという元も子もない話になる。だが、このカートリッジで聴いてみると、もちろん盤質の悪さはあるものの、ちゃんと聴こえるのだ。いよいよこれからロックの時代に入っていくテンプテーションズの乾きが、それぞれの楽器、歌声から的確に飛び出してきて、気がつくと目の前には肥沃な砂漠が広がっている。レコードのノイズがその砂漠のひと粒ひと粒の砂となって砂嵐が巻き起こる。レコード盤の歴史が半世紀前に作られた楽曲とひとつになって新たな風景を作り上げるのである。こんなことはCDではあり得ない。


なんてことをしていたら明け方になり、当然ようやく11時くらいに目覚め。以前なら確実に昼過ぎまで、というところだが残念なことにもはや長時間睡眠する体力がない。なんとか起き上がり事務所にて各所への諸連絡。そして冨永昌敬新作『素敵なダイナマイトスキャンダル』。同じ題材を50倍くらいの予算で富永が撮ったらどうなるか。そんなことをひたすら夢想させるような、この作品だけにとどまらない大きさを持っていた。富永には早く東宝作品を撮って欲しい。多分何かが全然変わる。瀬々くんが『8年越しの花嫁』で大ヒットを出す時代である。今こそ冨永の出番であるとマジで思っているのだが。この映画もあと10倍の予算があったら、まさに「素敵な」映画になっていたはずだ。前田敦子はすごくいいと思ったが、後半、辛い場面しかなくて寂しかった。事実がそうだからそれ以上描きようがなかったのだとは思うが、彼女のいくつもの人生の可能性のようなものが見えてこないのはやはり悲しい。ただ、爆死したお母さんが最後も出てきて子供たちの頭を撫でるシーンは、この物語からは見えてこないお母さんの別の人生が見えてくるようでドキドキした。




2月2日(金)
止みそうで止まない雪の中、午前中は某所で某企画のミーティング。できれば年内に形に、ということになる。いい話ができた。今年のお楽しみのひとつである。楽しみ以外の何物でもない。boidマガジンからもいくつかの企画がまとまって別の形になっていくが、まさかのアナログばかからこんなものが生まれようとはと、ひとりでニンマリとする。でも型になったらなったで、それがアナログばかから生まれたものとはほとんどの人が思ってくれないに違いないのがあらかじめわかっているところが寂しい。でもまあ、そういうものだ。

夜はようやく念願の『DEVILMAN』を。『ツインピークス』と言い、『DEVILMAN』といい、こんなものがお茶の間で見れたら人は相当なことでないと映画館には行かない。あるいはこういうものが刺激になって映画館に行く人も増えるかもしれない。それをどこで見るかは別にして、こういったもののおかげで映画に興味を持つ人は確実に増えるわけだ。
湯浅監督のアニメでいつも気になるのは監督としての湯浅さんの立ち位置である。ひとつの作品の中で湯浅さんは何をしているのだろうか? ストーリーを作る、絵を描く、構図や構成を決める、色合いを決める、音響の指示をする。具体的に考えて行くと実写の監督と似たようなものではないかと思う。違うのはそこにカメラがないこと、声優はいるが俳優がいないこと、自然の背景がないことか。つまり「現場」と呼ばれる場所がなく、そしてそこでの偶然の出来事や、あるいは予定していたのにできなくなってしまうことによってのその場での判断といった即興性といったようなものがない。確かにそうなのだろう。だが『DEVILMAN』を見ると、なんだか実写の現場にしかなかったはずのようなものが見えてくるのである。ほとんどアニメというものを見ていないまったくの素人考えではあるのだが、「アニメの現場」というのがあるのだ、たぶん。描かれたもの、出来上がって来たキャラクター、アフレコされた声優たちの声、背景の音や音楽。それらを見たり聞いたりすることで広がる世界と、湯浅さんは対話しているに違いない。そこには画面には映らない数えきれない生き物たちがいて、それぞれがそれぞれの物語を語り始める。もちろん画面に映るキャラクターたちも自分たちの物語を語り不平や不満を漏らす。そのすべてを、数が多すぎて明確な言葉にはならないノイズとしか言いようのないものすべてを聞き入れて体内を駆け巡らせ、ひとつの決断を下す。その結果が『DEVILMAN』となる。もはや2次元などとは言わせない。ヴァーチャルでもない。単にこれがリアルなのだ。世界がそこにある。実写の時代の人間たちが思い描いた「世界」とは別の、リアルな世界がここには広がっているのである。




2月3日(土)
終日原稿書き。イーストウッドの新作『15時17分、パリ行き』のパンフレット用原稿。この映画についてということではなく、監督クリント・イーストウッドをいくつかの時代に分けて振り返って欲しいという要望。記憶はすでに朦朧、曖昧、全部の作品を見直すには作品数が多すぎるので、資料を見ながら記憶と照らし合わせていく。某所からいろんなばかな連絡が来て、それらとばか話をやりとりしながらの原稿なのだが、もともと多動症、集中して一気に何かをすることはまったくできないので、ちょうどいい。しかし結局一歩も外に出なかった。

そして『DEVILMAN』の続きを。もはや実写の映画でもアニメでもない「DEVILMAN」としか言いようのないものになっていた。「映芸」ベスト10号からアニメが外されたその意味はよくわかるが、果たしてこの『DEVILMAN』はどうだろうか?



2月4日(日)
昼くらいに起床。ぼんやりとしていたが、昨日行けなかった『スリー・ビルボード』へ。例によって開始時間ギリギリ。ユナイテッド・シネマとしまえんは、休日で公開したばかりの映画でもちゃんと座席がある。映画館にとってはあってはならないことでもあるだろうが、予定が決められないダメな観客にとっては非常にありがたい。似たような連中が、ここには集っていて、時々偶然(いや必然的にか)出会う。
『スリー・ビルボード』はもうちょっとで『レディ・ガイ』や『ウィンターズ・ボーン』みたいな相当やばい映画になったはずのところを常識の範囲内で語っていた。これまでなら一番狂っていたはずのウディ・ハレルソンが案外いい人の役なのは思わずにやりとしてしまうのだが、物語の展開を最後まで見ると、狂っているくせにいい人になっていたウディ・ハレルソンがいなくなってから、ようやく少しずつ世界がまともさへ向けて動き出すことになるわけだから、やはりハレルソンは狂っているということになるのだろうか。フランシス・マクドーマンドも相当おかしいが、例えば、スティーヴン・ザイリアンの『シビル・アクション』で弁護士のジョン・トラヴォルタに調査を依頼する女性の圧倒的で極めてあっさりとしたシンプルゆえに強力な態度と比べると少し人間的な部分を描きすぎているような気がした。家庭の話とかはあまりせず、いきなり火炎瓶でいいじゃないか。そこで一気に彼女の家庭環境が、火炎瓶の炎の中に見えてしまう編集と演出こそが映画ではないのか。そしてその炎の中でウディ・ハレルソンがニヤリと微笑む。そんな悶絶シーンが見たい。まあそんなどきどきするような展開だったら、さまざまな賞レースのスタートラインにさえ立てなかっただろうけど。それに比べると『レディ・ガイ』のシガニー・ウィーバーは、完全に人間離れしていた。あの硬直した姿勢と引き攣った笑いだけでその背景のすべてがそこに浮かび上がる。それでいいのだ。もちろん、『スリー・ビルボード』の物語の最後を見ると、これくらいの人間ぽさでちょうど良かったのだとは思うのだが。その最後、まるで『わらの犬』のように、帰り道がわからなくなったはずなのにぼんやりとしかそれに気づいていないふたりの醸し出す空気感は、なかなか良かった。



その後ユニオンでレコードを何枚か。ジョニー・アダムスの『SOUTH SIDE OF SOUL STREET』はかつてP-VINEから出ていた日本盤で、SSSレーベル時代のシングル集。わたしの持っているオリジナル・アルバムと曲はだいぶ被っているが、未収録曲が6曲ほど。いずれにしてもこのジャケットを見たら買わないわけにはいかない。聴き比べてみるとオリジナルのアルバムの方がやはり中音域が太くがつんとくる。レコード盤の厚さも全然違う。これは一体どうしたことかと思うくらい違う。日本盤の音が悪いわけではない。オリジナル盤から出てくる音が抱えているものが大きすぎるのだ。もうこのままニューオーリンズにひとっ飛び。3月中旬は少し時間があると、悪魔の囁きが聞こえてくる。

 




2月5日(月)
boid配給4月公開の宮崎大祐監督『大和(カリフォルニア)』の関係者試写。急に配給が決まった作品で現在もチラシをはじめ宣伝告知の準備作業真っ最中。本日も試写中に諸々の打ち合わせをしてようやく少し整理がついてきた。試写会場に戻る際、打ち合わせをしていた喫茶店のテーブルにあったガラスのカップをコートで払い落としてしまう。本当にすみません。こんな不注意の客にも迷惑な顔ひとつ見せない店の方たちに感謝。
夜は10日から始まる新宿ピカデリーの爆音映画祭の告知のため、FBでの生中継配信を。井手くんを迎えてboid事務所にて。20作品もあるので、1作品5分の解説をしても100分。さすがにそんな長い時間を中継見ながら付き合ってくれる人はいないだろう。長くてもその他の告知も入れて90分。それでも長いがまあ、それ以上短くするとそれはそれでわたしがダラダラと話す面白さも消えてしまう。そのあたりの塩梅が難しいのだが、とりあえずテンションを上げつつもダラダラと。ほぼ90分でなんとかなった。新宿ピカデリー爆音映画祭のFB内にアーカイヴもあるので、全部でなくてもいいので、ちょっとだけのぞいていただけたら。



MAXINE BROWN『We'll Cry Together』。そこそこのヒットはあったものの報われず、70年台前半でほぼそのキャリアを閉じてしまった彼女の69年のアルバム。アルバムタイトル曲でもあるA-1がいい曲なのだが、なんとレコードの端の一部が反っていて、どうやっても針飛びがしてしまう。かなりはっきりと波打っているのでどうしようもない。それでもプレーヤーのあンチスケーティングのダイヤルを最大にするとだいぶましになるのだが、果たしてこのダイヤルはこういう使い方をしていいものなのだろうか。
それはそれ、彼女のあまり歌い上げない、当たり前のようにするりと歌を歌うときの曲が好きだ。もしかするともっとどうにかなったかもしれない歌手としての活動の半ばで消えて行った彼女のキャリアをも思わせる。消えていくこと自体はそれほど大したことではないと思っているかのような、でもそのことに対して投げやりでもなく、単に当たり前のように消えていく、普通に消えていく。そんな未来をあらかじめ含んだ現在の歌が聞こえてくる。同じ不運な人生でもキャンディ・ステイトンのような悲しい物語が見えてくるわけではなく、たとえそんな悲しみや痛みを抱えていても、それらも「普通」の出来事として受け止めて生きていく。その意味ではあまり歌手らしくなかった人なのかもしれない。


しかし、同じ69年にリリースされたシュープリームスの『CREAM OF THE CROP』と比べると、やはりこの時期のモータウンの洗練度がすごすぎて、もしマキシン・ブラウンがモータウンに入っていたらという可能性の残酷さに胸が痛む。CDで日本盤も再発された『Out of Sight』は確かデトロイトでの制作ではなかったか。




2月6日(火)
ぐずぐずしていたら試写に遅刻しそうになって、坂道を走るはめになりそうだったが、予想より試写室は近かった。走らずに済んだ。トッド・ヘインズ『ワンダーストラック』。これは原作の小説に書き込まれていたのだろうか? デヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」が何度も流れる。しかも部分的に、冒頭のギターから「Ground Control to Major Tom」というフレーズの反復の部分がほとんど。ああ、この頃はトム少佐だったと記憶がむくむくと湧き上がる。しかし物語は『スペース・オディティ』の69年ではなく77年が舞台で、そしてその50年前の27年の物語とも並行して語られる。それを観ているわれわれは、その90年のタイムスパンの中にいきなり放り込まれる。主人公の少年は、ある日雷に打たれて耳が聞こえなくなるのだが、27年の主人公の少女も耳が聞こえず言葉も発せない。そして無声映画の大女優を母に持つという設定。原作者は77年という設定を「雷によるニューヨークの大停電がヒントになった」というようなことを言っているが、ハリウッド的には『未知との遭遇』と『スター・ウォーズ』の年でもある。無声映画の大女優の名前がリリアンであるという設定を借りれば、グリフィスからスピルバーグ=ルーカスまで、ということになるだろうか。原作者は無声映画の終わりとトーキーの始まりの時代、そしてハリウッド・スタジオシステムの終わりとインディペンデント映画の始まりの時代、という区分けをしているが。いずれにしてもそれぞれのシーンにさまざまな映画のさまざまな断片が重なり合って、一体いつの時代の映画を観ているのかわからなくなる。時代と風景のジオラマとパノラマが画面を覆う。いきなり耳が聞こえなくなった少年は手話もできないから、紙にいちいち文字を書いてのコミュニケーションとなる。もどかしすぎるそのぎこちなさをじっと耐えながら観る。いったいなんなんだろうか。この不自由で少しずつしか物事が進まない、時に回り道もする、小さなことが積み重なって積み重なってようやく何かにたどり着く、この感じ。何かが生まれ続け、ほとんどはそのままどうにもならず、その中のほんの少しが何かにつながっていく。昆虫の人生のようなものが見えてくる。複眼で見た人生というか。そして最後にはこのアルバムの「スペース・オディティ」が流れるわけだが、このアルバムもまた、76年から77年にかけて録音されたものだった。

 




2月7日(水)
本日も試写に行く予定だったのだが、さすがに試写ばかりにいっていると会社としての事務仕事に支障をきたす。諦めて昼から事務所に行って諸事務を。夜は姫の誕生日ということで大久保にあるイスラム系のビリヤニ屋にて串焼き、ビリヤニ、クスクス。安くて美味くてボリュームもしっかり。ありがたい。姫は3月から家出するとのこと。年齢を尋ねたら24歳だった。そりゃあ家出くらいしないとね。

 
 



事務所にはヴァン・モリソンのニューアルバムが届いた。『roll with the punches』。ジャケット写真のボクサーは北アイルランド出身の現役ボクサーで、2009年に29歳でデビューというから相当遅い。その後約10年間で1勝15敗。どうしてこのボクサーのジャケットにしたのか、そのどこが気に入ったのか、インタビューなどはあるのだろうか。何れにしても相当マイナーなボクサーに違いないのだが、実はアイルランドでは有名なミュージシャンだったりもするのだろうか? 殴られている方のボクサーも北アイルランド出身。


しかしこの新作は、ジェフ・ベックのゲスト参加ということもあってか、近年になくパワフルである。ジャケット写真ですでにその気にさせられているのだろうか。クリス・ファーロウも参加した曲など、これまで生きてきたいくつもの人生の局面や断片が無骨に重なり合いながら、滑らかでもなくぶつかり合うのでもなく単にいくつかのものがそこに雑然とありつつその雑然さの微妙なバランスが世界のパースペクティヴを作り上げている老人力。聞けば聞くほど太くでかい世界が広がり始めるのでたまらない。




2月8日(木)
遠方からの客人を昼食に接待というか単にこちらの相談事を聞いてもらうために奢るだけなのだが、ポークビンダルーの話をしたらそれが食いたいというので高円寺の「豆くじら」に連れて行ったらなんと休みだった。先日は別の客人を東銀座のナイルレストランに連れて行ったら3月まで休みという張り紙。カレーに嫌われている。高円寺にはいくつか美味しいカレー屋もあるのだが、カレーに嫌われているとしたらろくなことがないので、いつもの高円寺市場内でガパオライス&牛肉フォーとなる。

夜はアナログばか一代。ファッツ・ドミノとニューオーリンズというのがテーマだったのだが、例によって始まりはその周辺をぐるぐると。直枝さんが持ってきたザ・バンドのモービル盤『ROCK OF AGES』の1曲目「Don't Do It」のあまりのご機嫌さに全員が拍手。まさにその場にいるような、湯浅さんはバンドの演奏の中にいるようなと言っていたが、とにかくもはや録音物を超えた圧巻のライヴ感に場内騒然、みたいな感じであった。そしてさらに呆れたのが、湯浅さんが監修したアナログはっぴいえんど『HAPPY END』45回転2枚組のヴァン・ダイク・パークスによる「さよならアメリカさよならニッポン」。なんかもう、何がどうなっているのかまったくわからない恐るべきバランス。多分この場所で、あのカートリッジでなければこうはならない。やはりこれもまた、圧巻のライヴ感と言うべきか。そしてその間に挟まれたファッツ・ドミノとニューオーリンズ。こう言うことのためにアナログばか一代をやっているのだと強く再認識した。次は4月。





樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。2/10(土)~3月2日(金)に「新宿ピカデリー爆音映画祭」が開催。また、2月21日(水)~24日(土)は渋谷WWWで「爆音映画祭2018特集タイ|イサーン VOL.2」も。

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