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2018年02月号

樋口泰人の妄想映画日記スペシャル 新宿ピカデリー爆音映画祭爆音調整レポート第1夜

2018年02月10日 16:40 by boid
2018年02月10日 16:40 by boid

boid社長・樋口泰人の連載「妄想映画日記」のスペシャル版。本日より3/2(金)まで開催の「新宿ピカデリー爆音映画祭」の爆音上映20作品の音調整は連日深夜に行われます。その調整によって各作品の見どころ聞きどころがどうなったのか、特別レポートを4日間に渡りお届けします。観賞前にぜひご一読ください。今日は調整初日の6作品について。




文=樋口泰人

2月9日(金)-10(土)
劇場の協力によって、8日の夜、そして9日の夕方から機材の設置ができたので、20時に私が到着した時にはすでに準備万端。まずは機材解説のフェイスブック配信を行ってからの調整。10日土曜日の朝一の作品から順番にやるのだが、『キングスマン』や『ベイビー・ドライバー』『アトミック・ブロンド』の爆音に耳が慣れてしまってからの、最後の『はじまりのうた』ではさすがにまずい、ということで、『はじまりのうた』は『シング・ストリート』の後に。ジョン・カーニー作品を続けてという順番にした。


『ラ・ラ・ランド』
今回の最初の調整。音を出してみて、ようやく、丸ピカとの会場の広さが全然違うことを実感する。座席数にして約半分。音が近い。冒頭の高速道路のコーラス部分は、どこの会場でやってもソロパートの音量感が足らずに苦労したのだが、ここだと目の前で彼ら彼女たちが歌を歌っている。すぐそこに彼らがいる。音像がくっきりと浮かび上がる。ただ、その分、長時間それを聞いていると耳が疲れてくることも実感。最初の設定よりだいぶボリュームを下げた。下げたのだが、最後まで聞くとそれでももうちょっと下げたほうがいいかと思えるくらいのボリューム感で、更に少し下げてバランスをとった。世界の広がりというより、それぞれの登場人物たちの部屋の中、頭の中に入った気分。ひとりひとりのほんのちょっとの動きや仕草が目に飛び込んでくる。彼らがそこにいるという実感を、音が引き連れてきた。



『シング・ストリート』
85年のダブリン。全然田舎である。ロンドンに憧れるど田舎の少年少女たちのダサ目のファッションや音楽から始まって、しかし歩みをやめない彼らの運動の軌跡とともに夢が完成されていく。もちろん音もそれに伴って洗練され大きくなり、最後にはありえない形でのロンドンへの第1歩が記されるわけだが、ダブリンからロンドンへという単純な運動の中に人生におけるあらゆる要素が入り込んでくる。音も当然複雑になり、たったひとりの音から世界のすべての人々の音へと変容を遂げる。これは私の音楽だとこの映画を見た誰もが思うような音へ。そんな音の変化が手に取るようにわかるようなバランスになった。また、主人公たちの会話の中でいろんなキーワードが交わされていて、その中で毎回気になるのは「ハッピー・サッド」という言葉。この映画の中心にあるイメージでもあるのだが、この言葉を聞くたびに、ティム・バックレイのことを思い出すのだが、監督は意識しているのだろうか?





『はじまりのうた』
こちらはニューヨークが舞台。『シング・ストリート』の少年たちがおっさんになった、というような設定でもある。夢見る時代はおしまい。ショボくれた話でもある。冒頭のバーのシーンでも、歌を歌う主人公たちの脇の方で、ガラスのカップの落ちる音がする。ああ、見えないところでやさぐれた誰かが酔っ払って人生に毒づいている。その音ひとつだけで、この映画の世界の設定が一気に見えてくる。『シング・ストリート』に比べて音の密度が全然違う。そして早い。で、次第にゆっくりとゆったりとなる。『シング・ストリート』と逆といえば逆の展開で、しかし後戻りではなく別の場所へ続く道が広がる。そしてそこまでたどり着くと、冒頭の割れたガラスのカップを誰が落としたのかも判明する。というわけで、まずは冒頭のバーのシーンに耳をすませること。



『キングスマン』
この場所と今回の機材設定にぴったりとハマる。大きな調整入らず、微調整のみ。そしてだいぶ音を小さくしていった。それでもまだ相当な爆音感になっているはず。音だけで手に汗握る。会場内は相当な熱量になると思う。最後の最後でサラウンドを少しだけ上げてもらい、全体のバランスをとった。これで場内全体の熱量は更に上がる。あのテキサスの教会の中に誰もが叩き込まれてしまうと思う。



『ベイビー・ドライバー』
  例によって冒頭のジョン・スペンサーでテンションが上がるのだが、解説中継でもいったようにここで調子に乗りすぎるとのちの音がきつくなって全体がガタガタになるので、ゆったりと入る。これくらいでいい。このちょうどよさが難しいのだが、ここをうまく乗り切ると全体が勝手に動き出す。最後のところのベイビーのお母さんの歌が、それまでのすべてを優しく包み込む。その柔らかな響き。そこにたどり着くまでの血みどろの音が一瞬で光り輝く世界の音へと変化する。今回は毎日上映するのでわたしも平日に1回は客として観てみよう。そして今回初めて気がついたのだが、ベイビーが捕まった時の看守をジョン・スペンサーが演じている。たぶん。誰か確認していただけたら。



『アトミック・ブロンド』
5日に配信した作品解説の時にも話したが、この作品だけは内容もまるでわからずただ単にポスタービジュアルを見ただけでこれは爆音でやりたいと、お願いしていた。そのくせ忙しくて観ることができなかったのだが、それでもお願いした。ようやく本日が初見。なんと、極端に言えば、デヴィッド・ボウイの映画だった。1曲目が「キャット・ピープル」そして最後の曲がクイーンとの「アンダー・プレッシャー」。ボウイに挟まれたシャーリーズ・セロン。89年のベルリンという設定がそうさせるのだろうか。クラブ・シーンでパブリック・エネミーの「ファイト・ザ・パワー」が流れ、その後、思わぬところでマリリン・マンソンが聞こえてきたときには爆笑した。いずれにしてもこの音だと、初見でも全然大丈夫。80年代末のちょっともっさりした音に合わせるかのように、『ベイビー・ドライバー』や『キングスマン』に比べると切れ味悪いアクションがラヴリーだった。これくらいでいい。音楽を存分に楽しめる。シャーリーズ・セロンがますます好きになった。こんな人に10代で出会っていたらと、訳の分からぬ妄想が広がる。アナログシンセっぽい揺れる太いシンセ音が時折小さく流れてきて、それを少し際立たせてもらった。この揺れに乗せて妄想が世界の果てまで飛んでいく。



新宿ピカデリー爆音映画祭
会場:新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3丁目15番15号/TEL:03-5367-1144)
期間:2018年2月10日(土)~3月2日(金)※各日上映スケジュールは公式サイトにて発表
料金:1作品一律1,800円(税込)
*各入場券は下記日程にて、新宿ピカデリー公式WEB、及び劇場窓口にて発売
※但し、劇場窓口での販売は残席がある場合のみ

【2/10(土)~2/16(金)分】
WEBでの販売:2/7(水)18:00~
劇場窓口での販売:2/8(木)劇場OPEN~


【2/17(土)~2/23(金)分】
WEBでの販売:2/14(水)18:00~
劇場窓口での販売:2/15(木)劇場OPEN~


【2/24(土)~3/2(金)分】
WEBでの販売:2/21(水)18:00~
劇場窓口での販売:2/22(木)劇場OPEN~
公式サイト:shinpicca-bakuon.com



樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。2/10(土)~3月2日(金)に「新宿ピカデリー爆音映画祭」が開催。また、2月21日(水)~24日(土)は渋谷WWWで「爆音映画祭2018特集タイ|イサーン VOL.2」も。

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