boidマガジン

2018年02月号

先行きプロトタイピング 第4回 (今野恵菜)

2018年02月12日 16:47 by boid

YCAM[山口情報芸術センター]の映像エンジニア、デバイス・エンジニアの今野恵菜さんによるサンフランシスコの科学館・Exploratorium研修記『先行きプロトタイピング』。大人の来場者向けのナイトイベント「After Dark」にて、セックストイを解体するワークショップや、「VR(バーチャルリアリティ)」をテーマに今野さんが新たなプロトタイプをデモンストレーションしたことなどを紹介してくれています。



文=今野恵菜 写真=今野恵菜・© 2017 Exploratorium


Exploratoriumでは、毎週木曜日午後6時〜10時までを「After Dark」と称し、大人のビジター向けに様々なナイトイベントを開催している。Exploratoriumだけでなくサンフランシスコ市内にある美術館/博物館の多くが同様に木曜日のみ夜営業をしており、各自志向を凝らしたイベントを行っているのだ。
つい先日開催されたAfter Darkでは、「Sexplorations」という造語をテーマに掲げ、ずばりセックスを題材とした展示、若手アーティストの作品、関連企業/研究施設のデモンストレーションやワークショップが催され、私が参加したAfter Darkの中でも一二を争う盛り上がりを見せた。18歳以上の老若男女が寄って集って「性」にまつわるコンテンツで大はしゃぎする姿は、日本ではちょっとお目にかかれそうもない。
こちらのリンクで、当日のイベントの一覧を見ることが出来る。

私が参加しているExploratoriumのワークショップチーム「Tinkering Studio」でも「Sex Toy Take Apart」と題して、参加者がセックストイをバラバラに分解して「どうやって作られているか?」を考えるというワークショップを開催し、私もその準備とファシリテーションを手伝うこととなった。冗談のような企画だが、試しに自分でも1台分解してみると、セックストイがいかにシンプルな作りの中で「防水性を保つ」「1つのモーターで複雑な動きを作る」「継ぎ目を作らない」などを実現しているかが分かり、ものづくり的観点から大変良い勉強となった。参加したビジターも、みな静電気を帯びたシリコンのゴミまみれになりながら真剣に分解作業に取り組んでおり、すこし下世話な笑い声と、新しいことを学んだ時に発せられる感嘆の声とが交差する、大変印象的な一夜となった。



この日一日だけで、一生分のセックストイを見たと行っても過言ではない。

 

ちなみにこのワークショップは、もともとTinkering Studioが行っている「Toy Take Apart」という玩具をバラバラにする
オリジナルワークショップの「Sexplorations」バージョンだ。こちらもとても面白いワークショップである。



After Darkは、ExploratoriumのExhibition Developer達にとっても、「初期段階のプロトタイプを一般向けに公開する場」として機能している。子どもたちの容赦ないハードユーズにはまだ耐えられそうもない展示のプロトタイプを、大人のビジター向けに試し、フィードバックを貰う絶好の機会なのだ。

「展示開発ハッカソン(通称:Hindes Prototyping)」の後、私はAfter Darkを主催するデパートメントのスタッフから「After Darkで何かプロトタイプをデモしてみないか?」というお誘いを受けた。彼女は、前回の記事で紹介した私の「瞬きを絵文字に変換するプロトタイプ」を見て声を掛けてくれたそうだ。誘われた回のAfter Darkのテーマは「VR(バーチャルリアリティ)」。「そこまでテーマを厳守する必要も無いから、Hindesの時のプロトタイプをそのままデモするのでも問題ないよ」と 言われたものの、VRというテーマも気になり、またAfter DarkがHindesとはまた別の「ゆるさ」を許容する場であることも分かっていたので、別のプロトタイプを作ってみる事とした。

バーチャル リアリティを辞書で引いてみると、以下のような説明がなされている。
「コンピューターを用いて人工的な環境を作り出し、あたかもそこにいるかのように感じさせること。仮想現実。人工現実感」
つまり、広く捉えればVRとは必ずしもヘッドマウントディスプレイなどの視覚を始めとした五感に訴える装置や環境を指す言葉ではない。バーチャルな「絵空事」を真実のように実感できる「環境」を指す、と私は解釈した。要するに「真実であると思い込める」ことが出来ればなんでもいいのだ。ここまで考えて私は、このVRの解釈と、私が目下一番面白がっている「言葉」との類似性に気がついた。言葉も「科学的/物理的法則とは無関係のルール」を、私たちひとりひとりが厳守することで成り立っている。(人体の構造等も影響しているだろうが)ある種の「絵空事」と行ってもよいであろう。言葉がもつ歴史的背景や教育が、私達にこの「絵空事」を信じることが出来る環境を形成しているのだ。これら散文的な考えをまとめた結果、「新しい言葉の翻訳機」というアイデアにたどり着いた。

Hindesが終わってからAfter Darkのお誘いを受けるまでの間、私は主に「Responsive Heart Cell」という展示のサポートにあたっていた。これは前回紹介した「ドリー・ズームの仕組みを見せる展示」とは違い、既にある展示を「よりビジターとのエンゲージメントを高める」ために行うアップデート作業だ。「Responsive Heart Cell」はもともと心細胞(Heart Cell)と呼ばれる心臓の細胞の動いている状態を鑑賞できる展示だったが、せっかくリアルタイムで顕微鏡に映る細胞の様子を見せているのに、どこかリアリティに欠ける、という問題点があった。そこで心拍をセンシングするセンサーを展示の中に組み込み、「展示されている心細胞とビジターの心拍が同期する」という機能を加えることになったのだ。しかし人間は案外「自分の心拍」に対して自覚的ではない。激しい運動の直後などはともかく、平常時はよほど集中しないと自分の心拍を感じ取ることが出来ないのだ。そこで、センサー部分に心拍と動機して振動する振動モーターを取り付けることで、ビジターがより自分の心拍に対して自覚的になり、その上で心細胞との同期を楽しめるようにした。私はこの振動モーター部分のハードウェアやソフトウェア面のプロトタイピング、制作を担当していたのだ。

実際に体験してみると、「展示が自分の身体と地続きのように感じる」ので、かなり奇妙な気分になる展示である



この作業で振動を扱っていたこともあり、言葉が持つ音の要素とも親和性があるので、「新しい言葉の翻訳機」の入力として振動をセンシングする事とした。センシングしたデータを解読する方法として「瞬きを絵文字に変換するプロトタイプ」でも使っていたモールス信号を使ってみた所、自ずと1つのプロトタイプが出来上がってきた。





仕組みは以下の通りである。
コンタクトマイクの中身や小型スピーカーなどとしても使用される「ピエゾ素子」で対象の振動を計測し、それを半ば無理やりモールス信号に変換する。変換された信号をさらにアルファベットに変換し、そのアルファベットの羅列をオンラインの辞書と比較しながら、単語として成立するものを抜き出していく、という流れである。結局のところアルファベットに頼ってしまっているので「新しい言葉」と呼ぶには不十分だが、様々な振動を翻訳してみた結果、時折ドキッとするような「意味のある言い回し」や、その対象の「お気に入りの単語」のようなものが見えてきて、「絵空事にリアリティを感じてしまう」という意味ではVRとしてある種成立しているように感じられた。

After Dark当日は、いつも私の英語に耐えながら意見やアイデアを交換してくれているスタッフと共に、施設の一角でデモ用の翻訳機のプロトタイプ実機と、様々な振動を翻訳した様子を撮影/編集した映像を展示した。

「chatterbox」とは、おしゃべりな人を指す英語の慣用句である。

 

この映像を見て、少し怖くなるほど爆笑している人を数名見かけたので、
私が想定していること以外の意味を持ってしまっていたのかもしれない。



After Darkでのみ館内で提供されるお酒で口の回りが良くなっているビジターは、いつも以上に積極的で、「これはアートだ!」という人から「実際のコミュニケーションの現場で役立つツールになるかもしれない」と言う人まで、受け取り方は様々だった。また、実機が壊れなかったことが奇跡だと思えるほど、アグレッシブに色々なアイデアを試していた。特に印象的だったのは、自分の手首にセンサーを押し付けたり、 首すじに押し付けることで「心拍の言葉」を翻訳しようとする人が数名いた事だ。私はこの翻訳機を「通常言葉を持たないもの = 無機物など」を想定して作っていたが、「身体の声を聞きたい」「自分の深層心理を知るんだ!」と いう意見はとても興味深かったし、「Hindes」の記憶も呼び起こされた。赤ら顔で「ヤバい!少し心拍数が早すぎるかもしれない」と笑う人もいたが、私もそれなりにビールを頂いた状態で説明に臨んでいたのでおあいこだろう。

After Darkを終え、「次はいよいよ既存の言語に対してなにかアプローチをしたいな」と思っていた私のもとに、今度は「本格的な展示作り」のお誘いがやってきた。テーマは「コンピューテーショナルシンキング」、研修も終盤を迎え、いよいよ本丸がやってきたのだ。




今野恵菜(こんの・けいな)
山口情報芸術センター [YCAM] デバイス/映像エンジニアリング、R&D担当。専門分野はHCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)など。2017年3月よりサンフランシスコ Exploratorium にて研修中。

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