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2018年02月号

微笑みの裏側 第21回「爆音映画祭2018 特集タイ|イサーン VOL.2」特別編 前編(Soi48)

2018年08月07日 18:25 by boid
2018年08月07日 18:25 by boid

世界各国の音楽を発掘・収集するユニットSoi48が、微笑みの国=タイの表と裏を紹介する連載「微笑みの裏側」。今回は特別編として2/21(水)〜24(土)に渋谷WWWにて開催する「爆音映画祭2018 特集タイ|イサーン VOL.2」で上映する『花草女王』についてSoi48の宇都木さんと俚謡山脈のムード山さんとの対談をお届けします。本作のモデルとなったチャウィーワン・ダムヌーンも来日しますのでぜひご注目を!




文=Soi48


「爆音映画祭2018 特集タイ|イサーン VOL.2」 / 『花草女王』



「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン VOL.1」で音楽ファンの心を掴み話題を呼んだモーラム映画『花草女王』。平日の昼間に上映したので観客は30人前後。その客入りの少なさと裏腹に、笑いと拍手が起こり音楽ファンを虜にした。

そして2018年1月、アップリンク渋谷にて「爆音映画祭2018 特集タイ|イサーン VOL.2」のプレイベントとして上映。プレイベントは満席となり注目度の高さをうかがわせた。今回、音楽ファンの心を鷲掴みにする映画『花草女王』の魅力を今回俚謡山脈のムード山氏と語り合った。俚謡山脈は日本の民謡を掘り、再発、DJするユニットでムード山氏はタイ音楽にも精通している。なぜこの映画が凄いのか?その魅力と背景をSoi48と俚謡山脈の対談として少しだけ紹介したい。


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2/22(木)上映『花草女王』



Soi48 宇都木:ムード山さんは日本で上映された『花草女王』を2回とも観た数少ない人ですよね?

俚謡山脈 ムード山:前回は感動して泣いちゃったよ。2回目は冷静に映画を細部まで楽しむことが出来たね。涙が滲んだけど…。

宇都木:「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン VOL.1」では観客の数は少なかったけど最後は拍手が起こって驚いたのを覚えています。でも『バンコクナイツ』のプレミア上映を抜かせば一番反応が良かったのがこの作品でした。その時自分は字幕作業で吐き気がするほど観ていたので外にいたんですけど、観客の反応はどうでしたか?

ムード山:観客は30人くらい。平日の昼間だから空席が目立っていた。でも笑って、涙して、最後は拍手が自然と起こって観客に一体感があったよ。自分は映画をそんなに観る方ではないけれど、こういったケースは稀なんじゃないかな。

宇都木:物販ブースにいて帰るお客さんの反応見ていたら目を潤ませている人が結構いましたね。ムード山さんもその一人で。

ムード山:恥ずかしいし、余韻に浸りたいからすぐ劇場を出てまっすぐ帰ったよ。

宇都木:古くからタイや東南アジアの音楽を聴いているファンが、「よく上映してくれた」と言葉をかけてくれて、『花草女王』のポスターを買ってくれたのは嬉しかったですね。最高の音楽映画だから、ワールドミュージックを取り扱うエルスール・レコードにそのポスターを貼るんだと言ってくれて、苦労して翻訳した甲斐があったな~と。

ムード山:俺はもちろん話にも泣いたけど、Soi48の2人が苦労して字幕作業していたのを知っていたから、そこにも泣かされたね。どんなに語学ができてもモーラムとルークトゥン、そしてタイ音楽の歴史を知らないと訳せないよ。イサーン音楽への愛情を感じたしね。もっと『花草女王』の字幕を付けたのは俺らです!ってアピールしていいと思う。

宇都木:俚謡山脈的には『花草女王』のどこに感動しました?

ムード山:自分もモーラム、ルークトゥンが大好きで色々聞いてきたけど、歌詞が身体の中に入ってなかったって思わされたね。映像を見ながら、音楽が流れるのと同時に中身を理解できるのはやっぱりいい。ルークトゥンは歌詞の文化として成立するジャンルって、頭ではわかってはいたけど、この映画でその魅力を体験することができたのが良かった。逆に日本の民謡はタイに比べれば全然歌詞が理解できるから、その部分は俺らはだいぶ楽してるな~と思う。

宇都木:当たり前だけど、言語がわからないと歌詞までは楽しめませんから。

ムード山:自分が想像していたような歌詞だったのも嬉しかった。イサーン賛歌、田植え、収穫のことがストレートに歌詞に書かれている。最高だね。

宇都木:歌詞もいいですが、この作品は楽曲面でのモーラムの進化の過程描かれています。

ムード山:タイのレコードを聞いて何となく理解していたけど、この映画のバンドマンとプロデューサー役であるノックさんのやりとりを見ていると一目瞭然だよ。モーラムがどのようにパッタナーしていったかが見事に描かれている。保存と発展についてね。こんな音楽映画なかなかないよ。

宇都木:ちなみにパッタナーとは発展という意味で、タイ音楽のプロデューサーがよく口にする言葉です。

ムード山:最初はラム・ムー(モーラム劇)で始まりモーラム芸の人気が落ちている所から始まる。それを観ている観客に注目すると老人と子供ばかり。その寂れた環境は日本の民謡大会とかぶるのよ。自分も民謡大会に出かけることがあるけど本当に老人だらけで、周りを子供が駆け回っている風景ばかりだからね。この映画ではそこに外部の遺伝子であるバンコク出身のノックが登場してモーラムを改革していく。昨年Soi48は『trip to isan』を出版したけど、その中身が『花草女王』に凝縮されているよね。『花草女王』を観れば『trip to isan』は買わなくていいって思うくらい(笑)

宇都木:本が売れなくなるのでやめてください(笑)。

ムード山:『trip to isan』はディスクガイドではあるけどパッタナーについて書かれている本だよね?どのようにタイ音楽のプロデューサー達がヒットを生み出していったかが書かれている。『花草女王』を観てから『trip to isan』のP20~P47を読むとタイ音楽の魅力を理解することができると思う。



宇都木:ノックは男の主人公でありながら完全にプロデューサー視点で描かれています。

ムード山:モーラム劇→ラム・プルーンを取り出し→西洋楽器と合体→ルークトゥン・イサーン誕生っていう過程がこの映画を観ればはっきりとわかる。細かい所は映画を観てもらうこととして、ノックは「モーラムはオワコンだからやっぱりルークトゥンに転向しよう!」とは言わない、でも「伝統的なモーラム劇を守り続けよう!」とも言わないんだよね。やはり「パッタナー」させる所こそがタイ音楽の肝。

宇都木:しかもモーラム側に西洋音楽を取り込んだというのがミソですね。同じ融合でもジャズやロックのミュージシャンが伝統音楽を取り入れるのではない。この違いは大きいですよ。ちなみにタイにもジャズやロックのミュージシャンがモーラムやルークトゥンを取り入れた楽曲もありますが、僕は前者が好きですね。

ムード山:俺も同じで前者が好き。そしてそんな音楽がレコードになっているのがタイ音楽の魅力だよね。その点、日本の民謡は別のベクトルのパッタナーの仕方をした。この辺の話は長くなるからまた別の機会で。
ところでワンチャウィーがノックに恋に落ちる所いいよね。どこでワンチャウィーが心開いたかわかる?

宇都木:農作業をノックが手伝うシーンですよね。いい人だけど都会人のノックにワンチャウィーは一線を引いているんだけど、農作業をノックが手伝うと、それまで何だったの?!ってな感じで簡単に心を開いちゃう。

ムード山:あそこのシーン民謡好きにはたまらないね。

宇都木:自分もイサーン行ったら農作業手伝います(笑)。

ムード山:バンコクに行ったノックを、バスターミナルで待っているワンチャウィーのシーンも好きだな。

宇都木:あのバスターミナルはマハーサーラカームなんですけど、30年以上経った現在でも雰囲気はあまり変わりませんよ。マハーサーラカームのバスターミナルは数年前にリニューアル工事したけど面影は残っています。

ムード山:完璧なタイミングで都合よくノックが戻ってくる所とか笑っちゃうけど、ノックはそこですぐワンチャウィーに「今の歌詞は良い!」って褒めるじゃん。ここでも完全にプロデューサーの目線なんだよね。

宇都木:この映画の登場人物は現実の歌手にそっくりです。ワンチャウィーは今回来日して22日にレクチャー、24日にライブをするチャウィーワン・ダムヌーンがモデルだし、悪役のルークトゥン歌手はプムプワン・ドゥワンチャン。田舎からマハーサーラカームに出てきた一座が、「テープポーンもサックサヤームもここにいる!」って実名でいうセリフはイサーン音楽を知っているとブチ上がりますね。その頃マハーサーラカームがイサーン音楽の発信地だったので成り上がりたい彼らがそこに住みはじめるのはかなりリアル。ムード山さんは気づきましたが現実と違う部分もありますね?


テープポーン・ペットウボン

 


サックサヤーム・ペットチョムプー



ムード山:時差ね。モーラムがルークトゥンを取り入れてノックさんのように発展したのは70年代初頭なんだけど、この映画は1986年に撮られているから電気ドラムやマイケル・ジャクソンみたいなディスコ音楽が登場する。だからサウンド面は現実とは違うんだよ。

宇都木:この映画の撮影時期に電気ドラムやディスコを取り入れたルークトゥン・モーラムを流行らしてヒットを飛ばしていたのはポンサック・ソーンセン、ピムチャイ・ペットパラーンチャイです。実際主題歌の「サーオ・ラム・プルーン・ロー・ラック」はポンサック・ソーンセンのバックにそっくり。モーラムをパッタナーさせたワンチャウィーのモデルはチャウィーワン・ダムヌーンってことになっているけど、現実はアンカナーン・クンチャイ、バーンイェン・ラーケンです。現実の世界ではチャウィーワンさんはモーラムとルークトゥン融合させたり、ラム・プルーンのレコードを吹き込んだりしたけどヒットしなかった。だからややこしいけどチャウィーワン・ダムヌーン=ワンチャウィーっていう訳でもないんです。




ポンサック・ソーンセン




ピムチャイ・ペットパラーンチャイ



ムード山:チャウィーワンさんは80年代に入るとヒット曲出せなかったからね。

宇都木:僕がチャウィーワンさんが大好きな理由の一つにこの映画を制作したことがあります。
モーラム芸の保存の活動をして人間国宝になっただけど、このような内容の映画を世に出した事はあまり評価されていません。伝統モーラムの大御所と言われている彼女ですがワンチャウィーのようにアンカナーン・クンチャイ、バーンイェン・ラーケンのようなルークトゥンとの融合曲や西洋楽器を取り入れた楽曲を制作しているんですよ。結局若い世代の女性モーラム歌手に負けてヒットを飛ばせなかったけど。でも伝統的なモーラムをできる彼女がヒット曲を出すためにチャレンジして、この映画の制作に携わっているなんてかっこ良すぎるじゃないですか?!

ムード山:確かに、チャレンジしたのが凄いよね。普通しないもん。

宇都木:それでは最後に2月22日(木)チャウィーワンDAYで『花草女王』を観る人に一言。

ムード山:『trip to isan』を読んでから観る。もしくは『花草女王』を観てから『trip to isan』を買って読んで欲しいですね。そうしたらタイ音楽の魅力”パッタナー”が理解出来る。Soi48の2人がタイ音楽に夢中になる理由はここにあるから。


『花草女王』だが本番「爆音映画祭2018 特集タイ|イサーン VOL.2」では2月22日(木)チャウィーワンDAY(18:30 OPEN/19:10 START)に本人によるレクチャーとミニライブつきでで上映する。

『爆音映画祭2018 特集タイ|イサーン VOL.2』
公式サイト
日程:2018年2月21日(水)〜24日(土)
会場:Shibuya WWW(東京都渋谷区宇田川町13-17ライズビル地下)
主催:boid、空族、Soi48
協力:WWW、Thai Film Archive、オリエンタルブリーズ
助成:国際交流基金アジアセンター




俚謡山脈(Riyo Mountains)
(ムード山+TAKUMI SAITO)
世界各国の音楽がプレイされるDJ パーティ「Soi48」内で活動する日本民謡を愛する2人組DJユニット。日本各地の民謡を収集/リサーチし、DJプレイしたりCDやレコードの再発を手掛けたりしています。

MIXシリーズ「俚謡山脈 MIX VOL.1」~「VOL.4」をリリース
「田中重雄宮司/弓神楽」を監修/エムレコードより2016年7月にリリース
「境石投げ踊り」監修/エムレコードよりを2018年12月にリリース
ロンドンのインターネットラジオNTS LIVEに日本民謡だけで構成されたMIXを提供
農民ダイナマイト(山梨県)、大和町八幡神社大盆踊り会(東京)など各地のパーティーにDJで参加

Facebook
www.facebook.com/riyomountains

Twitter
@riyomountains

E-Mail
riyomountains@gmail.com



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Soi48監修『旅するタイ・イサーン音楽ディスクガイド』DU BOOKSより好評発売中!
http://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK167



単行本: B5変形/380ページ/並製/オールカラー
出版社: DU BOOKS
言語: 日本語
ISBN-10: 4866470127
ISBN-13: 978-4866470122



[Soi48(宇都木景一&高木紳介))
(KEIICHI UTSUKI&SHINSUKE TAKAGI)
旅行先で出会ったレコード、カセット、CD、VCD、USBなどフォーマットを問わないスタイルで音楽発掘し、再発する2人組DJユニット。空族の新作映画『バンコクナイツ』にDJとして参加、EM Recordから発売されているタイ音楽作品の監修も手がけている。タイ音楽と旅についての書籍「TRIP TO ISAN :旅するタイ・イサーン音楽ディスクガイド」好評発売中。Soi48ウェブサイト

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