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2018年02月号

YCAM繁盛記 第42回 (杉原永純)

2018年02月22日 17:26 by boid

山口情報芸術センター=YCAMのシネマ担当・杉原永純さんが日々の仕事や生活、同センターの催しについて記録する連載「YCAM繁盛記」第42回は、今月から撮影が始まったYCAMによる映画製作プロジェクト“YCAM Film Factory”第4弾となる三宅唱監督作品についての続報、そして1月下旬に空族の『バンコクナイツ』がタイで初上映された際の模様をお届けします。

バンコク郊外のサラヤにあるタイ・フィルムアーカイブの上映会場




UBE→HND→BKK→NRT→HND→UBE。『バンコクナイツ』タイ初上映


文・写真=杉原永純


 1月の中高生映画ワークショップを経て、この2月からいよいよ三宅唱新作映画の撮影がはじまった。三宅さんの滞在は2017年の8月スタートだった。約半年の期間をじっくり準備に使い、結構時間には余裕をもって進めていたつもりだったが、どうしてもクランクイン直前はバタバタする。
 1月はワークショップ参加者の中高生たちから選考するキャスティングに時間を使っていった。日数多めに出演してもらうメンバーには、親御さんへのご挨拶もおこなっていった。俳優のプロではない彼らとともに映画を作るためには、まずは会ってみて直接話す必要がある。三者面談。事務所に所属しているのであれば、概要を伝え、出演の承諾を得られれば、あとは日程とギャラの交渉で済むが、今回はプロではない、しかも中高生だ。さらに受験を控えている参加者をこの映画の中心に置こうと、三宅さんとその点は全く一致してしまった。たまたま3年生になる参加者に、原石の輝きを感じる逸材がいたのか、人生の岐路に立つ人間に必然魅力を感じるのかはもはや判別とはしない。とにかくスケジュールは受験に向けた彼らの実際のスケジュールに寄り添う必要がある。キャスティングから撮影日程が弾き出されていく。その中で一体何を撮るべきか再度考えていった。

 
 
三宅唱新作映画撮影開始。撮影初日はいちばん多くの出演者が集まる日になった





 撮影現場ルポは改めて書いていくとして、今回は感覚がまだ新鮮なうちにタイ出張の報告をしなければならない。
 1月末「KALEIDO ASIA」という上映プログラムで『バンコクナイツ』をタイ語字幕付きでタイ初上映した。主催は国際交流基金アジアセンター。近年積極的に東南アジアと日本の映画人を交流させる試みをおこなっている。YCAMもアジアセンターとコラボレーションして企画をするプロジェクトが増えている。
 ワークショップは2017年の7月から始まり、タイ、フィリピン、インドネシアと日本のプログラマーたちが企画ワークショップを経て作り上げた、9月に東京は国立新美術館にて、そしてこの1月にはタイで特集上映を企画するワークショップに参加していた。富田監督&相澤虎之助両氏に加え、バンコク在住中の音楽・録音も担当したYoung-Gさん、配給・宣伝を担当した岩井秀世さんもこのために会場に駆けつけてくれた。

 
 

上映会場は、DCP、各種デジタル素材、もちろん35ミリ、16ミリも上映可能で、字幕のない外国語の映画の場合、タイ語字幕の翻訳から自前の投影もよく行っている。スタッフたちは皆優秀


 3日間の特集上映で、一人一枠ずつの上映枠を担当することになった。ラオスのクラシック作品から、タイの有名怪談でサイレント期のホラー映画『メ・ナーク』のタイ語活弁上映(といっても要所要所笑えるコミカルな描写満載で、家族連れで賑わった)を野外で上映(タイの1月の夜は程よく涼しかった)、インドネシアの巨匠ガリン・ヌグロホの最新作上映+監督トーク、タイや日本などの作家による実験映画のプログラム、フィリピンのダバオの映画作家たちによるリージョナル・シネマの短編プログラム、『パンダコパンダ』をタイ語の同時吹替上映し、そして、3日間のトリとして『バンコクナイツ』タイ初上映という、盛りすぎといえば盛りすぎな、映画キュレーターたちが共同でプログラム組むとこうなるよなあというプログラムになった。見事にバラバラな、そのバラバラさが割とポジティブに、タイトル通りKAREIDO=万華鏡的に転んでいた気がする(4カ国繋いでのネット企画会議はなかなかなカオスだったが…)。

 
 
『バンコクナイツ』の上映はほぼ満席!


 『バンコクナイツ』の上映は100人を超えるお客さんが集まってくれた。 客席からのリアクションが大きかったことが最大の収穫である。些細なくすぐりポイントでもダイレクトに伝わりドッと笑ってもらえることが多く、キチンとウケていたことに富田さんも相澤さんも安心していたようだった。空族は何よりタイの人に『バンコクナイツ』を届けたいと願っていた。それが完成から約2年後にバンコク郊外で実現できたことは、自分にとってもこれ以上ない喜びだ。
 ゴリゴリのシネフィルたちから、空族つながりのバンコク在住の日本人、会場の近くには大学も多く、台湾人の大学の先生からも英語で質問が出てきたり、こういう国際的な上映の場ではよく言われることだが、日本ではまず見られない活発なQ&Aとなった。『バンコクナイツ』で映画祭に多々参加し様々な国を行脚してきた空族は、真摯に一つずつの質問に応えていき、Q&Aでの言葉の尽くし方も堂に入っていて、これをいちばん近くで見れたことにも感動してしまった。
 賛否でいえば賛が多かったわけだが、ごつい質問も絶えず、予定を1時間も延長し、さらにロビーに出てからも、富田さんたちはさらに1時間ほど質問攻めにあっていた。

富田克也監督 in タイ・フィルムアーカイブ



 タイのお客さんにとって最も大きな論争を呼び起こしたのは、スラチャイ・ジャンティマトン氏のキャスティングだった。映画に彼が出てくるたび会場は爆笑に包まれた。これは一体なんなんだ。日本では説明を重ねないと伝わらないこの要素、タイの人はよくわかってるなあと上映中富田さんと目を合わせたりした。
 アフタートークで明らかになってきたのは、彼に対するその温度というべきだろうか。スラチャイ氏は1973年民主化運動の中で結成されたバンド「カラワン楽団」の主たるメンバーで、学生運動にも深くコミットした。空族が制作中連載していた「潜行一千里」でも触れられていたことだが、彼らが生み出したのがプアチーウィット=「生きるための歌」=プロテスト・ソングである。そんな民主化運動の中心にいた彼は、今では逆に体制派的な発言が多いと言われる。この転向は、少なくとも『バンコクナイツ』タイ初上映に駆けつけてくれた人たちには、よくわかっていたことだったと思う。
 さらに彼が劇中朗読するのがプアチーウィットの、さらに源流に位置する戦闘的詩人チット・プーミサックの詩である。圧政的政府を批判し、1966年イサーンの森に潜伏するに至ったチットの思想。時期的には1973年の民主化運動の前に発表した彼の詩を、現代のタイで転向したスラチャイ氏が、イサーン地方のノンカーイで朗読する。
 二重にも三重にも含意が重なったこのシーンには、一部鑑賞者から強い拒否反応を生んだことは否めない。同時に映画の中では、彼は幽霊であるとも触れられているわけで、どちらかというと彼が幽霊であるという点に重心がおかれた描写だと自分は理解していた。その意味では、重ねた意味が脱臼され、白でも黒でもない、しかしグレーとして観客に放り投げるだけでもないという絶妙な按配にシーンを宙吊りにしていると自分は評価できる。
 しかし、やはりスラチャイ氏自身がスクリーン上で現前することの方が、タイの人にはより強く印象付けられることはリアクションから確かであった。宙吊りに至る以前に、意味のベタ塗りが起きていたのかもしれない。もちろんこういった意味合いを十分に理解し、日本の映画作家を擁護する発言も同様にあった。
 今回のようなインテリなお客さんたちさえも、受け取り方が分断するセンシティブなシーンが、今後予告されているタイでの劇場公開でどう受け取られるのか。ただ、ここまで混みいった他国の文脈を、映画に練り込み、地元の人たちへ届け切った空族の力量には感服するばかりである。
 なお会場となったタイ・フィルムアーカイブは、非常に充実した映画博物館だったことが強く印象に残っている。以下写真を並べるに留めるが、小規模のテーマパーク的作りながら、タイ映画史だけでなく、世界の初期映画に関して非常に厚く、幅広く上映装置や映画にまつわる様々な資料を揃えていることが圧巻であった。
 映画史的史実をそのままにリュミエールが初上映したグラン・カフェの地下に「インドの間」を作り、そこでシネマトグラフを上映し、グラン・カフェから一歩出ると、エジソンによって発明されたキネトスコープを並べた「キネトスコープ・パーラー」があり(そのうち一個は実際に修復し、フィルムを回していて内部構造まで見せてくれた)、その向かいには、アメリカに20世紀初頭に作られた庶民的な映画館「ニッケルオデオン」がある。半径50メートルの中に、世界の初期映画史を混在させたテーマパークがある。こういう思い切りは日本人にはできないだろうなと思わせられた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 バンコクからは車で約1時間かかる距離のSalayaという地域にある。映画に興味のある人間だったら、バンコクに行った際は、絶対に立ち寄ったら良いと思います。





杉原永純(すぎはら・えいじゅん)
3月2日(金)~4日(日)はYCAM爆音映画祭2018 特別編:35ミリフィルム特集です。まだフライトも湯田温泉の宿も取れますので、温泉と爆音が一度に楽しめるYCAMへこの機会に!

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