boidマガジン

2018年03月号

樋口泰人の妄想映画日記 その65 YCAM爆音編1

2018年03月01日 22:32 by boid

boid社長・樋口泰人による業務日誌ときどき映画&音楽&妄想日記。今回は明日より開催の「YCAM爆音映画祭2018 特別編:35ミリフィルム特集」の爆音調整について記された2月26日~28日の日記です。ラインアレイとメイヤー製の2種類のスピーカーを作品ごとに使い分けるなど、YCAM独自の音響空間が作られています。




文・写真=樋口泰人

2月26日(月)
昼過ぎまで原稿仕事などをやったのち、YCAMにて、機材のセッティングができるまで待機。とりあえず会場を覗きに行ってみると、これまでのL-アコースティックのラインアレイをベースにしたセットのほかに、通常のタイプのスピーカーセット(メイヤー製)が並べられている。ちょっと前に打ち合わせした際に、ラインアレイじゃない通常のポイント・ソース・タイプのスピーカーも試してみたいというわたしの要望に応えてくれたのだが、つまりスタッフたちは普段の倍近い作業をしなければなかったわけだ。お礼というかお詫びというか、とにかく深く頭を下げるばかりである。

YCAMの爆音会場となるAホールは、通常は映画上映をやっていない。設備や機材を取っ払うと巨大な体育館みたいなフラットなスペースである。そこに階段椅子のセットを入れ、スクリーンを設置し、音響機材、映写機材などを入れる(映写室、照明室、音響室はある)。セッティングは大変だが、元々何もないゆえに、自由な音響空間を作ることができる。爆音の場合、通常の5.1チャンネル分のスピーカー(スクリーン側のLCRとサブウーファー、それから左右と後ろの壁に設置するサラウンド)のほかに、スクリーンの上にもLCRのスピーカーを吊るし、さらに天井にも4台、そして、階段椅子の下にも4台のスピーカーを設置している。常に全部のスピーカーを使うわけではなく、作品によってそれらを使い分けているわけである。とりあえず何でもできる状態にしておいて、可能性を試す。今回はさらにそこに、LRのスピーカーのふたつのセットが加わったわけである。こちらの選択は、レコードで言えば、プレイヤーのカートリッジを交換して聴き比べる、というような感じだろうか。アナログばか一代ではいつもやっていることだが、爆音でのそれは一大事である。結局はイコライザーでの調整が入るのだからどちらのスピーカーセットを使ったとしても同じことではないかとも言えるのだが、やはりベースになる音が違うと全然違う。昨年のYCAM爆音でやった『ラ・ラ・ランド』や『20センチュリー・ウーマン』は、今回のメイヤー製のスピーカーの方がより艶やかな音になって、未来に向かう視線の不安と希望が、こちらの胸をさらに締め付けたのではないかとも思う。





とりあえずのセッティングが終わると、まずは何か曲をかけて聴き比べてみようということになった。流れ始めたのはジョニー・アダムスの「Georgia Morning Dew」であった。昨年の夏の山口での「アナログばか一代」の時にかけたのを憶えていて、今回同席していた三宅が選んでくれたのだった。エルアコのラインアレイからのそれは、全然いいのだが、少しまろやかすぎて、南部の香りにかけている感じもした。メイヤーに代えてもらうと聖俗混交した愛と野望が聞こえてきた。もちろんこちらに身体は反応するわけだが、例えばその違いをスピーカーの特性も含めてわかりやすく具体的に伝えるには何と言えばいいのかと、広報チームから要望が出る。28日はメディアの方々が取材に来る。その方たちが例えば新聞に記事を書くときに「南部の香り」とか書くわけにはいかないのである。それに加え、L-アコースティック製とメイヤー製というメーカーの違いとともに、ラインアレイとポイント・ソースというスピーカーのシステムの違いもある。説明が長くなるばかりである。いずれにしてもこのふたつのスピーカーセットでの聴き比べは至福の時間であった。YouTubeの音源だったが十分にいい音になっていた。ふたつのセットも、どちらかが悪くてどちらかがいいのではなくどちらもいいのである。そのうえでどちらを選ぶかという贅沢すぎる選択。一晩中聴き続けたい。何のことはない、今回のYCAM爆音ではこんな音を出したいというサンプルとして持ってこようとしたレコードが、このジョニー・アダムスのレコードだったのである。さすがにプレイヤーまで用意してもらうのははばかれたのでレコードも持ってこなかったのだが、まさかの三宅のセレクションにまずは感謝。




2月27日(火)
午後、映写機材と音響のミキサー卓などが到着。音響オペレーターたちもやってきて、いよいよ本格的なセッティングに入る。わたしは待機しながらもろもろの連絡その他。
夕方、すべてのセッティングが終わりいよいよ音を出して、今回のふたつのスピーカーのセットの音を確認する。本日は上映作品を流してみての確認である。今回の上映作品の中では何がいいか。『HOUSE』はモノラルだから最初の確認にはふさわしくない。ドルビーSRの『クレマスター』『EUREKA』『ポーラX』の中から選ぶのがいいだろうということで、やり慣れている『ポーラX』を上映してみて、エルアコとメイヤーの音の違いを確認することにした。やってみて思い出したのは、『ポーラX』のほとんどの音はセンタースピーカーから出ているということだった。いつもやってみて思い出す。この作品はセンターがすべて。LRのスピーカーの違いを聴き比べるのには不向きなわけなのだが、観ていくとやはり違いはわかる。調整前の音なのでどちらがいい悪いではなく、出てくる音の肌触りみたいなものを確認。エルアコとメイヤーの違いというよりも、ラインアレイとポイント・ソースの違いと言ったらいいか、耳元にスーッと聞こえてくる音と全体をふわりと包み込むように聞こえてくる音。パワーはエルアコの方が断然で、メイヤーの方は柔らかい空間が出来上がる。『ポーラX』は例の倉庫でのライヴシーンがどうなるかと思いつつも、柔らかいほうで行くことにした。おそらく『ユリイカ』もこのセットで行けるだろう。『AKIRA』はガツンとした音をしっかり出したいのでエルアコ、そして『HOUSE』も。『クレマスター』はやりながら決める、ということでやってみることにした。





2月28日(水)
調整はまずは『AKIRA』から。やってみたら、冒頭のガツンとした太鼓の音が、左側のスピーカーからしか聞こえてこない。最終的にはもともと入っている左右のバランスが均等ではなく左の方が大きいということが分かったのだが、とにかく出音は左側から聞こえない、という状態に近い。あれこれ試したが結果は同じで、これだけはっきりと違って聞こえてしまうとさすがにどうか、ということで、結局はメイヤーのスピーカーを使うことにした。当たり前のことだが、機材やシステムによって、同じソースでもその情報の受け取り方と出し方が全然違う。いずれにしても調整は、とりあえず今回の機材を全開。いろいろ試しつつ、次第にシンプルなものへと落とし込んでいく。世界の終わりと始まりの音を、約30年前に製作者たちが作り出した音ともに考えていく。正解はない。



調整後は新聞の方々の取材があった。どうして今回はフィルムなのか? それを爆音でやることの意味とは? 大雑把にそんなことについて話した。さらに大雑把にわかりやすく極端に言えば、すべてを製作者の意図通りの音でコントロールしようとする現在のデジタル化のシステムに対し、フィルムは傷つくし劣化するし、製作者の手を離れてからも変化し続ける。誰にもコントロールできない。そのコントロールできないフィルムの変化と対話しながらその場その場での「現在」の上映をやれたら、というのが今回の意図である。これにも正解はない。

『ポーラX』は昨日の確認により迷わずメイヤーのスピーカーにて。あらためて観てみるととにかくこれでもかと音が詰まっている。そこかしこからいろんな音が聞こえてくる。世界の終わりと始まりが、呼吸するたびに更新され続けているような感じである。そして初めて気づいたのだが、途中、どのあたりだったか、ギヨーム・ドパルデューの歩き方がおかしい。幽霊のような歩き方をしている。最後の方は杖をついているが、それよりだいぶ前のあたりではなかったか。調整しながらだとその前後に何が起こったのか注意深くは観ることができないので、逆に1シーンの中のおかしな部分が突然目に飛び込んできたりするのだが、今回はこれ。それ以降、おそらく映画を観る側も、この幽霊の歩行の態勢で映画に付き合うことになる。観終わった後の身体感覚が明らかに変わる。映画を観る、という運動を呼び起こされる。そういえば倉庫の中の演奏シーンでも、指揮者の動きは幽霊歩行のドパルデューをなぞっているかのような感じだった。



久々に観た『EUREKA』は、どこの誰とも似ていない映画だった。改めてそれを思った。もちろん、それぞれのシーンで思い出す映画はあるのだが、そこから聞こえてくる音、どこかぼんやりとした映像が作り上げる、ひとつのくっきりとした形になる直前の、ギリギリまだカオスの側にいるのかあるいはカオスの側から一歩現実界に踏み入れたばかりなのか、とにかくその「カオスの縁」にある世界の姿をできる限りそのままそこに出すという試みをこのような形でやろうとした映画がこれまであっただろうか? 個人の才能の表現でもなく、単なる世界の描写でもなく、徹底して曖昧な領域にとどまりながらそこから生まれていく命の姿を穏やかに見つめ確実にとらえる。YCAMのこの環境だからこそ、それが分かる。身体感覚として伝わってくる。自分が映画を今こうやって観ているということ、そしてこうやってみるまでに至ったさまざまなことを思い出して胸が熱くなった。



調整が終わり、外に出ると、信じられないくらいの風雨だった。傘はまったく役に立たない。




 
 
樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。3月2日(金)まで「新宿ピカデリー爆音映画祭」が開催中!3月2日(金)より4日(日)まで「YCAM爆音映画祭2018 特別編:35ミリフィルム特集」。そして3月8日(木)より11日(日)まで初開催の「爆音映画祭 in MOVIXあまがさき」

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