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2018年03月号

Television Freak 第25回 (風元正)

2018年03月11日 17:50 by boid
2018年03月11日 17:50 by boid

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中のテレビドラマから、『BG~身辺警護人~』『西郷どん』『海月姫』の3作品を取り上げます。それぞれのドラマでどのような「人間」の姿が描かれているのでしょうか。

(撮影:風元正)




「人間」でありたい


文=風元正


 今の将棋人気に、ちょっと驚いている。長年のファンとしては、2017年の電王戦で佐藤天彦名人が将棋ソフトPonanzaに手も足も出ず敗北し、ついに「人間」はAIに歯が立たなくなったのか、という落胆がまだ尾を引いている。しかし、「ひふみん」と藤井聡太という2大キャラクターの登場がすべてをひっくり返した。中学生の藤井6段はもう全棋士参戦の朝日杯に優勝したのだから、驚異的な実力である。「観る将」というルールを知らないファンが増えており、指し手の内容とは別の部分で盛り上がるのが不思議だ。将棋界には「イケメン」が多いのは確かとしても。
 人間対将棋ソフトの戦いは異種格闘技のような面白さがあった。しかし、CPUの処理能力が飛躍的に上がりソフトの穴が消えれば、超速で虱潰しに手順を検討する将棋ソフトに対して人間がマトモに戦うのはムリである。もし勝とうとすれば、指し手の評価係数にバグが生じる局面を徹底的に探してソフトに罠をかけるような手段しかないそうで、将棋本来の姿とはかけ離れている。そして、ソフトの指し手は逡巡もミスもなく、何を根拠に手を選んでいるのかブラックボックスだから、対局にまったく「物語」が生まれない。「勝負メシ」も食べないAI相手の対局は自動車とウサイン・ボルトが競争するようなもの、と将棋ファンが悟った後、人間同士の対局の価値が再浮上した。
 もちろん、「ペッパーくん」や「AIBO」に救われる心もあるだろう。藤井6段の強さはもともとの資質の上にAI的な視点を導入したことが画期だった。最尖端はどんどんハイブリット化してゆくが、さて、どこまで世間様についてゆけるのか。

佐藤康光9段、森内俊之9段の紫綬褒章受章記念会にて、羽生善治竜王との豪華3ショット(左から森内、羽生、佐藤の各氏)
(撮影:風元正)
 



 『BG~身辺警護人~』では、日ノ出警備保障の「新人ボディーガード」島崎章(木村拓哉)が少なからず屈託を抱えている。子持ちのバツイチ。子供を育てているのは元妻の小田切仁美(山口智子)だが、彼女の新しいパートナーに遠慮して息子の瞬(田中奏生)は章の部屋に住んでいる。瞬は反抗期で、章には懐かない。BG業務は始めたばかりだが、実は6年前、元プロサッカー選手・河野純也(満島真之介)の警護中に油断して失敗し、一度、引退した過去がある。新設された日ノ出警備保障の身辺警護課は、SPだった課長の「人格者」村田五郎(上川隆也)を中心にして、徐々に「誤差なし」の爽やかなチームワークを確立してゆくが、拮抗する敵役の描き方がいい。
 第5話、島崎と河野の因縁話は熱かった。空港の天井が崩落し、島崎が子供を庇った瞬間、河野の上に壊れた壁が落ちてくる。河野は足を怪我して、Jリーグから海外進出の夢は果たせなかった。河野はスポーツのチャリテイ団体の広告塔として活躍するが、それは詐欺含みの「虚像」であり、原因を作った島崎を許せない。それゆえ、逃亡する際のBGにまた島崎を指名し、島崎に無理難題を吹っ掛け、いやがらせを続ける。あの鬱憤の熱量は、満島しか表現できないだろう。虚無を見つめる昏い眼、実は島崎をハメようという狙いもあり、緊迫は高まってゆく。いかがわしい筋から救い出す時、島崎はその手下たちを騙すために河野を殴るのだが、ほとんど本気に見える。河野は警察に追われ、最後に山奥のサッカー場に辿り着いて、まだ子供たちのアイドルだと確かめた後、憑き物が落ちたような表情で、「じゃあな、ザッキー」と声をかける。パトカーの前で河野が語りかけるシーンには、じんと来た。民自党幹事長・五十嵐(堀内正美)をつけ狙う元秘書・植野雄吾(萩原聖人)は、政治家の罪を被って破滅し、ついに発砲に至るわけだが、丸めた背に不健康な黒っぽい顔が恐ろしく、あの狂気を全開したヤサグレぶりは誰も真似できない。
 豪華メンバーが揃い、小田切仁美と2人で街に出て、一瞬、『ロングバケーション』化したシーンも心暖まった。同じチームの元自衛官・高梨雅也(斎藤工)、菅沼まゆ(菜々緒)、沢口正太郎(間宮祥太朗)のそれぞれ個性がハマっているし、厚生労働大臣・立原愛子(石田ゆり子)が常に危ない場所に首を突っ込んで、上気する表情が瑞々しい。それにしても、村田のあまりにあっさりした死には衝撃を受けた。
 このドラマのテーマは「丸腰」である。武器携帯できるSP・落合義明(江口洋介)は民間の警護の意味を認めず対決が続くが、もともと俳優・木村拓哉のモチーフは一貫して「丸腰」の「人間らしさ」ではないか。むしろ、どこか河野や植野の純粋ゆえに犯した罪に共感し、つい身体を賭けて危ない橋を渡る。落合はその人間味が許せないし、嫉妬もする。『ギフト』『GOOD LUCK!!』『エンジン』でタッグを組んだ脚本の井上由美子は、木村拓哉に年齢相応の陰影を加えながら、大スターの物語に新たな一章を加えた。視聴者としては、「キムタク」とともに豪華なキャストが揃うテレビドラマ界であり続けて欲しい。


『BG~身辺警護人~』 テレビ朝日系 木曜よる9時(15日放送の最終話は15分拡大スペシャル)

 



 『西郷どん』では、やはり島津斉彬を演ずる渡辺謙に有無を言わせぬ迫力がある。さすがは「ラスト・サムライ」。西郷吉之助/隆盛(鈴木亮平)と裸で相撲をとるシーンは圧巻であり、着物姿の篤姫(北川景子)も艶やかで色っぽくて、とても華やかな画面だった。鈴木亮平も膂力のある役者で、斉彬を投げ飛ばすだけの器量を感じる。坂本龍馬が評する「小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く」西郷の悲劇は、芯から明るく見場のいい者でないと演じられない。中園ミホの脚本も、大河ドラマらしいスケール感がある。
 今年は維新150年。去年の直虎で井伊家がクローズアップされたのち、大老・井伊直弼が主役となる安政の大獄や桜田門外の変が振り返られるのは興趣深い。第1回、薩摩ことばの使用が話題になったが、もともと江戸時代は日本中まるで違う言葉が使われており、遠国の人間との会話は困難だった。言文一致に始まり、全国で「標準語」が前提となるのは1960年代のテレビ普及までかかり、1868年の明治改元から100年間の大事業だった。元号改元の前年、明治天皇にことのほか愛されながら、最終的には方言に帰ったように見える「西郷どん」の生涯から維新を振り返るのは、時宜を得ている。
 見せ場はふんだんに用意されている。赤山靭負(沢村一樹)の切腹をかなりリアルに見せたのはお手柄だろう。島津斉興(鹿賀丈史)と藩主を決めるのが拳銃によるロシアンルーレツトなのには驚いたが、白い着物を着たお由羅の方(小柳ルミ子)がばっと藩主を庇う瞬間は『雨月物語』のお化けのパロディみたいではっとした。最初の妻、須賀役の橋本愛は和服が似合い、貧乏な西郷家の中でのツンデレが板についていてハマリ役。その中で、藩財政が傾き藩士が暮しに困る中、密貿易で蓄えた富や物資が維新への原動力になることも、きちんと描かれている。子供時代に斉彬と西郷が会っていたり、三番目の妻となる糸(黒木華)が幼少時知り合いだったりするが、大ざっぱな捉え方が納得できればそれでいい。ただ、歴史の大転換期には、「人間」に十分な余白、スペースが与えられていた、とはつくづく思う。
 近来、明治維新の意味が揺らぎつつある。これからドラマの中の歴史は、人々が複雑に絡み合い、血も流れるが、ダイナミックな中園脚本ならば視聴者は離れないだろう。平成のみなさんの、幕末維新期に対する感想もぜひ知りたい。


大河ドラマ『西郷どん』 NHK総合 日曜よる8時

 



 『海月姫』は、4人家族全員で見ている。娘からは、東村アキコの原作をかなり忠実に表現したドラマだと教わった。まず、妙な振る舞いの続く「尼~ず」の4人を眺めているのが愉しい。私は「枯れ専」の「ジジ様」(木南晴夏)がとても気になる。大物政治家・鯉淵慶一郎(北大路欣也)と会ってマネジメントに目覚めるのだが、「たけ散歩」愛なども抑えがたく滲み出ているのがいい。お下げ髪の「クラゲオタク女子」倉下月海(芳根京子)も演技力があるとしてもあまりに似合いすぎていて、逆に心配になるくらいである。オドオドした振る舞い、異常な早口、パタパタした歩き、メガネに上目遣い、しかし、妄想にスイッチが入ると秘められた才能が爆発する。東村は、連載を開始した2008年から、現在のクラゲブームを予見していたのだろうか。芳根は、その化身に近づいている。
 鯉淵の2人の腹違いの息子が、どちらも月海に心を奪われてゆくのだが、女装美男子の蔵之介(瀬戸康史)の方が追い込まれてゆくのがリアルである。「童貞エリート」修(工藤阿須加)のヘテロセクシャル故の安定感との対照は、原作と違った形で表現できているという気がする。瀬戸と工藤の配役はぴったりで、お手柄だと思う。「オタク」というのは、たぶん「数寄者」「傾奇者」を元祖とする日本のオリジナルと言っていい文化だと考えている。パパ鯉淵が、結局、「尼~ず」の一番の理解者であることも、日本人は実はみな「オタク」という消息を巧みに伝えているのではないか。
 物語は、「天水館」を取り戻すというテーマだが、顔を出さないBLマンガ家・目白樹音はどうしても高橋留美子のような気がしてしまう。「トキワ荘」の物語が「一刻館」に転じ、「天水館」にまた宿る。ちょっと大仰だが、昭和生まれの心の故郷が、更新されて実写となっているというと、かえって迷惑かもしれないか。「謎の運転手」花森よしお(要潤)は、真に当たり役。レクサスのためだったら、何でもやる。思い切り心のない役をやる要潤が見れるのが最高である。このドラマ、ハマる人はハマっているし、ほとんど録画だろうから視聴率競争とは別枠だろう。それでいいというのが、局外者のタワ言か。


『海月姫』 フジテレビ系 月曜よる9時

 




 羽生善治さんは、「私は最近のハリウッド映画などに顕著な、徹底的なマーケティングを重ねて制作された映画を観ると、“まるで人工知能みたいだな”という印象を受けることがあります。全てのプロセスが、“計算”されているように思えて、個人的にそういう作品は無機質に感じられ、あまり面白いと思わなかったりします」と言っている。まったく同感である。少なくとも私は、ただ、画面の中で気を惹かれる人間が自然環境の中で何かをしているのを見ることが好きなのだ。TVドラマは、俳優の演技を実写で出す形態だからこそ時代が映る。ブルーバック合成の演技が前提の作品ならば、画面の基本はすべて別物のはずだが、だからこそ将棋界の動向の如く、「人間」をどう描くかという映像に帰ることを望みたい。この文章を書く間、井手健介の「人間になりたい」と『妖怪人間ベム』のテーマ曲が、ずっと頭に響いていた。

西荻のゆるキャラ「にしぞう」(撮影:風元正)





風元正(かぜもと・ただし)
1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。

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